第二十九話
第二十九話です。
初めての遠征は思ったより快適であった。
馬車は多少は揺れるけれど乗り心地は悪くないし、なによりヒューズさんの言っていた通りに道中の景色を見るのはそれなりに楽しかった。
グリフォンがいるという目的地の場所には二日ほどで到着するらしく、一日目は延々と馬車で進み、野宿をするだけであった。
「どうだ、初の遠征は?」
深夜、焚火の明かりに照らされた場所で体を休めていた僕とシフにリックさんがそんな質問をしてきた。
ヒューズさんとリーファ、ライムは、既に眠ってしまっているので僕はあぐらをかいている膝の上に乗っているシフと目を合わせながら、返答する。
「まだ初日ですが、悪くないと思います」
「うむ、私も多くの景色が見れるのは楽しいぞ」
「俺も後輩を依頼に連れていくのも久しぶりだからな。なにか不満があったらマイにもどやされるだろうし、良かったわ」
実際、元の世界で言う旅行とは違う楽しさはあった。
ゆっくりと移り変わる景色に、元の世界とは似たようで違う動植物、今までは依頼に必死できにかける余裕はなかったけれど、それらを見てとてもたのしいと感じていた。
「私とカイトは、控えめに言っても世間知らずだからな。目に見える景色が全て新鮮なものなのだ」
「今時珍しいくらいに、物を知らなかったらしいな。ギルドでも噂になってたぞ」
「え、本当ですか?」
たしかにギルドで勉強会とか開いていた覚えが……。
あれ? そしたら僕がギルドで勉強したりしている時の、周囲の和んだような、それでいて微笑ましい視線の正体は……。
「フッ、ですがそれは過去の話。今では文字を読むことができるようになりました」
「お、おう」
「すまない、リック殿。我が主は時々おバカになるのだ」
最近、シフの僕の扱いが雑になってきた気がする。
読むというより前後の文字を見て中の部分を予測する……的な?
書くことはまだ無理だ。
……そういえば、リックさんに聞きたいことがあったんだよな。
「リックさんは、メルクさんという方をご存知ですか?」
「は? お前ら、メルクさんを知ってんのか?」
驚きの表情を浮かべるリックさん。
それにちょっとびっくりしながら、続きを説明する。
「はい。僕とリーファは、今彼女の経営している宿屋でお世話になっている身でして……」
「おお、あそこか。今でもあの人の飯はうまいか?」
「ええ、それはもう。なっ、シフ」
「うむうむ、味の良さも分からぬ私にとっても美味と感じるほどだ」
むしろ家賃が安い分、本当に頼りになっているというか、僕とリーファにとっての生命線といっても過言ではない。
「俺もぺーぺーの時は世話んなっていたが、さすがに居座るわけにはいかねぇから自分から出て行ったんだよ」
「そうだったんですか……」
僕もいつかあそこを出ていくことになるのかな……?
それを考えるとちょっとしんみりとしちゃったので、今考えるのはやめておこう。
「そうか、妙な縁もあったもんだな。……って、ん? それじゃあお前ら、同じ宿で暮らしてんのか?」
「まあ、そうですね」
そう言うと、リックさんはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
なんだろう、普通なら嫌な予感がするところだけどリックさんがすると、すっごいニヒルな感じになるな。
「コンビ組んでるからもしかしてと思ったが、随分と仲がいいようだな」
「え? まあ、仲がいい……のかな? コンビは組んでいますし」
途端に親父臭くなったな、リックさん。
……ん? 今、リーファのいる方からゴソッとみじろぎする音が聞こえたような。
「本当かぁ? 一つ屋根の下なんだぞ? なにか面白い話の一つや二つはあるだろ」
「一つ屋根の下? 同室ではないぞ? 隣同士ではあるが」
シフ、それはさらに誤解を生む発言ではないのかね?
あぐらの上にいるシフの頭を掌でぐりぐりする。
「むぎゅぅ!?」と声が返ってくるが構わず続けながら、誤解を解くべくリックさんに声を投げかける。
「ははは、ありえませんよ。リーファは色々と複雑な事情を抱えていますからね」
「なんだ、つまらねぇな」
「僕自身、そういう目では見ていませんし。どちらかというと手のかかる妹みた―――ぬぐぅ!?」
そこまで口にしようとした瞬間、僕の脇腹に衝撃が走る。
敵襲か!? と横を見れば、リーファの足がこちらに飛んできただけであった。
「り、リーファ?」
「……ぐぅ、ぐぅ」
「なんだ、ただの寝相か。まったく、風邪ひくぞ」
横にずれかけた布を彼女にかけておく。
すると、彼女は僕に突き出した足を引くと、そのままこちらに背を向けるように体勢を変えてしまった。
「カイト、お前って……」
「はい?」
「ちょっと残念な奴だよな」
「いきなりなんですか!?」
突然の不名誉な言葉に驚く。
残念とはなんだ。
今のやり取りを見て、どうしてそんなことを言われなきゃいけないんだろうか。
「ま、さっきのを見る限り、コンビ仲は悪くないようだな」
「え、さっきので分かるんですか?」
「十分にな。互いに信頼し合っているようなので、俺の心配事が一つ減った」
そう言うと、リックさんは近くに用意していた小枝を焚火へと放る。
ぱちぱちと弾ける炎を確認した彼は、僕達へと顔を上げる。
「明日の朝、お前らの力を見よう」
「早朝にですか?」
「どこまで戦えるか、どこまで対応できるか確認しておく。万が一、俺に何があった時に、お前らがどれだけ状況に対応できるか、把握しておかなきゃならねぇしな」
なるほど。
リックさんからしてみれば、確認している僕とリーファの実力は試験までのものしかなく、それから先、どのように成長したかは分かってはいない。
「特にお前は戦い方が変則的すぎるからな」
「自覚はありますけど……そんなに変でしょうか?」
「ああ、ギルドではぶっちぎりなんじゃないか? 俺以外のゴールドの奴らもなんだかんだ言って、正統なところがあるしな」
「当たり前だ。なにせ我が主だ。他のテイマーと同じ扱いをされては困る」
僕の掌ぐりぐりから脱出したシフが、背を伸ばしてそう主張する。
まあ、テイマーが率先して戦うなんて普通はないだろうな。
「あの時からお前の戦い方は変わっているか?」
「いえ、それほどは。基本は棍棒で、あとは剣とかですね。それに加えて、シフの支援魔術でサポートしてもらう感じです」
本当は色々な武器を試してみたいんだよなぁ、弓とか槍とか。
今は棍棒と剣だけれど、刀とかできないかな? 今度、ライムに絵とかで教えてできないか試してみよう。
「お前ほどじゃないが、リーファ・ウルガルも中々に曲者だ。影を司る系統は俺もあまり知らないからな」
なんかリックさんにまでイロモノ扱いされているような……。
とにかく、釈然としない部分はあれど全ては依頼のための前準備だ。
「分かりました。リーファにも伝えておきます」
「その必要はなさそうだが……まあ、うん、伝えておいてくれ」
「? 了解しました」
ちらりとリーファの方を見たリックさんに疑問に思いながら頷く。
……明日、早く予定ができたことだし、そろそろ寝るか。
遠征一日目。
色々と戸惑いとかはあったけれど、なんとか無事に終えることができそうだ。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




