第二百五十九話
第二百五十九話です。
魔王軍の拠点を攻めいるにあたって準備は必要だ。
僕の場合は、使い魔達のコンディションと予備としての装備のロープ、いざという時に使うナイフなどの小物がそれにあたる。
そして、武器以外にも僕には準備するものがある。
「よし、後は水気を抜いて包装するだけだな」
それはリーファとニーアのための携帯食である。
二人が食いしん坊であることは理由の一つではあるが、何より二人の力はかなりの体力を使う。
そのためにすぐに口に入れることのできる食べ物を用意する必要がある。
「むぅ、興味深いですなぁ」
屋敷のキッチンと材料を借りて調理している間、この屋敷の専属の料理人さんが感嘆しながらそう訊いてくる。
たしか、名前はロジーさんだったかな。
見た目は50代くらいで短く切りそろえた髪と、真っ白いコック姿のダンディーな印象を抱かせる男性である。
「いきなり厨房を使わせてほしいと仰られた時は驚きましたが、まさかこのようなものを作られるとは驚きました」
「あ、すみません。お忙しい時に」
「いや、嫌味のつもりで言ったわけではありませんよ。むしろ私としては感嘆の気持ちの方が大きい」
そう言葉にして優しく微笑んだ彼は、型に嵌め込んである長方形型のチョコバーを見る。
「この菓子は貴方が考えたものでしょうか?」
「いえ。友人から作り方を教えてもらったんです。日持ちするうえに持ち運びもできるし、すぐに食べられるから、必要かなと思いまして」
ライザさんから教えていただいた保存食。
普通のものより日持ちし、それなりの味も保証されたもの。
「カイト様は良いご友人をお持ちのようです」
「はは、ありがとうございます」
自分のことのように嬉しく思いながら、自分が使った調理器具などを片付ける。
一通り洗い、タオルで水気を拭きとり元あった場所にしまっていると、食材のつめられた大きな箱を抱えたロジーさんが厨房に足を踏み入れる姿が目に入る。
「……と、とと」
見て分かるほどに重そうな箱を抱えた彼の足元はどこかおぼつかない。
客人である僕達を含めたことから、彼が作る料理の数は倍近くに増えただろうから、それに比例して食材も多くなってしまったのだろう。
それをすぐに察した僕は、彼の持っている箱を支える形で持つ。
「手伝います」
「いえ、貴方は客人なので……」
「厨房を使わせてもらったお礼です。それに、皮むきぐらいはできますから」
さすがに調理を手伝うなんていう己惚れたマネはできるはずがない。
あと刃物の扱いは得意なので、下準備くらいは人並みにこなせるぜ……!
「それでは、お願いしましょうか」
「はい」
ロジーさんから受け取った箱を、中央のテーブルにまで運び。
彼と共に、食材の下準備を行う。
下準備といっても序盤の序盤の野菜を切るだけの作業なので、そこまで難しいものではないが、やはり数が多い。
「こうしていると、昔を思い出します」
「昔、ですか?」
「はい。今と同じように料理の下準備をしていると、お嬢様が厨房に入りこむことが多かったんです。あの方は、今と変わらずお転婆な方で……」
い、今と変わらないのか……。
子供の姿のセーラさんを想像して苦笑する。
「ロジーさんは、一人でここを?」
「はい。かれこれ30年、料理人としてお仕えしております」
す、すごい……。
だからというわけではないだろうけど、ここで食べるご飯はとても美味しい。
それこそメルクさんにも勝るとも劣らないくらいだ。
「……お嬢様は」
「……はい? どうしました?」
隣で一言口にしてから黙り込んでしまったロジーさんを見る。
彼は言い淀むように、手を止めている。
「……幼い頃にご両親を亡くし一人で、この家を守ってきました。イオと彼女の祖母も傍にいたとはいえ、当時はとても大変だったと記憶しています」
幼い頃とはどれほどの年かは分からないが、それでもこの家を守るのはとても大変だったのは分かる。
それでも、今もセーラさんが明るくいられるのは彼女自身の強さと、周りに支えてくれる人がいたからなのかもしれない。
「あの方はとても強い。どのような状況に置かれても、きっと彼女の心が屈することはないでしょう。その強さこそが最も強い部分であり、脆い部分でもある」
「……」
ロジーさんの言葉にどれほどの感情が込められているのかは分からない。
しかし、彼がセーラさんの身をすごく案じているのは理解できた。
「カイト様、お嬢様を支えてあげてください」
「……はい」
彼の言葉に神妙に頷く。
その後、無言のまま食材の皮をむくだけの音が厨房を支配する。
そこでふと、僕は顔を上げてロジーさんへと再び話しかける。
「……あの、支えるとは……仲間としてですよね?」
「? 貴方はセーラ様と恋仲ではないのですか?」
……はい?
誰が? え、僕が?
……。
「いや、違いますよ!? どんな勘違いですか!?」
「セーラ様が同じ年頃の異性と仲睦まじく話しているところを見たことがなかったので、私はてっきり……」
「僕はあくまで従者ですよ!?」
「ならば、イオと……?」
「どういう流れですか!?」
一気に話の流れがおかしくなった!?
あれぇ!? ロジーさん、結構そういう方向の話をする人だったの?!
彼はややわざとらしく首を傾げる。
「おかしいですな。屋敷のメイドが話していたのですが……」
「ここのメイドも耳年増なのか……?」
「私はお嬢様に賭けました」
「賭け事も行われている……?」
「冗談です」
冗談……冗談なのか?
本当に? やばい、表情を見ても嘘か本当か見分けがつかない。
これが年の功というやつか……!
鼻歌を歌いながら再び下準備をし始めたロジーさんに戦慄していると、誰かの駆けてくる音が聞こえてくる。
「ロジー! ここにカイトいる!?」
「せ、セーラさん……」
「あ、いたわ! もう、探したのよー!」
噂をすればなんとやら。
厨房に勢いよく顔を出してきたセーラさんは僕の姿を見つけると満面の笑みを浮かべる。
「今からエリーが新しい装備持ってきてくれるんだって! もうめっちゃぶっ飛んだやつらしいから、貴方も来なさい! 絶対! 必ずね!!」
「は、はい」
そのまま嵐のように厨房から離れていく彼女。
あっという間にいなくなった彼女に、唖然としていると隣にいるロジーさんの視線が僕へ向けられていることに気付く。
「……カイト様」
「いや、だから違いますから」
なんだか余計に誤解された気がする……!?
意外とノリのいいロジーさんでした。




