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冬空  作者: 加藤無理
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海の怒り

 三月の中旬。温暖化の進む現世では温かくなっている。俺は縄と一緒に海に行くことにした。土木隊から船を借りた。船は楽土の森から採れた木々で造られており、丈夫だ。船体は朱色に塗装されている。助けを求める霊体達に見つかりやすい為、もしくは祝呪隊の覚悟を表す。俺達祝呪隊員自身の服装は様々だが青で統一されている。


 フィリピンと台湾の東側にある海域で俺達は錨を下ろして船を停めた。風も波も穏やかな凪(なぎ)。俺達は舳先(へさき)に向く。縄は顔の前で指を組み、祝詞を唱えた。俺は縄の後で鼓を叩く。


 やがて低い声が四方八方から響く。ごおおん、おおん。俺達は祝詞と鼓を続ける。声はどんどん大きくなっていく。大きな霊圧を感じる。


 前から船と同じぐらいのタコが静かに浮かんできた。タコの頭に男が座っている。男は軍服に男物の和服を上着代わりに着ている。海から現れたのに濡れていない。男は人間ではなくて霊体だとすぐに俺達は分かった。俺達は祝詞と鼓を止める。


 「俺に何の用だ」

 男は無表情で俺達を見つめながら言った。縄は落ち着いた声で、

「貴方は松助様とお見受け致します。僕達は楽土から来た者です」

 松助は黙ってこちらを見つめている。縄は、

「金筬姫様からお話をうかがいました」

 松助は眉を寄せながら立ち上がる。縄は、

「僕達は貴方のお話を直(じか)に聴きたくて参りました」

「何様のつもりだ」

 松助が不快を露(あら)わにして言い捨てた。縄は冷静に、

「金筬姫様が貴方を誤解なさっているようなので⋯⋯」

「貴様に何の関係が有る?」

 松助の苛立ちの声。縄は、

「貴方が人間を滅ぼしたがっていると聞きました」

 縄は金筬姫から求婚された事を頑(かたく)なに言わない。俺はそれを言いたくなったが松助が、

「だからどうしたと言うのだ?」

「我々が困ります」

 縄は答えた。松助がニヤリと笑いながら、

「貴様達は祝呪隊という、くだらぬ連中だろう」

「くだらないだと?」

 俺は思わず怒った。縄が困った顔して振り向く。松助は嘲笑したまま、

「愚者の成仏の手助けなんてくだらないだろう」

 俺は怒鳴ろうとしたがその前に縄が、

「では、貴方が人間を滅ぼしたがっているのは本当なのですね」

 冷たい声。松助が真顔になる。コオオン。オオン。先程の低い声。松助が一度、足元を見る。松助を乗せているタコが鳴いているのだろう。


 松助が暗い声で、

「俺も分からぬ。しかし海神様はたいそうお怒りだ。ここ二百年で大海原は様変わりしてしまった」

 オオン。コオオン。タコが悲しそうに鳴いている。何を伝えたがっているのか何となく俺は分かる。人間の排出した甚大な二酸化炭素が海に溶け込んで魚介類も海も苦しんでいる。それ以外にも様々な物質を人間が海に流して汚している。戦争やその実験で更に海が傷んでいる。


 縄は、

「出雲会議では海神様は人間を滅ぼせとまでは仰っていなかったはずです」

 松助は腕を組み、

「だが、お怒りなのは事実だ」

 俺は縄の肩を掴んだ。縄が振り向く。松助が不思議そうに睨む。俺は縄の肩を掴んだまま、松助に、

「あんたは金筬姫様をどう思っているんだ?」

 松助は両腰に両手を当てて黙っている。俺が再度尋ねようとすると、

「俺の妻にするには勿体ないほどの御婦人だ」

 松助が答えた。どうやら松助も金筬姫を好いているらしい。単に霊力目当てではなさそうだ。


 縄は、

「そうですか。お話が聴けて良かったです」

 と、手を合わせた。縄が話を終わらせようとしている。他にも話すことが有る。俺が言いかけると、松助が低い声で、

「おい、まだ帰るなよ」


 穏やかだった波が大きくなり、船が揺れる。俺と縄は船体にしがみついた。風もビュウビュウ吹き始める。海水が上下左右前後から襲ってくる。突然の時化(しけ)。空を見上げればどす黒い雲。俯けば暗い海原。このままでは船がひっくり返って沈む。

 

 「「浮かび給(たま)え。空を泳ぎ給え」」

 俺と縄は呪文で船を宙へ浮かせた。それでも大波が船を襲う。俺は錨を上げながら更に上へと船を浮かせる。縄は船の周りに結界を張る。


 結界で風は直接当たらなくなったが、ゴオオ、ゴオオと鳴り響く。俺達は海面から人の背丈百人ほどの高さで船を止めた。波は流石に届かなくなった。だが、雨と風が結界を叩く。縄は正座して、顔の前で指を組み、経を唱えて結界を強化する。


 俺は松助とタコを目で追った。タコは優雅に波に乗っている。松助はタコの頭から落ちる様子は全くない。波も雨も風も俺達が耐えると分かると、タコは海面から勢いよく飛び上がった。俺は腰に差していたナタをかまえる。


 タコが船に当たる前に、俺は船から飛び降りながらナタを勢いよく振った。


 ゴオン。斬撃で海面が一瞬割れた。しかし、松助もタコも斬れなかった。松助が俺のナタを刀で受け止めている。松助はニヤリと笑い、俺の腹を蹴ろうとした。その前に俺は後へ飛び下がった。


 俺が体制を整えてかまえると、松助が笑いながら、

「今はここで止めておこう。半月後に俺が楽土に来てやる」

 と、言い残してタコと一緒に海中へ入っていった。凪が戻る。

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