閑話 激怒
今回は閑話、イリス視点となります。
あ、死ぬ。
すぐ目の前で突然、尋常じゃない殺気を発したメリア様を見てしまった私は、刹那に自分の命を諦めた。
強烈な圧力で、メリア様が座している椅子と足元を中心に蜘蛛の巣状に亀裂が入り、この大地そのものが揺れているかのような錯覚に陥る。
なにより恐ろしいのは、彼女の顔。
綺麗な銀髪の髪は蛇のように揺らめき、目は鋭く変わり、首から頬に鱗のような文様が現れている。
「———フ、フフ」
「メ、メリア様?」
「あの畜生風情が。よくもやってくれたな」
ひぃ!? 最早、口調すらも変わっている!?
駄目だ! 私はここで死ぬんだ!!
「これ以上の情報を明け渡さないためとでもいいたいのか? まさか、この私がその程度のことを知るためにカイト様を見ているとでも?」
「あ、あの……?」
「そのようなことのために私はカイト様の近況を見ているわけがない……!」
言っていることは普通に思い込みの激しいストーカーみたいなのが本当に性質が悪すぎる。
今にも気絶しそうな私に気付いたのか、こちらを一瞥した彼女は放っていた圧力を消し去る。
「ちょっとだけ取り乱してしまいました」
「……チョット?」
「ええ、視界を断ち切られた程度で、あの方と私の絆は断ち切られることはないでしょう。ええ、ええ、きっとカイト様も私と同じことを思ってくださっていることでしょう」
「それは少し思い込みが激しすぎるのでは……」
「……ん?」
「きっと彼もそう思ってくれているでしょう! はい!」
……いや、よく考えてみればカイトも天然だからそういう感情抜きにして普通に受け入れてそうなのが怖い。
気分を落ち着けたのか、軽く吐息をついた玉座に背を預けた彼女は、私に話しかけてくる。
「イリス、マオは今どうしていますか?」
「彼女は今、貴女様の御命令通りに例のものの建造に携わっており、それ以外の時間は部屋で大人しくしております」
「ちゃんと言うことを聞いてくれているようで安心しました。あの子は中々に有能な人間ですからね」
基本、カイト以外のあらゆるものを見下しているメリア様がそこまで評価するなんてすごいどころの話ではない。
今や、マオはメリア様の洗の……ではなく、言葉巧みな説得によりとてつもなく従順で、大人しくなっている。
「貴方様も酷い方だ……」
「むしろ優しい方でしょう? 私はあの子が欲していたものを与えたのですから」
「……」
「今、自分と境遇を重ね合わせましたね?」
すぐに私の心情を察し、指摘したメリア様は玉座のひじ掛けに無造作によりかかり、上目遣いで私を見上げる。
「同じではありませんよ? 貴方とマオの違いを教えてあげましょうか?」
「……はい」
「貴女は強くて、マオは弱かった。それだけです」
「そんな、元も子もないことを……」
「心の強さなんて、年を重ねたとしてもそう変わりはありません。貴方達は奇遇にも同じ年頃に肉親を失っている。そこから耐えに耐えて今ここにいるのは貴方で、いつまでも利用され、依存する先を探してばかりの憐れな子供がマオなのです。……ふふ、どちらが劣っているという話ではありませんけどね」
そこまで私が評価されているとは思いもしなかった。
彼女が言っていることが嘘ではないことは分かる。
「だから、私は貴女を配下に置いているのですよ?」
「……ありがとうございます」
嘘偽りのない感謝の言葉を口にする。
メリア様は恐ろしい。
それでいていつ怒るか分からない。
だが、人間を見下しているからこそ、彼女はありのままの事実しか口にしない。
私に対して嘘をつく理由もないし、価値がないからだ。
だけど、その偽りのない言葉こそが、醜い嘘に囲まれてきた私にとっては存外に心地いいものだったのだ。
「さて、そろそろ準備をさせる頃ですね」
「迎撃の準備でしょうか?」
「ええ。他はどうでもいいですが、ここではしっかりと動いてもらわなければなりません」
他の拠点に配置された魔王軍幹部には、襲撃の件を伝えることはない。
メリア様のいるここだけが機能していればそれでよかった。
「フフフ、奴の真の目的はセントレアルで凡そ理解できたので、魔王軍ごと乗っ取ってやりましたが……。このままカイト様に試練を課すのも悪くはない」
メリア様は意味もなく魔王軍を乗っ取ったわけではない。
そもそも彼女がその気になれば魔王軍なんて、路傍の虫を踏み潰すくらいの気軽さで壊滅させることができる。
だが、そうしないのはここにメリア様の興味を引いたものがあるからだ。
逆を言えば、それを手に入れてしまったら、いよいよこの魔王軍が終わる時に他ならない。
「……」
私も覚悟しなければならない。
自分の罪と向き合う覚悟を。
正直、彼らのことを思うのなら私はこのまま消えていた方がいいが……それは、他ならないメリア様が許さないだろう。
私が彼らに会うことも彼女が想定していることなのだから。
「ニーア、か」
……ニーアが許されているなら私も許されているという安易なことは絶対に考えてはいけない。
そもそも私のことを知るニーアがカイト達に、話していないとは限らないのだ。
「話していませんよ。アレは」
「え?」
「存外に賢しいようで、あの畜生の口車に乗らなかったようです。ふふふ、その代わり貴女が私を魔王軍に招いた事実には気づいたかもしれませんねぇ」
「……」
そこまで気が回っているとは……。
魔王軍に居た頃はとにかく暴れたいだけの、他の幹部共と同じ類の人間だったはずだ。
「でも、その後のことがもう面白くて、面白くて。あぁ、珍しくユランと私の意思が合致したので少しだけ鬱憤を晴らしましたが……。いや待て、まさか……その仕返しか?」
ま、ままま、またメリア様が威圧を振りまき始めた!?
一転して真顔になった彼女を中心に、強烈なプレッシャーが支配する。
それを間近で晒された私は、今日二度目の走馬灯を経験するのであった。
激おこメリアと走馬灯イリスでした。




