第16話 予知能力の複合テスト
七月。夏休みまであと数日と迫った、ある日の休み時間。
僕は自分の席に座り、次の授業の予習をするためのテキストを開いていた。しかし、視覚野に入ってくるノイズのせいで、全く文字情報が脳内に処理されない。
ノイズの正体は、教室の前方でクラスメイトの男子数人に囲まれている真乃極凛先輩だ。
彼女は編入してきてから数ヶ月経つが、その整った容姿と、海外帰りというミステリアスな(実際にはただの留年だが)経歴から、依然として男子生徒たちの耳目を集めている。
今も、「ノートを見せてほしい」だの「夏休みはどこか行くのか」だのと、彼らは下心という名の非論理的なベクトルを彼女に向けて放射していた。
真乃極先輩は困ったような愛想笑いを浮かべながら、時折チラチラとこちらへ視線を向けてくる。助けを求めているのか、それともこれも何らかの精神感応の実験なのか。
僕は手元のシャープペンシルを無意識のうちに強く握りしめていた。
胃の腑のあたりに、名状しがたい重力異常のような不快感が渦巻いている。気圧の変化による胃酸の過多か、もしくは自律神経の乱れか。
僕の視線のトラッキング機能が、なぜか彼女という対象から外れなくなっている。
僕は深呼吸をして、脳内コンピューターの再起動を試みた。
いや、これはエスパー特訓の次なる手を予測するためのシミュレーションだ。彼女が他の個体――すなわちクラスの男子生徒と接触した際の反応変数を収集しているに過ぎない。敵の動向を監視するのは防衛の基本だ。
自分にそう言い聞かせるが、心拍数の上昇は一向に収まらない。彼女が他の男子に微笑みかけるたび、僕の扁桃体はエラー信号を出し続ける。
まさか、本当に彼女の術中にはまってしまっている?
いいやそんなはずはない。冷静になるんだ、僕!
僕はキャンパスノートを取り出し、『エスパー育成防衛対策録』のページを開いた。
物理的な文字として書き出すことで、自己の精神状態を客観視し、冷静さを取り戻すのだ。
『対象者(凛)の集団内における被干渉時のデータ収集。僕の生体アラートが鳴っているのは、彼女が他の個体を新たな被検体として取り込もうとしている危険性を察知した防衛本能の表れである』
よし、完璧な論理だ。僕はあくまで彼女の非科学的な実験の標的であり、このモヤモヤは自己防衛のパラメーターに過ぎない。僕のようなインチキ神社の変人息子に、あんな美人が好意を向ける確率は0%なのだから。
論理的帰結に安堵し、僕はゆっくりとシャープペンシルを置いた。
+++
その日の午後。情報の授業のため、僕たちは特別棟のパソコン教室へと移動していた。
冷房がキンキンに効いた室内。指定された席に座り、デスクトップパソコンの電源を入れる。OSの起動を待つわずかな時間を利用して、僕はタイピングのウォーミングアップをしようとキーボードに指を置いた。
「ねぇ、頼斗くん」
すぐ隣の席から、少し甘さを帯びた声が鼓膜を揺らす。
真乃極先輩だ。彼女はキャスター付きの椅子を物理的な限界距離まで僕の方へ滑らせてきており、パーソナルスペースを容赦なく侵略してきている。
「真乃極さん。座席間の距離が近すぎます。椅子のキャスターが接触すると、思わぬ転倒事故や機器の破損に繋がるリスクがあります」
「ふふっ、大丈夫だよ。それよりね……」
僕の論理的な警告を意に介さず、彼女は机に両肘をつき、上目遣いで僕をじっと見つめてきた。大きな瞳が、何かを期待するようにキラキラと輝いている。
「私、今週末ヒマなんだよね」
唐突なスケジュール開示。
そして彼女は、僕の顔にさらに身を乗り出し、決定的な言葉を投げかけてきた。
「ねぇ。今、私が何を考えてると思う?」




