第二百六十四話
第二百六十四話です。
魔王軍襲撃、当日。
日が出る少し前に、僕達はリオンさんが手綱を取る馬車に乗って屋敷の敷地内から外へ出発していた。
乗っている馬車はセントレアルで利用した最新のものであり、引っ張ってくれている魔馬も同じ子達であった。
馬車はあっという間に都市から出て、目的地である魔王軍拠点の周辺へと向かって行く。
「フフフ、腕が鳴るわね魔王退治……!」
馬車の椅子に座っているセーラさんが、ガシャコンと手動で銃身を嵌め込み音を鳴らす。
どこぞの映画の決めシーンのような姿だが、生憎まだ敷地からも抜け出していないのだ。
「セーラ様、移動の最中ですから魔具をおしまいください」
「はぁーい」
彼女の上半身に取り付けられたベルトにはメモリのつけられた弾がいくつも取り付けられており、腰部分には二つの銃身と、拳銃型の魔筒が装備されている。
イオさんに注意されたことでセーラさんはそれらを専用のカバンに締まっている。
「セーラさん、やる気に満ち溢れていますね」
「フッ、そういう貴方こそね」
僕も? と思い、自分の身なりを確認してみるがいつものジャケットだし、服装にも変わりはない。
強いて言えば、足元にはハクロ、ひざ元にはシフ、アル、キッシュ、首にはライムとユランが巻き付いている以外に変なところはない。
「僕になにかおかしなところが……?」
「あ、自覚していなかったのね……」
「セーラ様、何を言っているのですか?」
「イオ、貴女も!?」
おかしくないところだらけで、逆におかしいのか?
イオさんと顔を見合わせ首を傾げる僕に、セーラさんは珍しく顔を引きつらせている。
「そういえば、さっきから静かなリーファとニーアは……」
「二人ともぐっすりよ、あなた」
「ふーん」
「……リアクション、ちょうだい?」
「困ってるから曖昧なんだよ?」
彼女の隣では朝にてんで弱いリーファとニーアが眠っている。
まあ、二人は到着までそっとしておくとして、無茶苦茶反応に困るボケを全力投球してきたチサト。
「チサト、君はどんどん自由になってきたな……」
「ううん、家でのノリが出てきただけ」
「嘘だろ……?」
ここに来て衝撃の事実なんだけど。
いや、待て。
それはつまり、僕達に本性? いや普段の自分を見せるくらいには仲が良くなったと解釈すべきなんじゃ……いや、それでもボケ全振りみたいな言動はやめてほしい……!
「君は少し他人に見られている自覚を持ってくれ……!」
「一人動物園みたいな姿になってるカイト君に言われたくないんだけど」
「僕のどこがおかしいんだ……!」
「言わなきゃ駄目なの……?」
そんなやり取りを交わしていると、ふと馬車の前部分の窓が外から開かれる。
そこからは魔馬たちの手綱を握っているリオンさんが、覗き込んでくる。
「フフフ、戦いの前でリラックスできているのは良いことだと思うよ」
そういえば、魔王軍の根城の周辺に拠点を用意すると聞いたが、リオンさんはその部分については話していなかったな。
てっきり簡易的なテントでも張ると思っていたが……。
「あの」
「ん? なにかな?」
「ほぼ全てリオンさんに任せていましたが、拠点の方はどうするんですか? 一時的な場所でしかないのは分かっていますが、魔王軍からの襲撃がないとは限らないと思うのですが」
「ああ、それなら心配はいらないよ」
依然として馬車の中に顔を覗き込んだままのリオンさんが下を指さしたまま続けて言葉にする。
「拠点はこの馬車さ」
「はい?」
馬車? え、今乗っているここがそうなのか?
