第八十三話
第八十三話です。
ベヒモス到達想定日時。
完成した砦でベヒモスの接近に備えた人々は緊張と恐怖を表情に表しながら、それぞれの持ち場についていた。
僕も魔法弓部隊の一員として、砦の屋上で渓谷の先の景色に意識を向けていた。
すぐ近くには六つの魔具製の弩弓が並び、一台につき五人ほどの人が整備と、僕の身の丈ほどの大きさのある杭を弩弓へと装填している。
リーファはチサトと共に砦の下の方に待機しており、屋上から覗いてみると、こちらに気付いたリーファとチサトが手を振ってくれる。
なんともなしに軽く手を振り返す。
『———勇者様と親し気……』
『やっぱり、そうっぽい……』
『三角関係……』
と、考えなしに行動して周りにさらに誤解を与えて行ってしまう。
もしかして僕ってポンコツなのでは?
そんなことを自覚しながら、ベヒモスの襲撃を警戒していると、不意にシフが僕の肩に跳び乗ってきた。
「静かだな」
「うん……」
砦の周囲は異様なほど静かだ。
以前まで鳥や動物たちの鳴き声が響いていたはずなのに、今ではそれがぴったりと止んでしまっている。
巨獣が来る前兆なのだろうか?
漠然とした嫌な予感を抱いていると、僕の方に誰かが近づいてくる。
「カイ、あんたの持ち場はこっちだったんだね」
「アルカ?」
近くで弩弓の調整と組み立てを行っていた少女、アルカ。
弩弓の組み立て作業を終えたのか、黒く汚れた手袋を外しながら僕に話しかけてきた。
「戦いの前だけど、気分はどうだい?」
「まずまずといった感じかな。君の方は?」
「あたし? 慣れない実戦で緊張しまくりだよ。なにせあたしはブロンズだからね。普段が技術関係の依頼ばっかしてるから、こういうのは専門外なんだよ」
なはは、と明るく笑う彼女の表情はどこかぎこちない。
慣れない実戦というのも本当なのだろう。
僕も彼女のノリに合わせて、返事をする。
「奇遇だね。僕もブロンズだよ」
「……は? いやいや、それは嘘でしょ?」
「本当だよ。僕はヘンディル王国の冒険者歴大体三ヵ月の新人冒険者だ」
客観的に見るとかなりおかしいんだろうなぁと他人事のように考えていると、アルカと―――ついでに周囲にいる仲間の魔法弓部隊の人達が、驚きの表情で僕を見ている。
多分、初日の魔物を追い払った僕を見ていた人達だろう。
「……嘘? というより年下? 君いくつなの?」
「十七だけど……」
「あ、あたしよりも三歳年下なんだ……」
「あ、すみません。思いっきりため口でしたけど……」
「いいよいいよ。さっきの口調のままの方があたしも気楽だからさ」
ちょっと幼い印象だったから同い年くらいか年下だと思ってた。
「でも、君がブロンズってのが本当だとすると……ヘンディル王国って魔境かなんかなの? 昨日の戦いぶりを見たら、金一歩手前の銀って感じがしたんだけど」
「いや、僕……というより、僕と相棒は金の冒険者の先輩に訓練を見てもらっていたからね。多少の腕が立つ自覚はあるよ」
「ヘンディルの金の冒険者ねぇ。あっちはこっちと違って非常識な連中が多いって聞くけど……」
非常識って……まあ、間違ってはいないけども。
やっぱり王国によって金の冒険者の基準は違うのかな?
「君は、この場にいる金の冒険者について知ってる?」
「ん、教えようか?」
アルカに頷くと、彼女は周りを見回しながら、指を差す。
指を差した方向―――僕達がいる場所の隣に位置する魔法弓部隊の中に、三又の槍を手にしている男がいる。
「あそこにいるのがゲイル、水系の魔物を専門にしてる冒険者」
その次に砦の下を覗き込み、チサトたちのいる方向を指さす。
彼女のすぐそばには、おっとりとした金髪の女性が地面に手を添えて、何かを行っている。
なんだか、その人の手が置かれている場所から緑色の何かが伸びているように見えなくもない。
「勇者様の近くにいるお姉さんオーラの出てる人がアルフィラさん、植物を操る希少魔法を使う。それで……あ、いたいた、上の落石部隊にいる見た目子供っぽい人がゼヘラ、肉体を強化するタイプの魔法を使う人で、めっちゃいい声なの」
こ、声はともかくとして、三人の金の冒険者か。
たしかにリックさん達に近いものを感じさせるな……。
持っている系統からして、結構特殊な類のものかもしれないな。植物系とかヘンディル王国ではあまり聞かないし。
「これで全員だよ」
「ありがとう。それじゃ――」
アルカにお礼を言おうとしたその時、渓谷の先の山に隠れた場所に轟音と共に大きな煙のようなものが上がる。
『———ォゴォォォォォ!』
それに伴い、とてつもなく大きな生物の雄叫びと、何かを破壊するような音が響いてくる。
第一の砦にベヒモスが到着した。
それに伴い、砦に設置された鐘が鳴り響き、その場にいた全員が戦闘準備へと取り掛かる。
「き、来ちゃったか……こ、ここまで来たらやるしかない! 危なくなったら逃げる! あんたもそうしなよ!」
「ああ!」
弩弓へと向かっていくアルカを見送った後に、砂煙が上がる渓谷の先へと目を向ける。
第一の砦で目的を達成できたら最高なのだけど――、
『伝令! ベヒモス第一の砦を突破!! 魔王軍はベヒモス以外に兵を伴って襲撃を行う模様!! 繰り返す!! ベヒモス―――』
そんな甘い話もないか。
しかも、今回は魔王軍の兵も来るのか。
今までの認識からして魔物を兵として扱うものだと勝手に認識していたけれど……相手が高い知性を持っているとなれば、話は違ってくる。
「シフ、肉体強化。ライム、弓に変形」
腰の水筒にいるライムが僕の手に飛び込むと、銀色の弓に変形する。
弦を慣らすように指ではじきながら、肉体強化により鋭敏化した感覚をもって、ベヒモスの接近を警戒する。
第一の砦から第二の砦までの距離はそう遠くはない。
ベヒモスの足並みが早ければ、すぐに姿を見せるはずだ。
「……」
矢を軽くつがえたまま、嫌な沈黙が続く。
「ゴォ、ゴォォォォン!!」
渓谷の岩盤に激突しながら、現れたのは呆れるほどに大きな獣。
最早、既存の生き物からは考えられない巨躯と、圧倒的な存在感を放つそれは、巨大な牙と長大な鼻を持っている。
それらを振り回す様は、災害と表現してもいいほどの破壊をもたらしていた。
「あれが巨獣! 古きを生きる自然の暴威!! 自然に調和をもたらす者!! 暴走していなければ、是非とも観察したいところだが―――あれは酷い恐慌状態に陥っている!!」
「ならなおさら、フィルゲン王国にいかせるわけにはいかないな!」
弓を構え、狙いを定める。
相手は伝説を生きる魔物。
無謀も無謀もいいところの強大な相手ではあるけど、ここであいつを止めなきゃ多くの人が、家を―――故郷を失うことになる。
水中専門の漁師系冒険者、ゲイル。
魔法で植物とか生やしちゃうほんわかお姉さん系冒険者、アルフィラ。
見た目は子供、声はダンディ、怪力無双系冒険者、ゼヘラ。
……多分、まともに登場させたらヘンディル勢とは別の意味で濃いキャラになってそうですね。




