第三十二話
もしかして、私のネーミングセンスも捨てたものじゃない……?
リーファの足元から広がる影に囚われたレイジウルフ。
ぬかるみに嵌ったように動きを制限されたレイジウルフは、なんとか脱出しようともがいてはいるがその動きは遅い。
それらをジッと見つめたリーファは、足に取り付けられたベルトからナイフを引き抜く。
「影沼」
「グゥ、グ……!」
「影で絡めとった。お前達は、もう動けない」
彼女はそのまま、レイジウルフ達へナイフを投げてとどめを刺していく。
あまりのえげつなさに、後ろで見ていた僕達は素直に引いた。
「え、えぐくない?」
「う、うむ。あれでは勇者というより、敵方の能力だな」
ドン引いている僕達の声に、リーファの頭の耳がピクリと震える。
最後の一頭を仕留め終えた彼女は、むすっとした表情でこちらを振り返ると僕へと指さしてくる。
「カイトの方が酷かった。人間とは思えない動きしてた」
「え、そう?」
「褒めてないんだけど……!?」
いや、目指している戦闘スタイルが人間の動きからの脱却だから、僕にとっては誉め言葉みたいなものだ。
とりあえずグリフォンの縄張りの周辺にいるレイジウルフは排除し終えた。
リックさんの方は大丈夫だろうか? 今一度レイジウルフがいないか確認しながら、グリフォンとの戦闘を行っているリックさんの方へと視線を向け―――絶句する。
「なっ……!?」
僕の視界に映り込んだのは、血に塗れ倒れ伏すグリフォンに止めを刺そうとするリックさんの姿であった。
グリフォンの巨体には紫色の魔力でできた剣がいくつも突き刺さっており、彼が止めを刺そうと握りしめている剣にも紫色の魔力により、刀身が巨大化しているように見えた。
「あの、短い間で倒したのか……」
「これがランク・ゴールド、人間と疑うほどの戦闘力を有しているな」
僕達がレイジウルフを相手取っている時間のみで、リックさんは容易くグリフォンを倒しきってしまった。
悲痛な叫びを上げた後にグリフォンが絶命したのを確認したリックさんは、僕とリーファを見るとやや安堵した様子を見せる。
「お前ら、よくやったな。見たところ怪我はしてねぇよな?」
「はい!」
「レイジウルフ相手には上々の成果だな。……さて、さっさと討伐した証を回収するか」
リックさんはグリフォンから剣を引き抜き、血を払った後に剣の鞘に納める。
討伐依頼を達成した証明として、討伐対象の魔物の身体の一部を切り取り、ギルドに提出しなければならない。
それは僕とリーファも理解していることなので、僕達も武器を収めて回収用のナイフを取り出す。
「リックさん、レイジウルフの方は———」
「待て、カイト」
まずリックさんに判断を仰ごうとしたその時、彼が森の一方向を見て表情を険しいものにさせた。
「何か来る。構えておけ」
「ッ!」
彼の警戒する声に、僕達はいつでも戦闘ができるように身構える。
次第に何か大きな何かが羽ばたくような音が聞こえてくる。……いや、それに合わせて他に地上を走るような音も同時に聞こえる。
数秒ほどの沈黙———その後に森の奥の方からこちらへ近づいてくる大量の影が姿を現した。
特徴的な黒い鎧が取り付けられた大型の鳥の魔物。
それは、先ほどまでリックさんが戦っていたグリフォン、それも十頭にものぼる大群が地上からレイジウルフを率いて僕達の前へ現れた。
「黒い鎧、魔王軍か……!」
「魔王軍!? こんなところに出てくるんですか!?」
「お前らは下がれ! 俺がこいつらの相手をする!!」
剣の柄に手を添え、僕達へそう言い放つリックさん。
ここで残って戦うと主張するほど、驕っているわけじゃない。
僕とリーファは互いに顔を見合わせ、頷く。
「分かりました!! リーファ、逃げるぞぉ!!」
「うん!」
「決断早くねぇか!? いや、面倒じゃなくていいんだけどな!!」
僕達がいない方がリックさんも全力で戦える。
そう判断し、肉体強化で引き上げられた身体能力でその場からの逃走を試みようとしたその瞬間―――視界の端で、何か白い光が輝いたのが見えた。
それは、まっすぐリーファ目掛けて飛んでくる。
彼女は……気づいていない!?