そういう意味合いを込めてもう一度質問してみると、彼女は説明してくれた。
「目的地に到着次第、そのまま変形させて私の力で姿を見えなくさせるんだ」
「相変わらずとんでも技術ですね。この馬車」
「文字通り、現状の技術の粋を集めて作ったものだからね。そこらの家よりも居心地がいいと自負してるよ」
キャンピングカーも真っ青だなぁ。
セントレアルの行き帰りの時もとんでもない多機能馬車だったからな。
馬車の内装を見回してそんなことを考えていると、窓の外に僕達のいた都市が映り込む。
「……。ちょっとした雑談をしてみようか」
「え?」
「ここから少し離れたヴィングル王国内の都市にはね。魔具作りの天才と呼ばれている男がいたんだ」
「あ、それ知ってるわよ」
話題にセーラさんが反応する。
「あれよね、とんでもない発想で魔具開発して、大儲けしてそのまま落ちぶれたって話」
「ああ、この国の人々にとっては有名な話だったね。魔具制作技術から見ても明らかに逸脱した発想で、この時代の全体的な技術の底上げすらも可能にさせていたほどだ」
「リオンさんから見て、その技術力はどのように見ていましたか?」
「驚異的だよ。まさしく、一つの時代を作れるほどの才能があったわけだけど……あまりにも、進みすぎていたとすら思えた」
「進みすぎていた?」
「うん」
神獣であるリオンさんにそこまで言われるほどとは……。
すごい人だったんだな。
「……その男が魔王の正体?」
「ニーア? 起きてたの?」
「うん」
眠そうな顔でのそりと起き上がったニーアは、リオンさんにやや刺々しい声色で話しかけた。
「貴女が無意味にそんなことを話すと思えない」
「……。いいや、残念ながら違うよ。その彼は魔王ではないと、ここで断言しよう」
「カイト君」
「嘘はついていないと思うよ」
そういう感じは全くしなかったので、リオンさんは正直に話してくれている。
彼女の言葉に同意するように、セーラさんも頷いた様子を見せる。
「そうね。違うでしょうね」
「……その人に何かあったんですか?」
「ええ、少し前にその男は技師として落ちぶれてしまったの。これまで誰もが驚く魔具と新たな技術を作り上げてきた彼は、ある日を境にその才能を失った……らしいの。その後、魔具関係の詐欺を働いて、今は捕まって檻の中って話」
だとすれば、その人が魔王だって可能性は低いか。
脱獄していれば、もしかしてってことはありえるけど……。
「どうして、セーラさんはそこまで知っているんですか?」
「当時、その男に対抗心を燃やしまくっていたエリーが私に何百回も愚痴っていたからね。捕まった日には、スパナ振り回して暴れまわってたし」
「エリー様の怒りは相当なものでしたね……」
「ははは……」
あの人なら対抗心を燃やしていても不思議じゃなさそうだなぁ。
そのエリーさんも前知識なしで車に近い魔具を作るやばい人なんだけれども。
「まあ、この話で私が言いたいことは、過ぎた力は身を滅ぼすってことさ」
「身を滅ぼす……」
僕も気をつけなきゃな。
自分の力に増長せず、できることとできないことを理解しなければ。
「それはそうと、カイト君」
「はい?」
「ちょっとユランに用があるんだけれど、いいかな?」
「? ユラン、リオンさんが話があるんだって……」
「シャー」
するりと僕の首から掌に乗ったユランを、窓へと近づける。
すぐに窓を覗き込んだ彼女は、ユランの小さな頭に軽く指を当て、にこりと微笑んだ。
「ん、もう大丈夫。カイト君のところに戻っていいよ」
「シャー」
「リオンさん、何を?」
「ちょっと確認したいことがあったんだ。この子はメデュラリアムと繋がりが深いからね」
首元に戻ってきたユランと目を合わすと、何かされた様子はない。
「さて、少し急ごうか。揺れはそこまでないから、君達はくつろいでいてね」
馬車が加速する。
微かな振動に体を揺らしながら、僕達は戦いの場へと赴く。
魔王軍。
そこでどのような敵が待っているかは依然として分からないが、気を引き締めていかなければな。
魔王ちゃんのバックボーン(その2)でした。
そして、リオンはメリアからのユランを通した覗き見をシャットアウトしました。




