第二百九十三話
お待たせしました。
第二百九十三話です。
声が、聞こえる。
夢の中で、誰かが僕を呼んでいる。
それは近くからも、遠くから木霊するように聞こえてくる。
『純魔よ』
穏やかな声。
心の奥底に語り掛けるその声に耳を傾けながら、僕は夢の中の——黄金色の景色へと意識を向ける。
声も出ないほどの広大な空間。
黄金色の草木が生い茂る大地を取り囲む、半円を描いて流れ落ちる巨大な滝。
その中央に、彼女はいた。
『純魔よ』
幾重にも重なった銀色の輝きを放つ翼。
煌びやかな文様を描くそれは、鱗粉を放ちながら大地に力を分け与えているように見える。
そして、その翼を生やしている———蛾に似た巨大な神獣は、穏やかな意思を持つ瞳を僕へと向けてくる。
『早く、私の元に。手遅れになる、前に』
懇願するような。
それでいて急かすようなその声に僕は頷く。
すると安堵するように触角を動かした神獣は、ゆっくりとその姿を消していく。
どこに行くのか。
大丈夫なのか?
思わず心配になり、黄金色の大地を進み先へ向かおうとすると———、
「カイト様」
不意に後ろから僕を呼び止める声が聞こえ、意識が引っ張られる。
一瞬、呼吸が止まった後に、目覚めた僕の視界には、いつもの部屋の天井と———僕の顔を覗き込んでいるメリアの姿があった。
「……メリア」
「どうやら、他の神獣の干渉を受けていたようですね。どこかお体に不調はありませんか?」
「いや、大丈夫。ありがとう」
時間は、まだ日の光が上がって間もないくらいか。
シフ達もまだ眠っているし、まだ全然早い時間帯だな。
「神獣の干渉というと……あの羽根を持っていたのが、そうなんだよね?」
「ええ、その通りです。害意はありませんがどうやらあちらも切羽詰まっているようですね」
僕に何かをさせたいのか?
いや、というよりさせたいとかそういうのより、早く会いに来てほしいって感じだったな。
まあ、それはともかくとして……。
「メリア」
「はい?」
「なんで部屋にいるの?」
「僕なら当然のことです」
「いや、今日の出なんだけど」
「……」
「……」
「……」
「いや、分かった。分かったよ。部屋にいていいから……」
「はい♪」
無言の圧力……!
笑顔のままこてんと首を傾げた彼女に僕は呆気なく屈した。
そのままベッドの傍の椅子に座るメリアに好きにさせながら、僕は睡魔に任せてもう一度目を瞑るのであった。
●
今日は僕としても気を引き締めなくてはいけない日だ。
なにせ、イリスさんが父親であるベルセさんと顔を会わせる日。
彼女が冒険者になる際に一度は顔を会わせているはずだったが、その時は彼女はベルセさんが実の父親だということを知らなかったし、実質これが初めて父と娘として話し合う機会となる。
「僕達でサポートしような、ニーア、シフ……!」
「いや、なんで私ッ!?」
「私はそのつもりであるが……」
ベルセさんが指定したお店に向かいながら僕は隣を歩くニーアに意気込みを口にする。
一緒に歩いているイリスさんはさっきから、そわそわとした様子で落ち着きがないが……まあ、それはしょうがない。
「君はイリスさんのことが心配じゃないのか?」
「心配以前にそんな気まずい状況に私を放りこもうとしていることに疑問でしかないのっ!」
そんな状況にさせないためにも付き添いがいるんだ。
なにやらぷんすかと怒っているニーアは、ジトーっとした目で僕を見上げてくる。
「リーファでもいいじゃん!」
「安心してくれ。リーファは既に僕の影に入り込んで惰眠を貪っている」
「嘘でしょ、リーファ……?」
「いつの間に入りこんだのだ……? 使い魔の私ですら気付かなかったぞ……?」
本人は気づいてないと思っているが、僕は気づいている。
丁度いいので、このままリーファも連れてきているわけだ。
「それにさ、友達だろ? 僕達」
「私の知ってる友達と違うよ!? 絶対それ都合のいい人みたいな感じだよね!?」
「いや、それはないよ」
「お、おお……そこは真顔で否定するんだ……は、反応に困る!!」
百面相をしているニーアに苦笑いする。
そろそろお店に到着するわけだけど、イリスさんは大丈夫だろうか?
