松助
俺が百合ヶ原に戻ると、彦左衛門が翠達と金筬姫の間に結界を張っており、高麻呂が金筬姫と立ちながら口論していた。
「迷惑なのは分かっている。けれども恥を忍んで来た私をすぐに追い出すなんてあんまりではないか」
金筬姫は無表情だが、納得いかない様子がありありと伝わる。霊圧が乱れている。高麻呂も無表情だが困っているのがこちらにも伝わってくる。高麻呂は、
「今はお引き取りを願います。後日改めてお話をうかがいに来ます」
金筬姫の両手が腹の前で固く組まれていた。
俺は高麻呂のすぐ後で跪いて、
「縄を突然お選びになった理由は何でございましょうか」
高麻呂は迷惑そうに俺に振り向く。金筬姫は少し穏やかな声で、
「ある男から求婚を迫られた。その時私は結婚するなら縄以外にはいないと分かった」
高麻呂は金筬姫に振り返り、
「その男がお嫌でしたらお断りなさればよろしいでしょう」
金筬姫が暗い声で、
「その男は海神様と白瀧様から承諾を得た」
高麻呂は露骨に眉を寄せた。女神の結婚に新しい同僚を巻き込まないで欲しいのだ。俺は、
「海神様と白瀧様がお認めなさった男が良くない御仁なのですか」
高麻呂がウンザリした様子で、
「お前は黙ってろ」
しかし金筬姫は答えた、
「ええ。おぞましい男だ」
金筬姫は語った。求婚してきた男は第二次世界大戦中の海戦で死亡した海軍将校だった。人間は死亡したら死後の世界や楽土に行くが、その海軍将校の場合、祝呪隊の発見が遅れて海神の下僕になった。大海原で死亡すればそうなる場合が多々ある。
将校の名前は松助。松助は海神の下僕として一生懸命に尽くした。漁師や海上保安部や海上自衛隊を守ったり、風神と交渉したり、魚介類を観察したり、海神の命令を確実にこなしていた。それが認められて海神からの信頼は厚い。ある日海神は結婚を提案した。松助はそれに賛成した。
海神はこの間の出雲会議で会った白瀧姫と交渉して金筬姫と松助の婚姻を持ちかけた。白瀧姫は金筬姫が快く承諾すれば結婚を認める事を約束した。
しかし金筬姫は松助を拒んだ。松助は現代の現世の人間を見下し憎んでいるのが分かるからだ。第二次世界大戦で日本は世界に負けた。それだけではなかった。大和民族としての矜持を失い、国防すらも他力本願で精進を怠っている。自分を顧みずに他人ばかりを羨み罵る。分断が分断を生む。松助は今の大和民族を嘆き、嫌悪していった。何の為に自分は一度死んだのか。
松助の嫌悪はだんだん肥大化していき、現世の日本人を滅ぼそうと考え始めている。金筬姫と結婚する事で霊力が上がり力が手に入る。丁度、海神も海を汚す人間に腹を立てている。
話を聴いていた高麻呂は、
「考え過ぎでは?」
金筬姫は眉をひそめて、
「この間の出雲会議であの男と会った。勘違いではない」
金筬姫は彦左衛門と翠達を見やり、
「今は戻る」
ワッと、光り、金筬姫は消えて行った。
彦左衛門が結界を解く。翠と美麻が駆け出してくる。季打理と半蔵は呆然と立ち尽くしていた。
「叔父さん、大丈夫?」
美麻が心配した。翠は高麻呂に敬礼する。俺は美麻の肩を軽く叩く。
「隊長。今のお話を皆に伝えましょう」
俺が言うと高麻呂は自分の首を擦り、
「そうだな。厄介な話だが」
俺は翠達に先程の話を皆に伝えるように頼んだ。俺と彦左衛門と高麻呂は再度祝詞隊の基地に戻った。
会議は既に終わっており、元帥達は俺達を待っていた。俺達は部屋の中に入る。高麻呂と彦左衛門は片膝をつき、俺は後ろで跪いた。
「頭を上げろ」
元帥が言うと俺達はその通りにした。元帥は、
「報告せよ」
高麻呂は金筬姫の話を伝える。部隊長達も元帥も無表情でしっかりと聴いている。縄だけが青白い顔をしている。
話を聴いた元帥はゆっくりと縄に振り向き、
「お前はどうしたい?」
縄の目が泳いだ。元帥が縄を睨む。縄は、
「松助様のお話をまずは聴くべきかと思います」
元帥は、
「そうか。ならば暇を与えるから松助殿と会え。話はこれで終いだ」
と言って立ち上がる。部隊長達も立ち上がり、一度頭を下げる。元帥を先頭に黙って部屋を出て行く。
最後に縄が出ようとした。俺は、
「何故、金筬姫様とお会いしない?」
縄は俯きながら、
「松助様と会った後の方が良いだろう」
と、言って立ち去った。




