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先輩が僕をエスパーに育て上げようとしている事象 「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」  作者: 団田図


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第13話 赤点と密室の補習

 七月。うだるような暑さが本格化し、教室の窓から聞こえる蝉時雨せみしぐれが物理的なノイズとなって鼓膜を揺らす季節。

 期末テストの答案返却日である今日は、僕にとって極めて不本意な日となった。


「亀岡。お前、物理や数学は満点なのに、なんだこの現国の答案は」


 教卓の前で、担任の山田先生が胃のあたりをさすりながら、僕の解答用紙をヒラヒラと揺らした。目の下にはいつもより濃いクマができている。


「何か間違っていたでしょうか。僕は設問に対し、最も論理的かつ客観的な事実を述べたつもりですが」

「『主人公の揺れ動く恋心について、三十字以内で答えなさい』という問題に、『心筋の不規則な収縮と、ホルモン分泌の異常による一時的な錯乱状態』と書く奴がいるか! これは病院のカルテじゃないんだぞ!」

「ですが先生。他人の感情という不確定な変数は、物理学や数学と違い、観測および計算が不可能です。僕は与えられたテキストから、主人公の肉体に生じている生理的現象を正確に抽出しました。これを不正解とするのは、採点基準が曖昧すぎるのではないでしょうか」

「お前のその屁理屈が俺の胃壁を削るんだよ……!」


 山田先生は深いため息をつき、白衣のポケットから胃薬の瓶を取り出した。

 僕は納得がいかなかった。万有引力の法則や熱力学の法則は宇宙のどこに行っても通用する絶対的な真理だ。対して、現国の問題が要求する「他人の気持ち」などというものは、読者の主観に依存する非論理的なノイズでしかない。それを読み取れないからといって僕の知能を疑われるのは心外である。


「いいか、亀岡。お前は今日の放課後、特別補習だ。空き教室でみっちり現国のプリントをやってもらう」

「非効率ですね。僕がそのプリントに割くリソースを、物理学の応用研究に回した方が、社会全体のエントロピー減少に貢献できるはずですが」

「うるさい、問答無用だ! ……はぁ。お前以外にもう一人、信じられない人物が補習になった奴がいるからな。そいつと一緒にプリント終わらせるまで帰るなよ」


 信じられない人物がもう一人?

 山田先生の言葉に微かな引っ掛かりを覚えつつも、僕はこれ以上の反論は物理的なエネルギーの無駄だと判断し、大人しく席に戻った。


 +++


 放課後。

 指定された南校舎の空き教室へ向かうと、そこにはすでに先客がいた。


「あっ、頼斗らいとくん! こっちこっち!」


 艶のある長い黒髪を揺らし、窓際の席から嬉しそうに手を振っているのは、真乃極まのぎわりん先輩だった。彼女はなぜか頬を赤く染め、僕が来るのを今か今かと待ち構えていたような熱っぽい視線を送ってくる。


 なぜ、彼女がここにいるんだ……?


 僕は瞬時に状況の異常性を悟り、脳内でのデータ分析を開始した。

 真乃極先輩は海外の特殊なカリキュラム(僕の推測によれば超能力兵士育成機関)から帰国した編入生であり、頭脳は極めて明晰だ。日常の言動からも、彼女の学力偏差値がこの田舎の高校の平均を大きく上回っていることは明らかである。

 その彼女が、現国で補習対象となる「赤点」を取る確率など、天文学的に低い。


 僕は彼女の机の上に置かれた解答用紙をチラリと視界の端に捉えた。

 点数欄には『三十九点』と赤字で書かれている。赤点ラインが四十点未満であることを考慮すると、これは「見事なまでのギリギリの赤点」だ。彼女の答案はところどころ空欄があるものの、部分点などを計算して精緻せいちに三十九点に着地させている痕跡があった。


 なるほど……完全に理解した。


 僕は中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。

 これは偶然ではない。彼女は僕が現国で赤点を取るという未来を何らかの手段で予測し、自分も意図的に点数を調整することで、この放課後の密室というシチュエーションを作り上げたのだ。

 その目的は一つ。他者の干渉が入らない空間で、僕に高度な『エスパー特訓』を強制するためである!


「亀岡。プリント三枚だ。終わったら職員室に持ってこい」


 後ろからやってきた山田先生が、僕と真乃極先輩の机にプリントの束を叩きつけた。先生は真乃極先輩の顔を見るなり、またしても胃のあたりをさすりながら「どうしてこんな簡単な問題で……いや、もういい」と呟き、逃げるように教室を去っていった。権力者(教師)の精神まで摩耗させるとは、恐るべき策士だ。


「よし。早く終わらせて帰りましょう」


 僕は真乃極先輩の隣の席(物理的な抗力が働かないギリギリの距離)に座り、すぐさまシャープペンシルを手に取った。彼女の非科学的な実験に付き合っている暇はない。


 一枚目のプリントに目を落とす。またしても『主人公の心情を読み解け』という非論理的な問題のオンパレードだ。


「ねぇ、頼斗くん。その問題、難しい?」


 僕が問題文の矛盾点を突くための論理的推論を組み立てていると、真乃極先輩が机に身を乗り出し、顔を覗き込んできた。彼女の肩が僕の腕に触れそうなほど近く、フローラル系の揮発性成分――おそらくシャンプーの香りが、僕の嗅覚受容体を直接刺激してくる。


「難しくはありません。ただ、出題者の意図が極めて非科学的であるため、修正案を併記しているだけです。例えばこの『夕日を見て涙を流す』という行動ですが、網膜への過剰な光刺激による反射性の流涙現象を、悲しみという感情に結びつけるのは論理の飛躍です」

「ふふっ、頼斗くんって本当にブレないね」


 僕の完璧なマジ解答を聞いて、彼女は呆れるどころか、なぜか嬉しそうに目を細めた。そして、自分のプリントには一切手をつけず、頬杖をついて僕の横顔をジッと観察し始めた。


 ……非常に気が散る。

 これは視線という物理的なベクトルを利用した精神攻撃か? いや、それにしては熱量が高すぎる。


「真乃極さん。あなたも自分のプリントを進めないと、帰宅時間が遅延するだけですよ。三十九点という精緻な点数調整を行う頭脳があるなら、こんな問題は五分で終わるはずです」


 僕がチクリと牽制すると、彼女はビクッと肩を震わせ、さらに顔を赤くした。


「あ、バレてた……? その、どうしても、頼斗くんと一緒に……」

「一緒に帰りたいなら、効率よくタスクを消化するべきです」


 僕が冷淡に言い放つと、彼女は少しだけ唇を尖らせた。そして、ゆっくりと僕の机に置かれたプリントに指を這わせる。


「……ねぇ」


 少し甘さを帯びた、鼓膜を直接撫でるような声。

 彼女は上目遣いで僕を射抜くように見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「この問題の答えより、私が今導き出した答え、なんだと思う?」

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