第二百六十七話
第二百六十七話です。
潜入方法はリーファの影に潜って堂々と入ること。
こういう時、リーファの魔法はとてつもなく便利だ。
なにせ、彼女の影には大量の荷物もいれられるし、なにより彼女自身が影に潜り、転移しながら移動することができるからだ。
「———正直に言うと、この不思議空間には初めて入ったんだ」
「そう? 色々と便利よ? 紅茶も飲めるし」
「ふわふわしてますね……」
リーファの影の中の空間は、とても奇妙なものであった。
例えるなら、呼吸のできる宇宙という感じだろうか。
限られた空間の中で、無重力で漂っているような感じだ。
その中で装備の点検をしているセーラさんに、イオさん、ニーア、そしてなにも考えていなさそうな顔でゆらゆらと漂っているチサトがいる。
僕の視線に気づいたチサトは、足の先までの長さがあるローブを押さえる。
「ちょっとカイト君、スカート覗かないで」
「ハッ……!」
「鼻で笑われた……」
冗談には冗談で返す。
……影の中からは外の景色を見ることができず、リーファだけが唯一確認することができる。
まずは魔王の存在を確認してから、電撃作戦の開始だ。
それまで気を抜かずにいつでも戦えるようにしなければ。
すると、不意に僕の身体が上に引っ張られる。
「リーファが僕を呼び出したか……ニーア、ちょっとこっちに来て」
「ん?」
「今のうちに君を大人の姿に戻しておく」
こちらに近づいてきたニーアの頭に手を乗せる。
「“汚い大人になってしまった君へ”」
「……元の姿に戻れたのに悲しくなるのはなんでだろう……!」
ものすごく癪然としない表情になりながら大人の姿に戻るニーア、そんな彼女に苦笑しながら僕は引っ張られるままに、水面から顔を出すように影から出る。
既に地下へと潜入したのか、周囲は土くれで作られた壁が広がっている。
「……カイト」
「どうした、リーファ?」
「兵士も、魔物もいない。それに……同じところをずっとグルグルと移動させられている」
「……なんだって?」
どういうことだ。
入った時点で僕達は罠にかけられていたということか?
影から身体を出してから、周囲を観察する。
なんの変哲のない土の壁―――作られた通路の先も変わり映えのない景色が広がっており、むしろ同じところを延々と歩かされたとしても変化に気付くことは難しいと思えた。
「壁はぶち破った?」
「勿論。多分、感覚も惑わされてる。同じ道に出ちゃう」
「シフ、どう思う?」
「……魔王の魔具に、土系統の魔法かもしれん」
感覚を鈍らせて元来た道に戻らせているという感じか。
ならば、と思い右拳に部分肉体強化を施す。
「なら、下も試してみる……か!!」
力の限りに拳を振り下ろすと、一気に地面に亀裂が入り下に穴が空く。
僕達が下に降りると、そこには先ほどと変わらない通路が広がっている。
「カイト、見て」
上を見上げると天井の穴が一人で塞がれていく。
その次の瞬間には、周囲の大きな振動と共に、僕達の足元が上へ上がっていく。
“一段”上がったのか?
「四六時中、こんな魔法を展開されていられるわけがない。……もしかして、僕達の襲撃がバレていた?」
「可能性は高いと思う。とりあえず、皆を一旦出そう」
「……仕方ない。奇襲は失敗だな」
覆面を深くかぶり直しながら、周囲を警戒する。
リーファが自身の影を広げ、チサトたちを影から出していく。
『土くれの迷宮』
瞬間、僕達の耳にどこからか遠く響くように聞こえてくる声が聞こえてくる。
どこか聞き覚えのある声の次に、僕達のいる洞窟の内部が蛇のように動き出し、僕達全員を分断させるように壁がせりあがる。
———足元の地面も動いている!? だとしたらこの術者の目的は!?
「これは、イリスの!?」
「ッ……ニーア、今なんて……!?」
壁で分断される直前、ニーアの声に一瞬気を取られながらも近くの一番近くの壁を殴りつけ破壊する。
かろうじて見えた誰かの細い腕を掴んだ僕は、一気に引き寄せる。
「きゃっ!?」
「イオさんか! ッ、捕まって!!」
引き寄せたのは一人だけ。
咄嗟に彼女を抱えた僕はコートの内ポケットにいるユランに円形の壁を作ってもらう。
周囲の壁をライムで壊すこともできるが、この再生速度を見る限り意味がない!!
ッ、操られた土くれが僕達をどこかへ運ぼうとしている!?
