台風
縄は松助に負けてから半月ほどで復職している。俺も五日ほど謹慎を受けたが復帰している。松助の方から攻撃を仕掛けたとはいえ、楽土での争い事は極力避けなければならない。謹慎が解かれた時、高麻呂部隊長は、
「仕事に励め」
と、叱咤激励した。
松助に負けたからもっと鍛錬したかったが、謹慎処分の間、俺は家事に専念していた。翠は、
「ありがとう」
と、何度も労った。翠のいる刑務隊は縄が休職していたので忙しくなっていた。それでも俺と翠は話す時間があった。
二ヶ月経った。現世では六月の強い梅雨前線。海も時化だ。そろそろ松助が何か仕掛けてくるのではないか。そんな予感がした。翠は最初、否定しようとしたが、最近では翠も不安を抱いている。翠は心配そうに、
「責任を感じて無茶をしないでね」
ある日。俺が現世に部下達を送り出した後、事務作業しながら待機している時。突然、元帥が直々に召集をかけた。俺達は祝詞隊の基地の広場に集まった。呼ばれたのは大隊長以上の階級の者ばかりだ。通常業務が有るので全員は来なかったが、それでも千人はいた。部隊長も何人かいる。
全員が整列するのを確認すると、元帥が、
「現世で異変が起きた。今、外交隊と土木隊が現場で対応している」
と、言うと、観測隊隊長の赤門が説明を加えた。
早朝、フィリピンと台湾の東側で巨大な霊圧が認められた。既に時化が続いていたが、その霊圧に反応して台風が四つも生まれてきた。四つの台風はそれぞれ、北側の日本、東側の台湾、南側のオーストラリア、西側のアメリカに向けて成長しながら移動を始めた。
不自然に気付いた観測隊は元帥や他の部隊に報せ、元帥は外交隊や土木隊に台風を抑えるように命じた。本来ならば自然を司るのは神々だが、この台風は出雲会議の決定とは違った事象である。祝呪隊が急いで対応する事にした。
異国の世界でも不審に思ったのか、祝呪隊の外交隊を通じて、台風を一緒に抑えて協力している。今は台風を結界で閉じ込めているが、膠着状態である。結界が破れて台風を逃がせば現世の人間に甚大な被害が出る。
松助の仕業だ。俺はそう感じた。しかし、海神から信頼され、金筬姫と結婚できたとしても、松助の単独でここまでの事をしでかすのは難しい。
俺は斜め後ろから前に立っている縄を見やった。無表情で話を聴いているが、顔色は青白い。責任を感じているようだ。
観測隊隊長の赤門の説明が終わると、元帥が部隊編成した。前線には既にいる外交隊と土木隊の他に捜索隊と祝詞隊が行き、後方には医療隊と観測隊と憲兵隊が現場近くで控えている。俺達戦闘隊は戦況を確認次第、祝詞隊率いる元帥の指揮で結界に入り、台風を生み出した者と戦う。他の部隊は作戦に参加している部隊の通常業務を支える。膠着状態が続けば、炊事隊が武器や食糧を補給する。
元帥が最後に、
「⋯⋯他に何か有るか?」
その時、縄が挙手した。ちなみに俺達祝呪隊は小指と薬指を軽く曲げて挙手する。元帥が振り向くと縄は、
「僕も最前線に行かせていただけないでしょうか」
元帥は縄を見つめたまま、黙っている。受け入れるかどうか逡巡しているようだ。縄も真っすぐ元帥を見返している。元帥は低い声で、
「足手まといになったら俺が先に斬る」
縄は一度頭を下げ、
「かしこまりました。有難うございます」
刑務隊からは縄の他に三十人が前線に参加することになった。
千人中、七百人が現世に向かった。残りの三百人は待機か他の部隊の通常業務の手伝いをする。




