敗北
「待って下さい!」
縄の大声。俺達が振り向くと縄が駆け寄って来る。松助がニヤリと笑みを浮かべる。縄は俺の前で立ち止まると、俺を頭から爪先まで見回した。痛々しそうな目つきで、
「冬空。お前⋯⋯」
松助が刀の柄を握りながら、
「怖気ついたのかと思った」
縄は俺と松助を見比べる。松助は、
「お前が勝ったら俺は金筬姫様に金輪際、近付かない」
「これ以上、傷つき合ってどうする!私はこういうのが嫌いなのに」
金筬姫は気まずそうな顔をしている。縄は暗い声で、
「金筬姫様のおっしゃる通りだ。後から来た僕と疲労している松助様とでは公正ではない」
「あ?」
松助が怒った。縄は松助の正面に立ち、
「けれども、お望みならば仕方ない」
縄は右腕を横に広げる。松助が不思議そうに見つめると、縄の右手に槍が現れた。縄はそれをつかむとかまえた。松助も、おもむろに刀を抜いた。
二人共、同時に動いた。松助が下から斬り上げようとしたが、縄はそれを槍で受け止めた。武器が交わった所を支点にして、槍を回転させ、刃で松助の首を斬る。その前に松助は槍の柄を左腕で押さえて阻止する。
松助の動きは先程よりも鈍ってきている。縄は突いて払って斬る。松助の刃を絶妙に槍でかわしていく。隙を見つけるとすぐに突く。松助はすんでのところでかわす。
縄は怪我らしい怪我をしていない。松助は少しずつ傷を増やしていく。しかし縄の顔つきがどことなく怯えている。一方、松助の殺気は弱まっていない。時折、松助の殺気でピリピリと肌が痺れる。
「さっきの奴の方が手応えが有ったぞ!」
松助が挑発する。縄は微かに眉を寄せた。松助は血だらけだ。俺との戦いでアザも出来ている。縄は服が何ヶ所か切れて掠り傷を負っているだけだ。それでも縄に余裕はない。
「縄⋯⋯松助⋯⋯私が間違っていた」
金筬姫が暗い声で呟く。俺は金筬姫様に振り向き、
「今更、そんな事をおっしゃらないで下さい」
縄の槍が折れ、縄が袈裟斬りにされた。縄は驚いた顔をして後ろに倒れた。松助は刃先を縄の鼻に向けて、
「お前はつまらぬ」
と、言い捨てると二歩下がって、刀を振りながら血を落とした。蔑んだ目つきで縄を見ながら鞘に収める。
俺は縄に駆け寄る。金筬姫も縄の横にしゃがむ。斬り傷の痛みで縄の顔が歪んでいる。俺は念仏を唱えて応急処置を施した。医療隊ほどではないが、少しの間だけ止血できる。金筬姫も上着を裂いて傷口を塞ぐのを手伝った。
「ナタで頑張ったお前は良くやったよ」
松助が言った。俺が振り向くと微笑んでいる。嘲笑しているわけではないらしいが、腹立たしい。松助は手を差し出し、
「では金筬姫様、こちらへ」
金筬姫は縄の処置をしたまま、
「私が一番悪いけれど、貴方も酷い」
松助は困った顔をして、
「俺も貴方も悪くないですよ。まだ本当にこんな奴に惚れてるのですか」
金筬姫はしばらく黙って処置を続ける。松助は座り込む。松助も疲労困憊のようだ。全身が傷だらけ。処置が一通り終わると金筬姫は、
「縄、迷惑かけて申し訳なかった」
と、言い残すと立ち上がった。松助に振り向き、
「では、共に参ろう」
松助はよろよろと立ち上がる。満面の笑みだ。
二人は消えた。松助の住んでいる海に行ったのだろう。
俺は言霊飛ばしで医療隊を呼んだ。医療隊が駆けつける前に俺は呟いた、
「俺も女神に拐われたけれど、お前も格好悪い」
縄は弱々しく空を見上げながら、
「そうだな」