「皆、無事でいてくれ……!」
分断される直前、リーファはセーラさんの近く、ニーアはチサトの近くにいたはずだ。
彼女達ならば無事なのは分かっているが、相手の狙いが分断なのが問題であった。
「このままどこに……!?」
ユランの魔力の球に包まれたまま土の中を運ばれた先は―――空中。
ボールのように投げ出された広い空間の下には―――、
「侵入者だァ―――!」
「命令通り、かかれぇぇ!!」
「フィルゲンの恨みを晴らしてやるぜぇぇ!」
フィルゲン王国で遭遇した魔王軍兵士達と、彼らの支配下にある魔物達。
空間いっぱいに配置された彼らを目視した僕はユランの魔力を解除させながら、背中と膝を支える形でイオさんを抱える。
「「って、誰だぁ!?」」
「な、なんだあの変態マスク野郎!!」
「やべーぞ!? 愛国心の塊みたいなやつが来た!?」
「ああれは、ヘンディル仮面!? なんでここに!?」
どうやら、僕の覆面効果で正体がバレていないようだ……!
さすがはヘンディル仮面! これからもよろしく!!
「イオさん、戦えますか!!」
「は、はい!」
着地と同時に抱えたイオさんを地面に下ろし、シフによる電撃を放つ。
先頭の魔物が電撃を食らった直後に、イオさんが発動させた植物の根が、魔王軍兵士の身体を縛り付けていく。
迫りくる魔法と矢。
ライムを薙刀へと変え、刃にハクロの風とユランの鱗の魔力を籠める。
「風鱗ウォールバッシュ……!! ふんッ!!」
前方に繰り出す薙ぎ払い。
刃から展開されたユランの魔力が壁のように張り巡らされ、ハクロの風によって吹き飛ばされる。
魔法と矢を弾き飛ばしながら、敵に激突する攻撃を目にしている。
「怯むな!」
「この程度じゃ倒れねぇよぉ!!」
しかし、相手の数が数だ。
この密閉空間でテイマーズ系の技を使うわけにはいかないし……!
一先ず電撃を繰り出そうとすると、相手の兵士達の足元からいくつもの花が出てくる。
あれは……白い百合の花か!?
「私が眠らせます! できるだけ花粉を吸わないようにしてください!!」
「覆面してるから大丈夫!!」
「ほ、本当に……? ス、眠りの百合!」
急成長し、白い綺麗な花を咲かせた百合はその蕾から大量の花粉を周りにばらまいた。
その効力は絶大で、花粉を吸った兵士達や魔物は一瞬で睡魔に襲われ、地面に倒れ伏していく。
「ハクロ、風で花粉を操って全体に広げろ!」
「ウォーン!」
「変態より、あの女を狙え!!」
「誰が変態だァ!! ヘンディル!!」
「なんだその掛け声ぐへぇ!?」
腰のロープを手に取り、僕を変態呼ばわりした兵士を絡めとりラリアットをかます。
「カイト、イオ殿が!」
「ッ」
植物を操っているイオさんの側方から口元に布を巻いた兵士が攻撃しようとしている。
咄嗟に助けに向かおうとするが、敵の接近を察知していたイオさんは地面に細い剣レイピアを突き刺したまま、掌に作り出した花を軽く放る。
「———ッ、な!?」
放られた黄色く染まった花は、兵士の顔の前で花粉を噴出―――一瞬にして、相手の身体の動きを封じてしまった。
「……痺れの浅黄水仙」
相手を痺れさせる花か!
イオさんの実力もそうだが、リオンさんが分け与えた力だけあってその応用性は計り知れないものがある。
まるで、リーファと一緒に戦っているみたいだな……!
「カイトさん、少しばかり大技を出します」
「ああ! ユラン! イオさんを!!」
「シャ!!」
ユランが魔力を発動させて、背後のイオさんを守る魔力の壁を作り出す。
これで彼女は植物を操作することに集中できる。
襲い掛かってくるオオカミの魔物を迎撃しながら、僕はひたすらに敵を倒していく。
「力の薔薇」
イオさんの背後に現れたのは、身の丈を超えるほどの大きな薔薇。
いや、何十何百本の薔薇が一つになって構成され、大きく花を咲かせているように見せているのか。
地面からレイピアを引き抜いたイオさんは、その切っ先を魔王軍の兵士と魔物達へと向ける。
すると、彼女の動きに合わせるように、鋭利な棘の生えた八つの束ねられた薔薇の茎が、意志を持ったように動き出しその矛先を向ける。
「いきなさい」
彼女の号令によって槍のように突き進んでいった茎が、兵士達を吹き飛ばしていく。
植物、ましてや花とは思えない派手な技に驚いている僕の隣に、軽く呼吸を乱したイオさんが歩み寄ってくる。
「……こういう、魔法なんです」
「いいや、頼もしいよ。……皆が心配だ。はやく合流しよう」
「……はいっ」
心なしか表情を明るくさせたイオさんに頷き、僕は先を急ぐ。
僕達の襲撃が事前に察知されていた。
これは確かなことだろうが、元より僕達は戦う覚悟はできていた。
なら、他の皆もきっと状況に惑わされず前に進もうとしているはずだろう。
イリス、覆面と仮面に惑わされ分断する組み合わせを間違えてしまった模様。
神獣由来なこともあり、かなり応用性のあるイオの魔法でした。
明日の更新はお休みとさせていただきます。
次の更新は月曜を予定しております。




