第三十三話
第三十三話です。
眠っている時、時々元の世界のことを思い出す。
自分で言うのもなんだけど、僕は動物に嫌われていたこと以外は普通の男子高校生だったと思う。
休日はゲームして、そこそこ勉強する。
たまに友人と遊んだりして、夕食後は父さんが好きなプロレス番組を惰性的に見ている。
これといって特筆のない人生を歩んでいたつもりだ。
このまま、動物に嫌われながらも同じような人生を歩んでいくつもりだったが、そんな僕の人生に大きな変化が起きた。
それから出会ったのは、黒猫の姿をした魔物、シフ。
彼と出会ってから、僕の特筆のない人生は変わり、自分でも予想もつかないものへとなった。
「———イト、カイト!!」
ちょうど、シフの声が聞こえた。
それに合わせて、僕もゆっくりと瞼を開き、僕の顔を覗き込むシフに視線を向ける。
「……シフ、か?」
「よかった! 目覚めてくれたか!! 気分はどうだ!? 私の尻尾は何本に見える?」
ぺたぺたと頬を前足ではたきながら僕へと黒い尻尾を見せるシフ。
シェイプシフターの変身能力により、二つに増える尻尾。それに合わせ、指を二本立てると彼は安堵するように座り込んだ。
「し、心配をかけさせるな……」
「シフ、僕は……滝を落ちたのか?」
「うむ。あの謎の攻撃を受けてな。全く、リーファのためとはいえあまり無茶はしてくれるな」
「……ごめん」
「責めるつもりはないぞ? おぬしの迷いのない行動は、私にとって好ましいものだ」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、かなりの心配をかけちゃったのは分かる。
もっとうまくやれたら良かったんだけど、あの白い魔力弾か何かの威力が僕の予想を超えて強かった。
「……ライムは?」
「私は滝から落ちる時に、何とかおぬしにしがみついていたが、ライムはリーファ達のいる場に残してきてしまったようだ」
「そうか……」
———体には異常はない。怪我もほとんどしていないし、動くには支障はない。
体を起こし、後ろを見れば遠くに滝が見える。
どうやら、ここは滝から結構な距離を流された岸の上らしい。
まだ僕の服が濡れている感じからして、そこまで気絶していた時間は長くはないだろう。
「シフ、僕はどうやって岸に? 自分で上がってこれたのか?」
「……いいや。私が上げたのではない。……奴だ」
やつ……?
シフが顎で指した方向へと視線を向けると、そこにはいつしか遭遇した純白の毛並みのオオカミがそこにいた。
「おおぅ!?」
思ったよりも近くにいたので思わず驚いてしまうが、オオカミは大人しい様子でジッと僕を見つめている。
「な、なんでこの子がここに……?」
「おぬしと無理やり契約を結んだ魔物だ。なにかしらの目的はあるようだが、どうやら純魔の魔力を持つおぬしを食らおうとする算段はないようだな」
それでも助けてくれたのならお礼は言っておかなきゃな。
気だるい体を立ち上がらせながら、純白のオオカミへと近づいた僕はお礼の言葉を口にする。
「助けてくれて、ありがとう」
「私からも礼を言うぞ」
「ウォゥ」
さっと、頭を差し出してくるオオカミ。
何を求めているのかを察した僕は、手を伸ばしてオオカミの頭に手を置く。
相変わらずのひんやりとした毛並みと、言葉では言い表せない“力”のようなものを感じる。
「しかし、こやつはなんの魔物なのだろうか? 強力な力を持っていることは分かるのだが……見たことのない魔物だ」
「たしかに、正体が分からないってのは———」
「わふ」
「まあ、かわいいからいいじゃないか」
「時々、おぬしのそういうところは駄目だと思うぞ。私は」
目を細めて唸るオオカミに一瞬で懐柔させられる僕に、シフがジトーっとした視線を向けてくる。
もうちょっと、撫でていたいけどいつまでもこうしちゃいられないな。
「僕はどのくらい寝てた?」
「大体、一時間かそこらだな。結構流されてしまったので、ここで待ってリック殿と合流するのはあまりいい考えではないかもしれん」
「なら、こっちから向かうしかないか」
荷物はあの場に置いてきてしまったが、幸いナイフはある。
シフがいてくれれば、戦闘はこなせるだろう。
「ウォフ」
「ん? どうした?」
なにやらオオカミさんが異様なやる気を見せている。
シフは、オオカミさんの様子を見て何かを察したようだ。
「カイト、こやつはおぬしの力になってくれるらしいぞ」
「そうなのか?」
「ウォン!!」
頼もしく一声鳴いたオオカミさんは、僕についてこいとばかりに会釈? をする。
ついてこいって言っているのか? 方向的には滝の方を向いているし、リーファ達の元へ案内しようとしてくれているのかな?
