補陀落
補陀落が嘲笑しながら、
「私を斬るつもりか」
口の無い船だが、低い声が響く。俺と松助の戦闘中にも補陀落は四つの台風を操り、大砲を撃ち、大波を編み出していた。今も俺の仲間がそれに応戦している。俺が松助と戦いに集中できたのは、縄の援護が有るからだ。
俺は刃先を補陀落に向けたまま、
「松助をそそのかしたのか?」
「違う!俺が補陀落様に頼んだのだ!」
松助が否定した。俺が見やると松助は斬り傷の痛みで顔が歪んでいる。補陀落は冷静な声で、
「私を庇うな。自惚れだ」
俺は補陀落を真っ直ぐ見つめながら、
「素晴らしい君臣関係だな」
皮肉を言った。補陀落は船体の中心から触手を伸ばして、松助を掴むと、船室に入れた。俺は、
「どうするつもりだ?」
「傷を治して休ませるだけだ」
補陀落が答えた。雨足が少し弱まっている。補陀落は不思議そうな声で尋ねた、
「松助を殺さなかったのは何故だ?」
「色々と白状してもらうつもりだった」
補陀落は短く笑い、
「本当は友愛の様なものを感じていたのではないのか?」
俺は松助と友達になろうと一度も思ったことがないが、金筬姫への想いと海への憂いは嘘ではないと思う。
先ほどの傷を深呼吸しながら霊圧を正して止血していく。簡単には治らず痛いが、それでも先程よりは良くなった。まだ戦える。補陀落はまだ俺に攻撃を仕掛けてこない。だが、台風も波も雨も砲弾も止まない。縄も仲間である祝呪隊も戦っている。
俺は勢いよく駆け出し、補陀落の百歩手前で跳び上がり、斬りかかった。ガアアン。補陀落の船体に届く前に衝撃が走った。補陀落が強い結界を張っている。俺は弾かれて五十歩ほど後退してしまった。
俺はチラリと刀を見た。先程の松助との戦いと今の衝撃で沢山刃こぼれしている。俺は一度、刀を鞘に収めた。補陀落を睨む。余裕が有るのか攻撃してこない。
俺は刀の柄を握りながら長い深呼吸を一回した。刃先から柄までを意識して、刀に霊圧を注ぐ。更に深呼吸を五回する。ピーン。閃くような感覚と共に俺はまた補陀落にめがけて行った。
抜刀しながら結界を袈裟斬り。ボーン。結界にヒビが入る。俺はヒビに勢いよく刀を突き刺す。結界が破れた。同時に刀も砕かれた。刀の破片が身体に刺さるが、俺はかまわずに中に入った。補陀落の船室の屋根から触手が三本生えてきて、俺を殴ろうとする。
俺は結界を張ってそれを防いだ。だが、触手に叩かれてヒビが入る。破れる前に俺は懐から短刀を出して回転しながら触手を一太刀で斬った。触手は切断されて一本は甲板に落ち、残り二本は外に落ちて海中に沈んでいった。
しかし船室から何本も何本も触手が生えては襲ってくる。触手は複雑に動き前後左右上下を同時に狙う。俺は飛んだり蹴ったり回転したりしながら、短刀で斬っていく。途中で触手に何回か掠った。火傷みたいな激痛が走る。短刀も刃こぼれしていく。
甲板の下が補陀落の核に違いない。しかし、補陀落の触手は次から次へと生えては俺を襲う。目眩がしてきた。痛みは麻痺しているがその分、動きが遅くなって触手が当たる。傷だらけだ。
直撃は免れたが背中に触手が当たった。一瞬、意識が吹き飛ぶ。万事休す。
ドオン。倒れる前に足元が揺れた。俺は目が覚めて踏みとどまる。ギイイイ。また揺れる。俺は転ばないように腰を低くして短刀をかまえた。ゴオオン。バタン。揺れと同時に鳥居が倒れた。
気が付けば触手は襲ってこなくなった。揺れが続く。足に力を入れながら見渡すと、補陀落の船体が傷付いていく。上を仰げば、縄が懸命に剣を振っている。斬撃で補陀落を攻撃しているのだ。それも俺を避けながら。
俺は短刀を確かめた。かなり刃こぼれしているが、まだ使える。俺は膝をついた。短刀を持つ右手に力を込める。刃先まで意識して霊圧を込める。揺れが一瞬収まった。俺は思い切り甲板を突き刺した。
ドオオン。手応えと同時に俺は弾き出された。気が付けば縄が俺を抱き止めて助けていた。縄の顔から血の気が引いている。俺は補陀落の方へ振り返る。
船体は粉々になっていた。松助が傷だらけの僧侶に肩を貸しながら俺達を睨み上げている。僧侶は補陀落だろう。俺は縄から離れて両腕をかまえた。だが、松助は僧侶と一緒に海中へ潜っていった。
台風は消え、雨が止んだ。波も収まり、凪になった。俺は長い溜息を吐いた。