「……なんて話したらいいか……いや、そもそも私をどう思っているのか……うわぁぁ……不安だ、不安すぎる……」
……うーん、これは大変そうだなぁ。
●
ベルセさんが話し合いの場として指定したお店はレストランっぽいオシャレなところであった。
大衆食堂のような場所とは異なり、個室のような場所で食事をとれるような場所で、そこで僕とベルセさん、そしてニーアとイリスさんは向かい合うようにして座っていた。
ここに来ての誤算としては、シフ達が別室になってしまったことだろうか。
さすがに使い魔達を食事に同席させることは駄目だったようで、シフ達は専用の別室で、使い魔用の食事を振舞われることになった。
「……」
「……」
「……」
「料理、美味しそうですね」
テーブルに並ぶ料理に感嘆とするが、それに答える者は誰もいなかった。
想像以上の地獄だ、と目の前に座っているニーアが目でそう語っている。
ベルセさんもイリスさんも無言のまま、かれこれ十分は経ってしまっているが……どうしたものか……。
「では、ここは若い二人に任せて……」
「そ、そうしましょうか」
沈黙に耐え切れず、その場を立ち上がろうとする親子二人。
二人が出て行ったらここには僕とニーアが残るという意味のないことになってしまうので、とりあえず止める。
「ベルセさん、お見合いじゃないんです。逃げないでください」
「はい……」
「イリスさん、貴女も出て行ったら僕とニーアだけになるので行かないでください」
「はい……」
……。
そのまま席につく二人に、どうしようかと思う。
「ニーア、なにか面白い話はない?」
「かつてないほどの無茶ぶりだよ、それ……」
「……」
切っ掛けが必要なのは分かっているけど、最初の一歩が難しいな。
お互いに家族と認識してはいるけど、その境遇のせいでいまいち踏み出せない。
ここでの僕の役割は、話のきっかけを作ることだな。
「ベルセさんがギルド長になった経緯って教えてもらってもいいですか?」
「え、あ、ああ、構わないよ」
戸惑いながらも頷いてくれたベルセさんは肩の力を抜いて話してくれる。
「ギルド長になったのは成り行きみたいなものだね。長く職員として勤めていたこともあるけど、前任の指名もあってギルド長を任せられることになったんだ」
「そう、なのですか」
イリスさんの呟きにベルセさんが頷く。
それをきっかけにして少しずつではあるけど、会話が始まっていく。
まだまだ緊張しているのか、イリスさんは敬語が抜けていないようだけど、それでも普通に会話ができるようになってきているので、いい方向には進んでいるはずだ。
「再会する前は、まだ故郷の方に足を運んでいたのですか?」
「……そう、だね」
「恨んではいないんですか?」
「私も人だからね。そりゃあ、怒りも抱いたけれど……それ以上に、彼女とは本当に二度と会えない事実を自覚して、とても悲しくなった」
生きて会えると信じていた奥さんが既に亡くなっていて、娘であるイリスさんも既に里を出ていた。
その事実はベルセさんにとって衝撃どころの話ではなかっただろう。
ベルセさんの言葉にイリスさんは、少し顔を俯かせてから顔を上げる。
「私は……」
「言いたくないのなら話さなくてもいいんだよ? 私としては、娘とこうして再会できただけでも十分なことなんだから」
「……。いえ、話します。話さなければ、なりませんから」
それから、イリスさんは自分がエルフ族の里から出た後のことについて語り出した。
里の者達への憎しみと怒りのまま、魔王軍へと入り悪事の片棒を担いだ。
彼女の言葉にベルセさんは、無言のまま聞き手に徹していたが、その表情はやはり険しいものだった。
「君にそのような思いをさせてしまったのは、私の責任だろう」
「ッ、いいえ、そんなことは……」
「私が強引にでも、君を里から連れ出していれば魔王軍にも入ることはなかった。……全ては、私のせいだ。きっと、彼女には失望されて——」
「違います……! 母は、貴方に失望なんてしていません! 最期まで、母は貴方のことを想っていました!!」
感情を乱してそう言葉にするイリスさん。
その訴えを受けたベルセさんは目を丸くした後に、力なく笑った。
「そう、か……」
沈黙が場を支配する。
ここで言葉を挟むのは駄目だと思えた。
数分ほど、感傷に浸っていたベルセさんは、ふとイリスさんに話しかけた。
「今は……どうしているんだい? もしかして、この後捕まるなんてことは……」
