第二百六十二話
第二百六十二話です。
ニーアの様子がおかしかった。
僕に何かを口にしようとして、途端に顔を青ざめさせ口を噤んだ。
何か、恐ろしい事実に気付いたような表情だった。
心配だったので、今夜はシフとハクロを彼女の部屋に泊まらせた僕は一人自室へと戻り、思考に耽る。
「シャァ」
「……ごめん、心配かけちゃったね」
机に昇ってきたユランが、僕の人差し指を軽く食んでくる。
この行動がユランにとっての親愛のものだというのは分かっているので、それを微笑ましく思いながら、そもそも僕がニーアの部屋に行くことになった理由となった人物を呼び出すことにする。
「リオンさん、今すぐ、ここに、来てください」
はっきりと、区切りながら強く言葉にする。
すると十秒も経たないうちに僕の部屋の扉に控えめなノックが響く。
「どうぞ」
「な、なにかな? カイト君?」
控えめに扉を開いたリオンさんの表情はどこかぎこちない。
僕は彼女に視線だけ向け、再びテーブルへと戻す。
「理由は、貴女が一番よく分かっていますね?」
「……ウン」
返事が返ったところで椅子を動かし、彼女へと向き直る。
座っている僕とは違い、彼女は扉の前で所在なさげに立っているだけだ。
「リオンさん。ニーアになにをしたんですか?」
「少しばかりのアドバイス、といった感じかな。明かすか、秘密にするかは彼女の自由に委ねたけれど……ああ、安心してくれ。君がいずれ知ることになることだ」
「……ハァ」
こういうところだよなぁ。
いずれ知ることになるなら、それでいいというわけじゃない。
ため息をついた僕は、ベッドに置かれていた二つのクッションを床に置き、片方を指さす。
「リオンさん」
「んん?」
「そこに正座してください」
正直、神獣であるリオンさんにこのようなことはしたくはなかった。
だが、ある意味で唯一強く出れる僕がそうしなければならない。
断られたらそれまでだけど、リオンさんは普通にクッションの上に正座してくれた。
「では、僕も」
リオンさんの前に置いたクッションに僕も正座する形で座り向かい合う。
背筋を伸ばした僕とは違い、彼女は視線を斜め下に向け、若干猫背だ。
「今から、貴女のために言いたいことを言います」
「え?」
「お願いですから、聞いてください」
軽く深呼吸をし、話したいことを頭でまとめる。
「リオンさん。貴女がニーアに対して何かしらのことを話したのは分かっています。ですが、ニーアに話したその内容は全てではない。そうですよね?」
「……うん」
「そういう中途半端に話す癖直した方がいいですよ。秘密にするなら秘密にして、正直に話すのなら話す。そうしないと周りがものすごく混乱しますから」
「あ、う、うん。ごめんなさい」
秘密にするには理由がある。
しかし、中途半端に事実を教えるのは駄目だ。
断片的な情報だけで全容に辿り着くとは限らないし、余計な勘違いを招くことだってあるからだ。
「僕も、リオンさんのことを信じたいと思っているんです。貴女は僕の命の恩人でもあります。……まあ、それ以上に僕を異世界から連れてきた張本人みたいなところもありますけども」
「ぐぅ……!?」
ダメージを受けたように胸元を押さえた彼女に瞳を伏せる。
「それに関しては根に持っているだけで怒ってはいません」
「根には持っているんだ……」
何も思うところがないはずがない。
今更それを蒸し返すことはしないが、普段の彼女の行動については注意すべきと僕は考えている。
「僕だけに誠実にしていればいいという話ではありません、ちゃんと、僕の信頼する人に対しても真摯でいてください」
「……分かった」
そこまで話して僕も一息つく。
ちゃんと分かってくれればいいけど……。
……そういえば、まだリオンさんに話しておくべきことがあったな。
気まずそうに視線を右往左往させている彼女にもう一度声をかける。
「次は別の話をします」
「え……ま、また説教?」
「いえ、それは終わりました」
絶望の表情を浮かべるリオンさんに首を横に振る。
「イオさんのことです」
僕の言葉に一瞬不思議そうな表情を浮かべる彼女だが、すぐになにが聞きたいのか得心がいったような顔になる。
「貴女はリーファ、チサト、セーラさんの三人の勇者以外にイオさんをいれた。別に彼女が弱いといっている訳ではありませんが……なぜ、特別扱いするように言ったんですか?」
疑問に思っていたのだ。
セーラさんの魔王以外の長所が注目されるのは分かる。その言葉の前にセーラさんを褒めていたのを聞いているからだ。
だがイオさんは……脈絡もなく、突然名前が挙がったのだ。
「私も、ベオル・ヒドゥン……ベルンと似たようなことをしていたんだよ」
「……似たようなこと?」
「私の力のほんの一部を、大陸各地の人間に分け与えたんだ。あくまで私の力のほんのちょっぴりの断片でしかない力だけど、それを受けた人間は植物を操り使役する魔法に目覚めることがあるんだ」
「リオンさん、以外にも?」
「うん」
フィルゲン王国にも植物を操る金の冒険者がいたけれど、まさかその人もそうなのか?
だとすれば、イオさんは神獣の力を持つ、ニーアとリーファと同じ人間だということにならないか?
「さすがにリーファとニーアのような神獣に迫る潜在能力を持つほどではない。しかし、それでも特別な力ではある。なにせ、生命を作り出す力だからね」
「……はぁ」
「私の“力”とも親和性があるから、きっと君の力にもなってくれる」
先日、イオさんの悩みを聞いた身としては自信満々にそう言葉にするリオンさんにため息が漏れる。
彼女は植物という命を作り出す自分の魔法に苦悩している。
例え、仮初の命だとしてもそれを摘み取り、枯らしてしまうことは彼女にとっては辛いことなのだ。
「あの、そろそろ足を解いてもいいかな? 私、人の身体だから足が痺れてきちゃって……」
「我慢してください。僕も我慢しているんです」
「な、ならやめて話そう?」
頬を引き攣らせるリオンさんに僕は笑みを向ける。
しかし、目が笑ってない僕にリオンさんは顔を青ざめさせる。
「ライム、ユラン」
「キュー、キュフゥ――!!」
「シャァ、シャァァ!」
僕の傍にいたライムとユランが、リオンさんの正座している足の方へと待機する。
どちらも、ものすごくやる気に満ちており、ライムはウネウネと銀色のタコ足のようなものを出し、ユランは尻尾を同じように揺らしている。
……なんかいやに張り切っているね、君達。
「か、カイト君? ま、まさか……」
「説教は終わりと言いましたが、撤回します」
———もう一度、説教です。
神獣特攻技 正座くすぐりショック……!
次の瞬間、リオンさんの口から何かを堪えるような声と、笑い声が響くのであった。
同時刻、広間に入ったイリスの眼前には正座の練習をしている魔王(偽)の姿が……!




