第七話
第七話です。
本日中に続けて次話も更新いたします。
更新予告については後書きの方にて。
目が覚めるとそこはいつものベッドの上ではなく、木造の天井が見えるベッドの上であった。
記憶が曖昧だ。
ぼんやりと目を開けながら、ゆっくりとこれまであったこと思い出す。
学校に行って、授業を受けて、傘をさして雨の中を帰って、それで獅子原さんに会って、それで――、
「———ッ!」
僕は別の世界にきて、大変な目に遭った。
オロチとかいう三つ首の大蛇に追いかけられ、大怪我をして……それで……。
そこまで思い出し、勢いよく体を起き上がらせる。
身体を見れば、包帯こそ巻かれているがあれほどあった痛みは消えている。
「夢ではない……はずだけど……」
よく見れば僕の服も着替えさせられている。
……部屋も、見覚えがない。
最低限の家具しか置いていない簡素な場所で、枕もとには桶と手拭いのようなものがいれられている。
「カイト! 目が覚めたか!」
「きゅっ!」
「シフ? ライム?」
突然の声に、驚く。
声のする方を見れば、ベッドの傍らにある木製のテーブルの上に、銀色のスライムのライムと、黒猫の姿をしたシェイプシフターのシフがいた。
「ああ! おぬしの使い魔のシフだ! 三日も生死の境を彷徨っていたが、よくぞ生き延びた!」
「……三日!? そんなに大変なことになってたの!?」
「支援魔術の過剰使用により、おぬしの身体が壊れかけていたからな。あの場で、近くにきていた者が助けにきていなければ死んでいたことだろう」
死んでいた、その言葉を聞いて心が凍てつく感覚に苛まれる。
生きていることは嬉しいけど……。
「誰が、僕を助けてくれたんだ……?」
「それは——」
「それから先は、私が説明しよう」
シフ以外の誰かの声。
それが扉から聞こえ驚きながら見ると、そこには金髪の壮年の男性が水の入ったコップを片手に立っていた。
「水は飲むかな?」
「は、はい……」
優し気に笑いかけ、そう言ってくれる男に頷き、大人しくコップを受け取る。
シフとライムが警戒していないところを見れば、信じていい……のかな?
思い切って、コップの中の水を飲んでカラカラだった喉を潤す。
「あの、僕の怪我は……」
「君の傷は、治癒魔法使いが治してくれたよ。もう痛みはないだろう?」
「ええ、びっくりするくらいないです」
治癒魔法使い。
感じからして、人を治す魔法使いってことか。
魔物やテイマーってのが存在しているから、魔法使いくらいじゃ驚かなくなったけれど……いや、それよりも、この人は誰なのだろうか?
「貴方は……?」
「む? 失礼。私としたことがまだ名乗っていなかったね」
近くの椅子を引っ張り、ベッドに寄せて腰を下ろした男性は、コホンと咳払いをする。
「私は、へンディル王国、ギルド本部の長を務めているベルセ・ラギアザルという者だ。ここはギルドが運営する診療所の個室で、君は今までここで治療を受けていたんだ」
「えと、僕は……」
「アリハラ・カイト君だね? 大丈夫、君のことはシフから聞いている」
ちらりとシフを見ると、彼は「信用できる人間だ」と口にする。
ヘンディル王国、ギルド、長と気になる単語が出てきたけど、今は自分の状況を把握しよう。
「あの、ギルドって……」
「冒険者、と呼ばれる者達が集う仕事場のようなものだ。まあ、色々な人達の困りごととかお願いとかを依頼として、受けて解決する人たちって認識してくれればいい」
なんでも屋みたいなものか?
