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中古にまつわる怖い話と奇妙な話  作者: 夏の月 すいか


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8/9

クマキサン 追記①

 追記   ―中古書店にて 3月―


 谷崎さんは再びあの書店に通うようになっていた。「クマキ」という母の旧姓が書き込みされた本が何冊も置いてあった古書店だ。

 1月9日を過ぎしばらく経てば、例の書き込みも只の偶然だったのではないかと思えてくる。現に母は未だ健在である。自分の考えすぎだったのだろうと谷崎さんは思った。 

 やはり仕事帰りのルート上に趣味の古書店があるのは魅力には(あらが)えない。以前のように足しげく通うようになった。好みのジャンルの100円本を手に取り、購入前に中身の状態を確認する。

 かつては手に取る本のほとんどと言っていいほど目にしたあの書き込みには一切出遭わなくなった。  


 あの書き込みが自分と何の関係もない偶然だとすると、書き込み主との邂逅(かいこう)を失った今、なんだか寂しい気持ちすらする。

 筆跡からしてご高齢のようだったから亡くなってしまったのか。単に所有の本の在庫が尽きて売りに来なくなったのか。

 元々書き込み主の本の好みに敬意を抱いていた谷崎さんは、あのときの気味悪さより持っていた好奇心が勝ち、店主に尋ねてみることにした。もしかしたら持ち主のことが何か知れるかもしれない。

 だが店主に何を聞けばいいのか。「書き込みをした人はどんな人ですか?」か。個人情報に関わることだし何も教えてくれないかもしれない。そうだ「この棚に以前あった本はもう売れてしまったのですか?」がいい。そこから売った人の話に移行できるかもしれない。

 実際、書き込みがあり谷崎さんが買わなかった本は棚には一冊も残っていなかった。しかし何カ月も前にあった本だ。「売れてしまった」で話は終わるかもしれない。   

 意を決して声を掛けた谷崎さんに、店主の反応は意外なものだった。

 「あの棚の本ですか。申し訳ありませんね。あれは全部()ててしまって、もうないんです。少し前まではあったんですけど」

 申し訳ないと謝る割に、声のトーンは高揚(こうよう)している。何かを話したそうにウズウズしているのが伝わってくる。

 「何か、あったんですか?」

 谷崎さんが尋ねると、待ってましたとばかりに店主は話し始めた。

 「ある日の閉店後のことなんですけどね。シャッターを閉めて、店の電気を消そうとしたら、突然店の棚がガタガタ揺れ出したんですわ。地面は揺れてないから地震じゃあない。それでよく見ると、棚じゃなくて本だけがガタガタ揺れてたの。そしたらそのまま本がバサバサ―って。棚から落ちたんですわ。あの棚だけじゃなくて、他の棚からもバラバラと十数冊。拾ってみると全部同じ筆跡の書き込みがあるんです。それで気味悪いのと棚に戻すのが面倒なのとで全部棄ててしまったっちゅう訳なんです」

 谷崎さんは内心ビビりながらも、表情に出さないように(つと)め、明るく()()った。

 「そんなことあるんですね。同じ人が売った本が全部同時に棚から落ちったってことですか?怖い話ですね」

 「そうでしょ。怖ろしいったらないよ。あれはいつだったかなあ・・・そうだ、帳面を見ればわかるな」

 店主は背後の棚から在庫管理の台帳を取り出し、ページをめくった。

 それは1月9日ではなかったか。谷崎さんの(かばん)を握る手が汗ばむ。

 「そうだそうだ、この日だ。2月12日だ。全部で43冊棄てているね」 

 本を売った人については店主は覚えておらず、もしかしたらどこかでまとめて仕入れたものかもしれないとのことだった。谷崎さんは礼を言い、店を出た。

 

 本が落ちたのが1月9日だったら因縁めいたものがあったかもしれない。しかし実際は2月12日である。何かの予言ではなかった。母の旧姓と同じ書き込みは気持ち悪いが、何も関係なさそうだ。少し珍しいオカルト話を仕入れたようなものだと、胸のつかえがとれたように意気揚々(いきようよう)と帰路についた。 


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