苦い初恋
俺が失態を犯しても降格はされなかった。むしろ師団長も部隊長も、
「無事に戻ってきて良かったな」
「妻と仲間達に礼を言うんだな」
と、言った。
俺は休日になっても酒を控えるようになった。その代わりに翠達と一緒に鍛錬をした。本気を出す時は彼女達から離れて独りでやる。以前も現世で悪霊と戦う前になるべく訓練をしているが、それは勤務時間内に決めていた。休憩と余裕がないと疲労が溜まって過労死する場合が有るからだ。それは現世と同じだ。現世の人間よりも少し疲れにくいだけだ。
俺が山の神から解放されてから二年後の神無月の後。現世では真冬の十二月下旬。俺は縄に呼ばれた。縄の家に行くのは随分と久しぶりだ。それでも何処に家があるかはしっかり覚えている。楽土の村では雪が降っているが、町は常春。縄の家は町の中に有る。
俺を迎えた縄が、
「本当に久し振りだな」
と言って俺を座らせると俺は、
「そうか?仕事でよく会ってるじゃないか」
縄も座りながら短く笑い、
「普段のお前は他人行儀だものな」
祝呪隊では俺より縄の方が立場が上だ。部隊は違うけれど俺は連隊長で縄は師団長。もちろん、勤務時間内では俺は縄に敬語を使っている。
俺は、
「わざわざ俺を呼んだのはどうしてだ」
縄は苦笑いして、
「今度の正月に俺は部隊長に昇格する」
それは俺も上官達から知らされていた。おめでとう、と、俺は祝おうとしたけれど縄は困っている様子だ。俺は、
「どうしたんだ?自信ないのか」
「ああ」
俺はじっと縄を見つめた。縄は無表情で茶を飲んでいる。単に自信ないわけではないようだ。俺は、
「話してくれよ」
縄は湯呑みを置くと溜息を吐いた。暗い声で、
「仕事に身が入らない」
縄の魂が揺れているのが分かった。俺は、
「元帥と他の部隊長は知っているのか?」
「ああ」
俺は更に霊視した。縄は悩んでいるようだが鬱状態ではないようだ。何を悩んでいるのだろうか。縄は、
「皆、出雲会議で決まった事だから受け入れろと」
祝呪隊の元帥と部隊長は神々が集まる出雲会議で選ばれる。それを断る事は出来ない。神々は人知を超えた尊い存在だからだ。俺は、
「神様達もお前の事を知った上で選んだんだろう。何が良くないんだ」
縄は、俯きながら、
「僕は神に懸想をしている」
俺は息を飲んだ。縄は顔を上げた。無表情だが魂が強く揺れている。冗談ではなかった。俺は、
「どなたに?」
縄は顔をそむけて、
「金筬姫様に」
俺は会った事が無いけれど、名前の響きからして機織り関係の女神である事は分かった。筬とは機織り機に付いている櫛みたいな部品の一つだ。
縄は説明した。前回の出雲会議でほぼ部隊長になる事が決定して、今回の会議で神々に会って来たのだ。その時に金筬姫の姿を目にしたのだ。金筬姫は緊張する縄に優しく接して他の神々との間を取り持ったのだ。容姿も優れていたがそれ以上に性格に惚れたのだ。
神々はそれすらも織り込み済みだったが、一度決めた事を覆さなかった。
「仕事が出来ないほど、結婚したいのか?」
俺は尋ねる。縄は苦笑いして、
「僕は懸想している事を恥じている」
尊い神に恋慕している上に、それが周りにも知られている。矜持のある縄にとっては確かに恥ずかしい事この上ない。俺は、
「まだ懸想しているならいっそのこと⋯⋯」
「出来るわけがないだろう」
縄が遮った。縄自体が恥じていても既に気持ちは神々にも上官達にも知られているし、昇格は取り消されていない。俺は開き直っても良いと思ったが、縄はそれが出来ない。
そう言えば縄はこれまでに恋愛した事が無かった。これが遅い初恋になる。
俺は、
「肝心の金筬姫様はなんとおっしゃっていたんだ」
縄は拳を握り、
「お答えなさるわけがないだろう」
縄は怒っているけれど、俺は金筬姫もまんざらでなければ結婚出来るのでないかと思う。最近は少なくなっているが、楽土の者と神との婚姻は可能だ。俺は、
「恥じ入るのは分かるけれど、もっと頭を柔らかくしろよ」
縄は溜息を吐く。




