第二百九十二話
お待たせしました。
第二百九十二話です
チサトがフィルゲン王国に帰ることになった。
彼女はフィルゲン王国の所属なのでこれもしょうがない話ではあるけれど……。
『カイト君、覚えておいて。私は必ずまたやってくる。それまで首を洗って待っていてね』
『お、おう? 頑張っ……て?』
『カイト、このアホの言葉は気にしなくてもいいからな』
なにやら不穏な言葉を残してフィルゲン王国に帰っていくチサトと、そんな彼女を微妙な目で見ているアルを見送る僕達。
というより、近いうちにナーヴァさん達が影を繋ぎに向かってくれるだろうから、それほど間も空かずに会える気がするんだけど。
「さて、今日はイリスさんが来る日だな」
「うむ、そのような話であったな」
チサトがフィルゲン王国へ帰った翌日の朝。
僕は朝食を摂りながらシフと一緒に、今日の予定について話し合っていた。
僕とシフの会話に眠そうな目をしながらリーファが顔を上げる。
「確か、夜頃に来るって?」
「うん。だから今日のうちにギルドに行ってベルセさんに話を通しておこうかなって」
「そっかぁ。親子だもんね」
いきなりイリスさんが会いに来たらびっくりするどころの話じゃないだろう。
なので、事前にそういう話ができる場を設けてもらおう。
「イリスも大変だねー。生き別れの父親って時点で相当、複雑な心境だと思うよ」
パンを食べながらニーアが同情するように呟く。
イリスさんがベルセさんが父親だと気付いてからは、恐らく顔を会わせていないはずだ。
「場合によっては、僕とニーアが立ち会うことになるだろうね……!」
「いや、そこでなんで私なの……?」
「君はイリスさんの友達だろう?」
「と、友達なのか……なぁ? まあ、魔王軍内では仲が良い方だったけど」
少なくとも船の中では二人は気兼ねない会話をしていたから、僕には友人同士に見えたけど。
すると、リーファが首を傾げるニーアに話しかける。
「そもそも姉さん、友達いるの?」
「いるよ!? ……い、いいいいいるもん!! そういうリーファはいるの!?」
「勇者だからいるし」
「理由になってないじゃん!!」
子供みたいに張り合うリーファとニーアにため息をつく。
「ニーア、少なくとも僕は友達だと思ってるから騒がないでくれ」
「か、カイト君……! 私、初めて会った時はあんなに面倒臭い絡み方したのに……!」
「自覚あったんだ、姉さん……」
もう過去の出来事だし、今はそれほど気にしてない。
うるうると目を潤ませるニーアに苦笑しながら、僕は次に隣の席でもくもくと朝食を食べているマオに声をかける。
「マオは……今日は留守番する?」
「……うん」
家族についての話題だからなぁ。
この子にとっては複雑なものだろう。
「でも、今のお父さんはカイトだから」
「いや、違うからね……?」
「パパって呼ぶ?」
「問題になるからやめようね……?」
もしかしてこの子確信犯か?