「いえ、そういうことはありませんが……」
ちらりとイリスさんが僕を見る。
その視線を察して、小さく頷く。
「……事情があって明かすことはできませんが特殊な立場にいます。悪事に加担しているわけではありません。……私としては、意義のある役目だと思っています」
「カイト君は知っているのかい?」
「はい。リーファも知っていますし、ジェシカ様に認可していただいてます」
「ということは、国家機密レベルのことということか……。うん、女王様と君達が関わっているとなれば、安心できるな」
秘密裏ではあるけどヘンディル王国のバックアップがあるとないとでは話が違う……というのはリオンさんの話であったけれど、こういう時に役立つということか。
僕としてもベルセさんに信頼されてて嬉しいけど。
「うん? だとしたら、今はどこで暮らしているんだい?」
「仮の宿としては、カイト達が泊っている宿です」
「……一つ屋根の下?」
「……えっ、は、はぁ? まあ、そのような感じですね」
僅かに目を細めたベルセさんに、そういえば、といった感じで気付くイリスさん。
まあ一つ屋根の下といっても複数人住んでいる訳だし、そのそも別室なのは、彼も分かっているだろう。
「そうか……カイト君」
「はい?」
「娘との、関係を聞かせてもらえないだろうか?」
「ぶっ!?」
対面に座るニーアがむせる。
僕は彼女に水を差しだしながら、声を潜めて話しかける。
「ニーア、少しは落ち着いてくれ」
「いや、今の質問は明らかにおかしいでしょ!!」
「関係と言っても同僚的なやつでしょ? ん? ああ、そういうことか。ははは、このおませさんめ」
「なんだろう……!! 今なら、カイト君に殴りかかっても許される気がする……!!」
わなわなと震えるニーア。
そんな彼女から離れつつ、先ほどのベルセさんの質問に答える。
「イリスさんは恩人です」
「恩人……。そういえば、どのような経緯で出会ったのか聞いていなかったね。できれば教えてもらってもいいかな?」
ぐいぐい聞いてくるな。
そういえば、話してなかったなーと思いながらベルセさんに話す。
「構いませんよ。そうですね……始まりは、イリスさんが街で行き倒れているところをリーファが見つけて宿に連れてきた時が始まりですね」
「あっ……」
「行き倒れてた……? どういうことなのかな?」
訝し気な様子でベルセさんがイリスさんに質問する。
恥ずかしいのだろうか、やや照れながら彼女は頬を掻く。
「あ、あぁ、そ、それは……金銭の類を忘れてしまって……」
「……。そういうところもそっくりなのか……」
「さらっと母の残念エピソードの片鱗を知ってしまった……!?」
ややショックを受けているイリスさん。
ベルセさんとしてはこういうところが微笑ましいというか、嬉しい要素なのかな?
「しかし、カイト君」
「はい?」
「私と娘がこうしてまた再会し、言葉を交わすことができるようになったのも君のおかげだ」
「大袈裟ですよ。僕ではなく、イリスさんの決断によるものが大きいと思います」
僕はこの場をセッティングしただけなので、それほど大したことはしていないと思う。
しかし、ベルセさんはそう思っていないのか首を横に振る。
「どこぞの馬の骨を連れてこられたらどうしようかと思っていたが、君なら安心だ」
「? はい?」
「カイト君」
力強く肩に手を置かれる。
すぐ隣なので、横を向けば真剣な表情のベルセさんと視線が合う。
「君なら、娘を任せられる。頼んだよ……!!」
「むぐっ!?」
「あぁ、この流れ、母さんの時と同じだー」
なるほど、これから同じ場所で動く同僚として、か。
ベルセさんも不安も多いだろうし、ここははっきりと言葉にしなければな。
「任せてください……! ベルセさん……!!」
「カイトぉ!?」
驚くイリスさんにサムズアップを見せる。
僕の言葉に満足したベルセさんが上機嫌になってくれる。
「……。イリス!? しっかりして! この天然共に何か言わなくちゃ大変なことになるよ!?」
「あばば……」
「駄目だ不測の事態にショートを起こしてる!?」
「ニーア、お店の中だから静かにね?」
「誰のせいでこうなっていると思っているの!?」
何やら騒ぐニーアを嗜めると怒られてしまった。
まあ、とにかくベルセさんとイリスさんがお互いに歩み寄れる切っ掛けをつくれてよかった。
ニーア(ツッコミ)がいると途端に無茶ぶりと天然を発揮するカイトでした。




