第二十八話
第二十九話です。
リックさんの依頼に同行する当日。
僕とリーファは、宿屋の前で荷物の点検を行っていた。
「カイト、リーファ、忘れ物はないな?」
「もちろん」
「大丈夫、ちゃんとある」
リックさんの依頼は僕達がいつも受けている依頼とは違い、数日単位で王国を出るものだ。
さすがに王国の領土を出るほど遠くには向かわないが、それでもある程度の準備は必要になる。
「手拭い、ナイフ、携帯食料、火起こし用の魔具、包帯、忘れていないな?」
「くどい、シフ。何度も確認したから大丈夫」
「私がな!?」
ドヤ顔のリーファに、くわっと目を見開いたシフが叫ぶ。
そう、僕は普通に荷物の準備をしてきたけれど、リーファは何度もシフに荷物を確認されていた。
というより、シフ曰くリーファの部屋は結構“やばい”そうだ。
「リーファ、おぬしは大雑把すぎる!」
「……そんな、母さんみたいに口を酸っぱくして言わなくても……」
「ま、まあ、準備はできたから、待ち合わせの場所に向かおう?」
「むっ、そうだな……はぁ、先が思いやられる……」
軽いため息をついたシフは、尻尾を揺らしながら僕達の前へと躍り出る。
それに伴い、ライムのいる水筒を確認しつつ僕も旅の荷物を肩にかけ、リックさんと合流する予定の待ち合わせ場所にまで歩を進めるのであった。
王国、城下町の外れ。
交易、旅の商人などが扱っている馬車や荷車などが多く停車している場所がリックさんの指定した待ち合わせ場所であった。
何気に初めてくる場所なので、きょろきょろと周りの景色に目を奪われていると、その中で一際目を引く馬車を見つける。
ペンキのようなものでギルドのマークが記されている馬車。
それには、黒い毛並みの異様な存在感を放つ馬が繋がれていた。
漆黒の毛並みに映える白いたてがみ、普通の馬とはかけ離れた赤色の瞳―――そして、力強さを感じさせる強靭な四肢、僕の知っている馬とはかけ離れた存在に、思わず息を呑んでいると、リーファがその馬を指さした。
「あ、カイト、あれが魔馬だよ」
「え、あれがそうなの?」
たしかに僕の存在に気付いても怖がったりしないな。
気にしないようにしてたけど、周りの馬は僕を見て怯えた様子を見せているし。
「ブルル」
「お?」
「む、おぬしを呼んでいるようだな」
僕に気付いた魔馬は、くいくいっと頭を動かしこちらに来るように促してくる。
恐々としながら、近づくと魔馬は僕の元へ頭を寄せてくる。
……撫でて欲しいのかな?
なんとなく手を伸ばして、黒い毛並みを撫でると、嬉しそうに喉を鳴らしてくれる。
「フッ、次の使い魔は魔馬で決まりだな」
「気持ちは分かるが、駄目だぞ」
「わたしも撫でるー」
そう言って僕の後ろからついてきたリーファが、魔馬に手を伸ばして撫でようとする。
しかし、僕の時とは違い目を鋭いものにさせた魔馬は、リーファに向かってペッと唾を吐きかけた。
べちゃり、とリーファの頬に唾が叩きつけられる。
「り、リーファ……?」
「……うまに、つばはきかけられた……」
「ど、どうやら、この魔馬は少々人嫌いの気があるようだな……」
涙目になるリーファの頬を、カバンから取り出した手拭いで拭く。
その最中にも魔馬は僕に頭を寄せてきているが、リーファには見向きもしない。
「———気をつけな。そいつ、大抵の奴にはそれをするからな」
僕とリーファではない第三者の声。
その声に振り向くと、そちらには頭にバンダナのようなものを巻いた男がいた。
「しっかし、逆にそこまで懐かれている奴を見るのは初めてだな。もしかして、お前さんがリックの言っていた新人さんか?」
「え、ええ。貴方は……?」
バンダナの男はニカッと快活に笑うと、魔馬の背に手を置いた。