どことなく残念そうな顔をしたマオを訝しみながらも、僕は止まった手を動かし朝食を食べ始めるのであった。
●
朝食を食べ終えた後、僕は使い魔達と共にギルドへと向かう。
マオが作ってくれた鞘は船に置いてきているのでライムはいつもの水筒の中におり、ユランは僕のジャケットの胸ポケットから顔を出して涼んでいる。
「ワフッ」
「ハクロ、ちょっと大きくなった?」
傍らで並んで歩いている白いオオカミ、ハクロを見てそんなことを呟く。
毛並みも増えたように見えるし、歩いている姿もかっこいいな。
「カイトよ、もうすぐギルドだぞ」
「会えるかな?」
「分からん。ギルド長という職務上、席を外せない場合もあるからな。会えなかったのなら、せめて伝言だけは伝えておこう」
「そうしよっか」
しかし、しょうがなくもあるがやはり注目を浴びるようになってしまったな。
魔王軍の件をなんとかしたからだろうけど……。
「しかし、僕の立場はあくまで従者だからなぁ。そこまで注目されるようなことは……」
「あ、ヘンディル仮面!」
「ん?」
ふと、僕に向けられた声の方を見ると、数人の子供たちが僕へと駆け寄ってきていることに気づく。
ヘンディル仮面と呼ばれたので僕はにこやかな笑みを浮かべながら、子供達と視線を合わすように膝を落とす。
「君は前に見に来てくれた子達だね? いい子にしてたかい?」
「うん! ヘンディルー!」
「ははは、ありがとう」
子供達の頭を軽く撫でると、嬉しそうに駆けていく。
保護者達の元へ戻っていく子供たちの姿を確認した後に、僕は気を取り直してシフに話しかける。
「そこまで注目されるようなことはした覚えはないんだけどなぁ」
「カイトよ、真実は意外と近くにあるものだぞ……?」
ややげんなりとしたシフの呟きに首を傾げる。
そんなやり取りを交わしながら、僕はギルドへと到着する。
相変わらず喧騒に満ちたギルドの中を進んだ僕は、受付をしている馴染みのギルド職員のマイさんに声をかける。
「マイさん、お久しぶりです」
「あ、久しぶりカイト君。聞いたよー、魔王軍を倒しちゃったなんてー」
「僕は従者として働いただけですから」
実際は事実とは異なるのだが、とりあえずはこう取り繕っておこう。
「今日は依頼を受けに来たのかな?」
「いえ、依頼は後日受けようと考えていますが、今日はベルセさん……ギルド長に用件がありまして」
「ギルド長に? うーん、聞いてみないと分からないかな。……もしかして急ぎの用事だったりする?」
「えーっと、ベルセさんにとっては急ぎの用事だったりするかもしれないです」
「なるほど、分かった。とりあえず聞いてみるよ」
ギルドの奥へと向かっていったマイさん。
数分ほどで受付に戻ってきた彼女は、僕をギルド長室へと続く扉へと案内してくれる。
ハクロを内へと戻した僕は、扉をノックする。
「アリハラ・カイトです」
『ああ、どうぞ入ってくれ』
「失礼します」
許可を得てギルド長室へ入ると、テーブルで事務作業をしている壮年の男性、ベルセさんがいた。
彼は僕を見ると、やや疲れの滲んだ表情を緩ませる。
「無事に帰還してくれて何よりだよ。……君がここに運ばれてきた時のことを考えると、本当に感慨深い気持ちになってしまうね。ああ、すまない、座ってくれ」
「あ、はい」
促されたとおりに椅子に座り、ベルセさんと向かい合う。
「急ぎの要件と聞いたけれど……」
「今日、イリスさんがヘンディル王国に来ます」
「……」
単刀直入に用件を伝えると、ベルセさんが笑みを浮かべたまま硬直する。
そのまま奇妙な沈黙が場を支配するが、一向に彼の表情が動かないことに気づく。
「ベルセさん?」
「どうやら、あまりの衝撃で呆然としているようだ」
「……ハッ!?」
我に返ったのか、ハッとしたように動き出した彼は、すぐに狼狽する。
「い、いきなりやすぎないかな!?」
「フッ、安心してください。イリスさんにも貴方と話す約束は取り付けておりますので、安心して語り合ってください……!」
「君の手腕がキレッキレすぎて、当事者の私の思考が追い付いてないのだが!?」
イリスさんにとっての罰でもあるからな。
僕にとっては罰ということではなく、純粋にベルセさんと話した方がいいと思ったからだけれども。
「い、いったいどういう経緯であの子を……?」
「……いえ、これはイリスさん自身から説明すべきことです」
僕の口から言うべきことじゃない……よな。