「どうする、シフ?」
「ひとまずは信用してもいいだろう。何より、あの魔物は強く、賢い」
「……分かった。それじゃあ、行こうか」
オオカミさんにそう言い、ついて行く。
心細い状況ではあるものの、このオオカミさんの存在は僕にとって頼もしいものとなりつつあった。
●
森の中で見る目印は、思っていたよりも遠くにある。
以前、漫画か小説の中でそんなことが書いてあったのを覚えている。
距離感というものは結構簡単に狂いやすいもので、近くで見えていたと思っていた狼煙が実は何キロも離れたところから上がっているって例もある。
つまりなにが言いたいかというと―――、
「ここはジャングルか何かなのかぁ……?」
歩いて大体一時間ほどが経過した。
木々の合間から差し込まれる太陽の光は熱を帯び、周囲の湿気は尋常なく高い。
さながらサウナの如き熱さに僕は、汗だくになりながら軽快に森の中を進むオオカミさんについていく。
「んぐ……」
ライムがいつも入っている水筒にいれた水で喉を潤しながら口元を拭う。
幸い、あの川の水が綺麗なものだったのは良かったけど、まさかここまで森の中が熱いだなんて思いもしなかった。
「カイト、大丈夫か?」
「今のところは、しっかし、この暑さはなぁ……」
「ウォン?」
汗を拭う僕に気付いたのか、オオカミさんがこちらへ顔を向ける。
数秒ほど足を止めて、こちらを見るオオカミさん。
心配ない―――そう伝えようとすると、オオカミさんの純白の毛並みがふわりと風で揺らぐ。
すると、ひんやりとした風が吹く。
それも一瞬だけじゃない。追い風のように後ろから涼しい風が吹き込み、僕の身体を冷やしてくれる。
「す、涼しい……ありがとう」
「わふ!」
愛らしさの権化かな?
風に包まれた僕の周囲を観察するようにぐるぐると回ったシフは、驚きの声を上げた。
「おお、おぬしは風を操れるのか!」
「シフ、この子がどんな魔物か心当たりはある?」
「いや、微塵も思いつかない。しかし、間違いなくこやつは人間に友好的な魔物だろう」
この子のことが気になるが、今は分からないままでいいだろう。
いや、それよりも―――いつまでもオオカミさんって名前じゃ、呼びにくい。
「良かったら、名前をつけてもいいかな? オオカミさんって呼ぶのもアレだしね」
「わふ? ……ウォゥ!!」
こくりと頷くオオカミさんに、僕を改めて腕を組む。
風、狼、ふう、ろう? いや、なんだかこれは違う気がする。
それじゃあ、白い狼、ハクロウ……ハクロ……。
「ハクロってのはどうかな?」
「ウォゥ!」
「うむ、気に入ってくれたようだな」
嬉しそうに尻尾を振るオオカミ―――ハクロ。
その時、頭の中で何かが固定されたような音が鳴り響いた。
「ん?」
「どうした、カイト」
「いや、なにか音が……」
「音?」
足元のシフが耳を澄ますように耳を動かすと、途端にびくりと体を震わせた。
それに合わせて、ハクロも森の一方向を見て唸りだす。
「カイト! 魔物だ! 襲い掛かってくるぞ!!」
「っ!!」
すると、木々の奥の方で何かが駆けてくる音が響く。
それに合わせ、帽子に変身したシフを被った僕がナイフを抜く。
ライムがいない状態での戦闘―――正直、不安もあるけど、やるしかない!!
狼の魔物(仮)の名はハクロとなりました。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




