第14話 未来予知と魔術的触媒
「この問題の答えより、私が今導き出した答え、なんだと思う?」
来た……!
僕は全身の筋肉を硬直させた。この唐突な問いかけ、そして密室という極限状態。
彼女は今、僕の脳の未開拓領域にアクセスしようとしている。山田先生が職員室で保管しているであろう『模範解答』を、未来予知あるいは遠隔透視の能力を用いて読み取れと、暗に強要しているのだ!
なんという卑劣な手段だ。自らの成績を犠牲にしてまで、僕を不正行為の共犯者に仕立て上げようというのか。
「お断りします」
僕は極めて冷静に、しかし強い意志を持って言い放った。
「えっ?」
「非科学的な未来予知や遠隔透視による模範解答の取得は、カンニング規定に抵触する重大なコンプライアンス違反です。僕は自らの脳細胞という物理的な器官のみを用いて、この非論理的な問題を解決してみせます」
「……えっと、頼斗くん? 未来予知? カンニング?」
「ごまかしても無駄です。僕はあなたの非科学的な特訓の誘惑には乗りません。たとえこの現国の問題が、ホルモン分泌の異常を『恋心』などという曖昧な言葉で誤魔化すようなふざけた内容だとしても、僕は真正面から物理で論破します」
僕が宣言し、猛烈な勢いでプリントに数式と医学的見地からの考察を書き込み始めると、真乃極先輩は目を丸くしたまま固まった。
やがて彼女は、真っ赤になった顔を両手で覆い、「そうじゃなくて……!」と小さな悲鳴のような声を上げながら机に突っ伏し、激しく身悶えを始めた。
術の失敗による反動か、あるいは僕の強固な論理の壁に阻まれたことへの精神的ダメージだろう。
僕は自身の完璧な防衛策に満足し、再び非論理的な現国の問題へと立ち向かっていった。
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三十九点という精緻な点数調整を行う頭脳があるなら、こんな問題は五分で終わるはずだという僕の指摘に対し、真乃極先輩は机に突っ伏して身悶えしていたが、やがて気を取り直したように顔を上げた。
補習プリントの一枚目が終わり、小休止を挟もうと僕がシャープペンシルを置いたタイミングだった。
「ねぇ、頼斗くん。ちょっと休憩しよっか」
真乃極先輩はそう言うと、自分のカバンをごそごそと漁り始めた。そして、机の上にパステルピンクのペンケースと、カバンの持ち手についている白いウサギのマスコット人形を不自然なほど強調して並べた。
「私、このパステルピンクって色がすごく好きなんだよね。心が落ち着くっていうか。あと、このウサギの人形、海外にいた時からずっとカバンにつけてるお気に入りなの」
彼女は上目遣いで僕の反応を窺っている。
僕は瞬時に思考を巡らせた。現国の補習という文脈において、彼女の個人的な嗜好物である色や人形の話題は完全にノイズであり、論理的な繋がりが一切ない。なぜこの極限状態の密室で、無関係な物体の提示を行ったのか?
……そうか! 理解したぞ。
僕は先日、図書委員の後輩である鈴木若葉さんから聞いたオカルト知識を脳内データベースから引き出した。非科学的な妄想に取り憑かれた超能力者(中二病)は、特定のアイテムの形状や色を『触媒』として設定し、自己暗示によって能力を増幅させる傾向があるという事実だ。
つまり真乃極先輩は、このパステルピンクの色覚刺激とウサギの形状を『魔術的触媒』であると激しく妄想して使用している可能性が高い。僕にそれを提示することで、無意識下に刷り込みを行い、能力発動の物理的トリガーとして機能させようとしているのだ!
「なるほど、非常に興味深いデータです」
僕は学生鞄から即座にキャンパスノートを取り出した。表紙には『エスパー育成防衛対策録』と記されている。
僕は真顔のまま、ノートの新しいページにペンを走らせた。
『能力発動の触媒リスト(推定)』
『1:色彩的触媒=パステルピンク。視覚野への穏やかな刺激を利用し、対象の警戒心を物理的に低下させるための偽装色と推測される』
『2:立体的触媒=ウサギのマスコット人形。動物特有の警戒心の強さや聴覚の鋭敏さを自己暗示によってトレースし、テレパシーの感度を上昇させるためのアンテナとして機能している可能性あり』
僕が猛烈な勢いでメモを取る様子を見て、真乃極先輩は目を丸くしてパチパチと瞬きをした。
「えっ……頼斗くん? もしかして、私の好きなもの、メモしてくれてるの?」
「ええ。あなたという非論理的な対象を観測する上で、これらの物質データは今後の重要な変数になり得ますから」
僕が事実を告げると、彼女はみるみるうちに顔を赤くし、沸騰したように体温を急上昇させた。
「うそ……っ。私の好みを、そんな真剣に覚えてくれようとしてるなんて……! やっぱり頼斗くん、私のこと……!」
「真乃極さん、顔が赤いですが室温の変化によるのぼせですか? 触媒の過剰使用は自律神経の乱れを誘発する可能性があるので、実験はほどほどにしてください」
「もうっ、頼斗くんのバカッ! そういうところも好きだけど!」
彼女はなぜか嬉しそうに机に突っ伏し、ジタバタと足を動かした。僕が触媒の特定(防衛策の第一歩)を完了させたというのに、なぜ彼女が喜んでいるのかは完全に理解不能だったが、これでまた一つ、彼女の非科学的なアプローチに対する物理的防衛線が強固になったことだけは間違いない。