そこまで幅広い仕事はしないだろうけど、ニュアンス的に近そうだ。
「しかし、大変だったね。まさか迷い込んだ遺跡でオロチに見つかるなんて」
「え?」
「うむ! 私も最初に主の姿を見たときは驚いたものだ。遠い地からやってきたということもあって、土地勘が無かったといっても、あまりにも不用心すぎたな、カイトよ」
迷い込んだ、と聞いて呆けた声を零しそうになった僕の声を遮るシフ。
どうやら、遺跡で起こったことは話してくれたようだが、僕の素性についてはうまく誤魔化してくれたようだ。
意気揚々と話すシフを見て、ベルセさんが顎に手を当てる。
「何度も思うが……人の言葉を介すシェイプシフターに、ミスリルを取り込んだスライムとはな。……いや、本当に珍しい」
「おぬしはカイトの様子を見に来るたび、そう言っているな」
「キュ!」
「すまない。こうして人型ではない魔物と流暢に話していられるのが不思議でたまらないんだ」
僕が寝込んでいる間も、様子を見に来てくれたのか。
「私としてはカイト君……君の方も興味深い」
「僕ですか?」
「単身でオロチから生き延びたことだ。失礼な言い方だが、君のような子供が逃げて生きられるほど、オロチは甘い相手ではない」
今でもあの恐ろしい怪物の姿は思い出せる。
できることならもう二度と会いたくないな。
「もちろん、君がどうやって脱出したのかはシフから聞いてはいるが、その上で確認させてくれ……君は、本当に使い魔の力を借りながらあの遺跡を脱出したのか?」
「……はい。僕はシフとライムの力を借りて、オロチから逃げて生き延びました」
そう言葉にすると、一瞬だけベルセさんの目が鋭くなる。
しかしそれも一瞬だけで、すぐに元の温和な表情に戻る。
「どうやら、本当のようだね。さて、私の目で君の人となりを観察してみたが……君は悪い人間ではないのは分かる」
「何度も説明しただろう。カイトは悪い人間ではないと」
「ははは、私の立場的に一応確認はしないといけないんだ」
困ったように頬をかくベルセさんを、ジト目で睨むシフ。
その後、ベルセさんは僕へと顔を向ける。
「さて、それでなんだが……君はこれからどうするんだ?」
「……どうするとは?」
「見たところ、君は遠い地から来ているようだ。所持品も着ている服以外はほぼ確認できないので、金銭の類を持っているわけでもない。……この国に知り合いとかはいるのかな?」
「……いえ」
「頼れる者もいない、か」
そもそもの問題、僕はこの世界で頼れる人間がいない。
いかにシフとライムが頼れる存在ではあっても、人間の生活を助けてくれるほど万能ではない。
「シフ、どうしようか?」
「ふむ。私としても、未だ人間の文化に理解を深めていないからな。ベルセ殿、冒険者という仕事は誰にでもなれるものなのか?」
シフは僕に冒険者になってほしいのだろうか?
シフの質問に、彼は静かに返答する。
「誰にでもというわけではない。規定の審査を通らなければなれない。……審査といっても、単純な実技試験と、面談くらいだがな」
「では、その審査とやらを受ける条件はあるのか? カイトは受けられるのか?」
「実力さえあれば、十五歳以上の者は参加できるようになっている。もちろん、彼も受ける資格は十分にある」
冒険者というからには、依頼を受ける人たちってことなのかな?
さっきそう説明されたし。
しかし、まず重要なのは生活する環境と、生活に必要な金銭を稼ぐことだ。
何をするにしても、まずは生きなければ話にならない。
ここは、冒険者という仕事に入ることを考えてみるべきか……?
「無理に冒険者を選ぶ必要はないぞ?」
「……え?」
どうしようかと考えようとしている僕に、ベルセさんが真剣みを帯びた声でそう語り掛けた。
彼の言葉に、シフが小さな頭を傾げた。
「ベルセ殿。おぬしはギルド長とやらなのだろう? 集団の長ならば、カイトが冒険者になることはむしろ賛成するべきことではないか?」
「たしかに、オロチに襲われて生き延びられる者は多くない。彼の行ったこと、君達の能力を聞いてそれなりの力を持っていることも理解している」
シフの言葉にベルセさんは苦々しい表情のまま、腕を組んだ。
「本音を言うならば君のような人材が欲しいが、オロチとの戦いで死にかけた君に冒険者になるように勧めるほど、私は非情ではないよ」
「……」
「何をするにしても、君の意志が尊重されるべきだ」
死にかけた、か。
正直、自分が死にかけた、のは分かってはいるが、意識を失う寸前だったからかあまり実感はない。
しかし、もう二度とあんな体験はご免だった。
無言になる僕に、ベルセさんはあらかじめ手に持っていた袋のようなものを渡してくる。
「ベルセさん、これは……」
「君が遺跡に迷い込んだのは、遺跡の周辺を管理している我々の落ち度だ。その償いとして、当面の間はギルドは、君の生活を援助をしよう」
「いえ、そんな……っ」
「いいんだ。私としても、このまま君を放り出すのは寝覚めが悪い」
本当は僕が事故であの場に飛ばされてしまっただけなので、ベルセさん達は何も悪くないのだ。
命を助けてくれた上に、ここまでしてくれるのはさすがに気が引けてくる。
「どうして、初対面の僕にそこまで?」
「ギルド長として責任を取っている……というのが理由の半分で、残り半分は、私には君と同じ年頃の娘がいたから……だな。うん、それだけだよ」
重みのある袋を手に乗せながら思い悩む。
彼の善意をそのまま受け取るべきかどうか……。
「カイト、もらっておいたほうがいいぞ」
「シフ……」
無言になってしまう僕にシフが語り掛けてくれる。
彼は、フッと笑みを浮かべ真っすぐとこちらを見つめてくる。
「心配するな。人間の金銭の価値は私が理解している。街を散策してる時に覚えたからなっ」
そういう問題じゃないぞっ!?
誇らしげに胸を張った黒猫にガクリと肩を落とす。
「カイト君。これで少しの間はここで暮らせるはずだ。その間に、この王国を見て自分のやりたいことを見つけるといい」
「……はい」
もうベルセさんも返してもらうつもりはないようだ。
ここは諦めて受け取るしかない。
ありがたいけれど、なんだか本当に申し訳なくなってくるな……。
次話は一時間後、17時に更新いたします。




