閑話 蹂躙の前に
今回は閑話となります。
眠りにつく巨獣を目覚めさせる。
それは自然の摂理に反する冒涜的な行いといってもいいだろう。
山を砕き、川を溢れさせ、生物すらも侵略し進んで行く巨獣の背の上で、俺は遠く広がる夜の景色を肴にしながら酒を煽っていた。
「ま、気持ちよく寝てたところを叩き起こされれば誰でもキレるわな」
俺達がやったことは単純。
眠っている巨獣が嫌がる“音”を魔具を用いて発して起こしただけだ。
その上からさらに、そういう“術”をかけることで催眠状態にし、言うことを聞かせることに成功させた……って話だが、その仔細は俺にもよく分かっていない。
「魔王様ってのは、色々と手札を持ってるようだな」
俺は渡されたものを使って作戦を率いているに過ぎねぇ。
巨獣に刷り込まれた催眠は“真っすぐ突き進み”、“人の集まる場所を壊す”というものだ。
その道中にある脅威は全て無視、踏みつぶし蹂躙しながら侵略し突き進んでいく。
「んっく、ぷはぁー」
手元の水筒からもう一度酒を煽り、思い切り呼吸を吐き出す。
すると、俺の元に空から黒い鎧を纏ったグリフォンが降りてくる。
その背に乗っている同じ黒色の鎧を着た獣人——俺の部下の一人は、グリフォンから飛び降り、俺の後ろへ降り立った。
「おう、どうしたァ」
「フィルゲン王国の奴ら、前情報通りに三つの砦で迎え撃つようです」
「やっぱりか、まあ、地形的にそう来ることは予想できたが……」
「いかがなさいます? 進路を変えますか?」
部下の言葉に首を横に振る。
一応、方向転換はできるっちゃできるが、元より巨獣の洗脳は強固なものだ。
細かな移動ができるとは思えないし、何より下手すりゃ別方向に突っこんじまう可能性があるので、どちらにしろ無理だ。
「このまま突っ切るしかないだろうよ」
「いいんですかい?」
「そうやすやすと巨獣は止められねぇだろ。それにこの俺が、露払いをしてやるよ」
部下に見せつけるように、掌の上に黒い煙を放つ魔力を浮かべる。
ふつふつと燃えるそれを見た部下は、苦笑しながら肩の力を抜いた。
「別に頭の心配はしていませんよ」
「薄情な奴だな。お前」
「信頼してこそですよ」
「ハッ、言葉にするだけは簡単だな」
実際、砦の二つ三つ大した脅威じゃねぇ。
脅威とすれば、金の冒険者と勇者あたりだが、事前情報ではそこまで脅威ではないだろ。
歴代最高とは謳ってもまだガキなことに加えて、巨獣という大質量の前じゃ意味がない。
「テメェらも攪乱を頼むぞ」
「了解。他の奴らにも伝えておきますよ」
「今の俺は魔王軍幹部だ。さっきから気になってたが頭はやめろ」
「へいへい」
ちっとも申し訳なさそうに笑った部下に、呆れる。
魔王軍ってのは言うなれば、はじかれ者の集まりだ。
人の生活に馴染めない奴ら。
生まれのせいで迫害され、人を憎む奴。
悦楽の為に悪事を染める者。
他に手段がなく、しょうがなく入る者。
俺らはもっぱら、食い扶持を求めては魔王軍に入ったはぐれもの共だ。
飯食って生活するかわりに魔王軍として悪事を働く。
同情する余地なんてはなっから無い、ろくでなしどもの集まりとも言える。
「では、俺は偵察に戻りますんで」
「おう、行ってこい」
その場で跳びあがり滑空するグリフォンに飛び乗る部下。
それを見送りながら、現在腰を下ろしている地面―――巨獣の背中を撫でつける。
硬質でざらざらとした毛が、身体全体を覆い、その隙間から巨大な二つの牙と、それだけで一つの魔物とも思えるほどの大きさの長大な鼻が伸びている。
巨獣ベヒモスと呼ばれた、生ける災害。
「イリスによると、他のやつらも交戦状態に入ったって話らしいな」
昼間、俺以外の二人の幹部はそれぞれ人間共と交戦を始めたようだ。
奴らの心配は微塵もしちゃいねぇが、ヘマした時は思いっきり笑ってやろうと思っている。
「明日は頑張って、砦を破壊してもらなきゃなぁ。お互いがんばろうぜ、なぁ」
『———ォオオオォン』
そう足元に語り掛けると俺の言葉に抗うかのように低い唸り声が響く。
それにどんな感情が込められているかは獣人の俺でも分からない。
しかし、その歩みは一歩一歩着実に進んでいっている。
「我らが魔王軍の晴れ舞台だ。奴さんにはきっちりと絶望してもらおうか」
戦いは明日。
こっから高みの見物としゃれこみながら、巨獣が人間達を蹂躙する姿を拝むとしますか。
魔王軍の設定を少し出してみました。
次回でようやく戦闘開始となります。