勝手に話していいことじゃないし、事情を話すも話さないのもイリスさんに委ねるべきだ。
「それで、ベルセさんは大丈夫でしょうか?」
「……私が、いいのだろうか? 父親といっても、父親らしいことができたことがないのに」
「それは……」
事情を考えればしょうがない話だ。
離れ離れになってしまった当時のイリスさん、そしてベルセさんと奥さんを取り巻いていた状況は最悪の一言に尽きた。
エルフ族の悪意を感じさせる行いを前に、感情的にならずひたすらに家族との再会を待ち続けたベルセさんを誰が責められるだろうか。
「ベルセ殿」
「シフ……?」
僕の肩で話を聞いていたシフが口を開く。
僕の視線にシフはこくりと頷く。
「私がカイトと出会う前までの記憶は……偽りのものだった。誰とも知れない何者かを恩人と思い込んでいたのだ」
「……」
「それが偽物の記憶と知り、混乱した。しかしな……私がカイトと出会ってからの記憶は、紛れもない本物だった。その事実だけは何者にも捻じ曲げることのできない事実なのだ」
そこで一呼吸ついたシフは、数秒ほど間を置きながら声を発する。
「重要なのは、過去ではない。これから紡いでいく記憶にあるのだ」
「シフ……」
「おぬしも、まだやり直せる機会はあるのだ。今は、それを無為なものにしないようにするべきだと……私は思う」
シフの言葉を後押しするように、僕も話を切り出す。
「不安になるのも分かります。僕も事情を理解している身。なにより、イリスさんに危ないところを助けてもらった恩があります」
「カイト君……」
「必要とするなら、僕も付き添います。部外者ではありますが、唯一ギルド内で事情を知っている身として力になりたいんです」
思い悩むように黙り込むギルド長。
どれだけの葛藤を抱いているのかは僕には想像もできないけど、今は無言のまま彼の返答を待つしかない。
「……分かった。明日の夜、時間を作ろう」
「……! はい。イリスさんに伝えます」
了解を得られた僕は、これ以上彼の迷惑にならないように部屋を後にした。
……今日一日は特にすることはなかったし、ちょっと肩慣らしに街関係の依頼でも受けてから帰ろうかな?
●
「なんとか、話し合いの場を設けることができてよかったね」
「うむ。イリス殿にとっては朗報だな」
軽い依頼を受け、完了させた頃には夕方になってしまった。
シフと軽い雑談を交わしながらも宿に帰った僕は、そのまま扉を開き中へ入ると――そこには、
「む、おぉ……!」
「イリスさん!?」
お腹あたりを押さえて呻いているイリスさんの姿を目撃する。
もう来ていたのか!? じゃなくて、いったいどうしたんだ!?
「い、イリスさん!? ど、どうしたんですか!?」
「フッ、いや、少しばかり胃が軋むような事案が起こってしまってな。……心配するな、ニーア達は部屋に避難させた……!!」
いや、まずはどういう状況かを教えてほしいんですけど。
なんだか今にも気絶しそうな様子の彼女に、せめてもと思い今日のベルセさんとのやり取りを伝える。
「イリスさん……!? ベルセさんとの約束は取り付けましたよ……!」
「ぐふっ!」
「カイト、それは一種の止めのようなものだぞ……?」
しかし、なぜ彼女がこんなことに……?
ニーア達は部屋にいるということは、食堂になにかあるのか?
とりあえず、イリスさんを壁に背を預けるように座らせた僕は、試しに食堂の中を覗いてみる。
『……』
『……あっ、カイト様。おかえりなさいませ♪』
『……』
そこには、俯いたまま今にも死にそうな顔をしているリオンさん。
にこにことした笑みで、真っ先に僕に手を振ってくれているメリア。
そして、そんな彼女たちの前に腕を組み、これ以上なく不機嫌な様子で座っているメルクさんの姿。
「ただいま、メリア」
「フフフ」
「あ、カイト君。ちょっと助け――」
「ちょっと部屋に戻りますね」
とりあえずメリアに声を返した僕は、リオンさんの声を軽くスルーした後に現実逃避をすべくイリスさんを安静にできる部屋へと運ぶことにしたのだった。
神 獣 大 集 合。
蛇と虎に睨まれる鹿さんでした。
※
先日、新作小説の方を投稿させていただきました。
新作『最弱! 雑魚! ひ弱! な俺の滅多打ち奮闘記~力の基準がぶっ壊れた世界で最弱を武器にして生き抜く~』
クソ雑魚主人公がお送りする勘違い系異世界コメディなお話となります。
現在、第二十話ほどまで更新しております。