「ッ、リーファ!!」
「カイト!?」
咄嗟にライムを銀色の円盾へと変形させて、白い光を受け止める。
破裂する白い光から発せられたのは、強烈な冷気と―――信じられないほどの衝撃波。
「ぬ、ぁぁ……ッ!」
「攻撃!? ど、どこから……!?」
そのあまりの衝撃に僕は吹っ飛ばされ、ライムを手放してしまう。
吹き飛ばされ宙を舞う僕に、続けて飛ばされてきた白い光の玉が直撃し、さらに吹き飛ばされる。
そのまま地面に叩きつけられると思いきや、落ちたのは冷たい水の中。
「か、川……!?」
川に落ちた―――そう認識するが、正体不明の攻撃により僕の視界は虚ろなものになりつつあった。
やっ……ば、意識、が……!?
待て……この先って、たしか滝が―――。
「カイト!! カイト、しっかりしろ!!」
耳元のシフの声が、どこか遠い。
体が動かない。
徐々に体の自由と意識を保てなくなった僕は浮遊感と共に気を失ってしまうのであった。
●
「うーん、高得点。いいよいいよ、そういうの」
妹を護り、代わりに滝へ続く川へ落ちた少年、アリハラ・カイト君。
その光景をそう遠くない森の中から見ていた私は、掌から発せられる冷気を払いながら機嫌をよくする。
「さすがにリック・ケーシングの相手にはグリフォンじゃ力不足感は否めないけど、時間稼ぎにはなるでしょ」
視線の先には、酷く取り乱しているリーファがいる。
彼がよほど大切なのか、精神的な支柱を失ったあの子は彼の使い魔らしき銀色のスライムを拾うと、そのままナイフを取り出しレイジウルフへと向かっていく。
その戦いは、さっきのように落ち着いたものではなく、本能と怒りに任せた荒々しいものへと変化している。
「あちゃぁ、駄目だよそれじゃ。まだ自分の魔物としての力を拒んでいるんだね」
さきほどレイジウルフを相手にしていたアリハラ・カイト君―――カイト君の戦い方こそが、本来リーファがするべき戦い方だ。
理性を以て獣を制する。
己の魔物としての本能を抑圧せず、その力を振るう。
そういう意味では、カイト君の戦い方は人から外れてはいるが、正しい。
ただのテイマーだと思っていたら自分自身が戦い、逆に魔物に補助をさせている。その戦闘力は使い魔の能力により大きく変わっていく特異なもの。
戦い方そのものは、明らかに私の側に近い。
「金の純魔の魔力ね。たしかに美味しそうな魔力だ」
魔力には味はしないが、魔物としての力が強い私にとっては遠目で見るだけでも、美味しそうなものと認識できる。
少なくとも太古の魔物達が、純魔の魔力を持つ人間を食べていた気持ちがちょっとだけ理解できるほどには。
「いい相棒を見つけたねぇ」
魔物にとって魔力は力。
高純度の魔力を食らえば食らうほどに、強力な力を振るうことができる。
そういう意味では魔物混じりの私達にとって、彼はこれ以上なく相性のいい相棒なのだろう。
「名前からして、異世界の勇者と関係ありそうだもんね。これは思ったよりも、魔王軍幹部としての仕事ができそう」
今は収束しつつあるが、ちょっと前に異世界から召喚された勇者と共にやってきた“アリハラ・カイト”なる人物の捜索が行われた。
正直、妹にちょっかいをかけるだけで済まそうと思ったけど、少しだけ予定を変更させよう。
本来はリーファを川に落とすつもりだったけれど、彼が庇って落ちちゃったし。
『この鳥どもがァ! 焼き鳥にするぞ! くぉらぁぁ!!』
『キェェェェ?!』
「おおー、本当に人間とは思えない戦闘力だね。柄でグリフォンを殴ってる」
絶賛十頭のグリフォンと空中で戦っているリック・ケーシング。
彼は、空中に浮かばせた紫色の剣を足場にしながら、空を飛ぶグリフォン達を相手に優勢に戦っている。というより、今しがた三頭同時に切り伏せられた。
真面目に人間なのだろうか、アレは。
「あれと戦うのも面白そうだけど、今は別のことを優先させるべきだね」
空を見上げながら上機嫌になっていると、背後の茂みが揺らぎ、純白の毛並みのオオカミが表れる。
私は嫌がる彼の頭を無理やり撫でつけながら、これからやろうとしていることを説明する。
「それじゃ、行ってきてくれるね?」
「ワフ」
説明を終え妙なやる気を見せた彼は、空中に溶けるように消え失せ、指示した場所へと向かっていく。
私もその場を移動しようとして、その前にリーファを見る。
怒りのまま、レイジウルフと戦うあの子。
あの程度の相手なら負ける要素はないけど、あのままじゃ意味がない。
「いつまでもその調子なら、私が全部奪っちゃおうかな」
期待はしている。
大切にもしている。
しかし、失望しないとは限らない。
リーファの姉は、結構面倒くさい性格してます。
次回の更新は明日の18時を予定します。