リーファのように唾を吐きつけたりせずに、されるがままに撫でられている。
「俺はヒューズ。ギルドお抱えの馬乗りだ。任務地までの送迎係兼、討伐した魔物の一部を持ち帰る役目を担う運び屋さ。今回はリックをグリフォンのいる生息地付近にまで送りにいくよう頼まれたんだ」
「そ、そうだったんですか。……こ、今回はよろしくお願いします!」
「よろしく」
旅の足だけではなく、色々な役割があるんだな。
とにかく、僕とリーファがお世話になるであろう人だ、挨拶しておかねば。
「おう。こっちにもギルドでもお前達の話は聞いているぜ。自分から戦うテイマーに、影を操る獣人のコンビ。いつかは上の依頼の同行を誘われると思っていたが……まさかリックの奴が誘うとは思わなかったな。ハッハッハッ」
そんなに噂になっていたのか。
まあ、依頼とかバンバン受けてたし、無理もないかもしれない。
「リックさんはもう来ているんですか?」
「もうすぐ来るんじゃないか? 時間は守るが、ギリギリに来るような奴だし」
なんというか、ライラやマイさんの話からして、リックさんのイメージが砕けたイメージに変わっているような……。
「とりあえず、荷物を積み込みな。旅は初めてか?」
「私は何度かあるけど……」
「僕は旅自体は初めてです」
家族での旅行ならあるけど、ここでいう旅は意味が違うのだろう。
僕が旅が初めてだと知るとヒューズさんは笑顔を浮かべる。
「リックとの依頼で不安があるかもしれんが、肩の力を抜くといいぞ」
「は、はぁ?」
「何より、旅ってのは楽しいものだからな。依頼のことばかり考えて常に肩ひじ張っているよりかは、景色を満喫する余裕を持った方が、仕事もうまくできるってことよ」
……旅を楽しむか。
依頼のことしか考えていなかったから、そんな余裕はなかったが、いつもとは違う“道中”のある依頼だ。そのくらいの余裕は持っておいていいのかもしれないな。
「お、全員揃ってるようだな」
ヒューズさんの言葉に納得していると、カバンを肩にかけたリックさんが欠伸をしながらその場に現れた。
「ようやく来たか。出発の準備、もうできてるぜ」
「おう、毎度のことだが頼むぞ、ヒューズ。そして、お前もな」
気軽な様子で魔馬に声をかけるリックさんだが、返ってきたのは唾。
「相変わらずだな。だが当たってやらん」
「ブルル……!」
それをヒュンッ、と素早い挙動で避けながら馬車に荷物を放り込んだリックさんは、僕達の方へと視線を移す。
「よく集まってきたな。これから出発だが……準備はできているか?」
「「はい」」
「ならよし。……あー、まあ、他のことは旅の道中で話せばいいか。じゃ、さっさと行くぞ」
ほ、本当に大雑把だな。
そのまま馬車へ飛び乗ったリックさんに続き、僕とリーファ、シフも馬車へと乗り込む。
馬車の形は、屋根があるようなタイプだが、なんというべきか屋根のある軽トラックの荷台のような形をしている。
慣れた様子で手綱に最も近い位置に豪快に座ったリックさんは、魔馬の手綱を握ったヒューズさんに視線を向け、親指で進行方向を指さした。
「よし、出発だ。行っていいぞ」
「お前とは長い付き合いだが、何度その不遜さにぶん殴りたくなったことか……」
「ブルル」
「よしよし、んじゃ出発するぞ」
ヒューズさんが手綱をしならせ、魔馬を進ませる。
それに伴い馬車も動き出す、ゆっくりと、次第に加速していく景色を目に映しながら僕はなんとも不思議な感覚に身を任せる。
「未知、か」
自分の知る場所ではない、未知の領域。
その場所に向かおうとしていることに不安はあるけれど、それと同じくらいワクワクしている自分がいた。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




