第二百五十八話
第二百五十八話です。
リオンさんも屋敷に住むことになった。
言葉で表すだけなら簡単だが、その実態は神獣がセーラさんの屋敷に泊まるという中々にスケールの大きい事件である。
当然、屋敷の人々にはリオンさんが神獣だということは秘密にしておくことになったが、イオさんの心労がとんでもないことになりそうなので、僕達が手助けすることになった。
「さーて、秘密の話をしよっか」
「怪しい言い方をしないでください」
夜、リオンさんは僕の部屋へと訪れていた。
事前に話をするためにやってくるとは言っていたけれど、僕の部屋で話すと言うことはセーラさんやイオさんには現状明かせない話ということだろう。
「使い魔君たちも久しぶりだね」
「キュ!」
「シャー!」
「ウォン!!」
「うむ、昼間には訊くに聞けなかったがおぬしのところにいる兄弟たちは元気か?」
「あの子達ならそれはもう元気さ。元気すぎて、いつも身体をよじ登ってきて大変だよ」
身体を、よじ登る?
つまりは黒い小動物たちが?
「やはり僕が引き取るべきだった……?」
「どういう考えからの言葉なのそれ……? ……まあ、いい」
気を取り直すように咳ばらいをしたリオンさんは、無言で僕の影を指さす。
一瞬首を傾げたが、すぐに彼女が何を言いたいかを僕は、部屋に置かれているクッキーを手に取り自身の影へと近づける。
さらにその上から純魔の魔力を発する。
「クッキー、純魔味」
「わーいっ!」
すると僕の影からリーファが飛び出し、黄金色の光を放つクッキーへと飛びついた。
僕と目が合った彼女に笑みを向けた僕は、そのまま彼女の首根っこを掴み無理やり引き上げる。
「まったく、どうして僕の影に勝手に潜り込むんだ」
「ごめんなさい……」
「部屋にいなかったらイオさんが困るだろ」
「そういう心配なんだ……」
リーファをベッドに座らせてから微妙な表情になるリオンさんの前の席に座る。
続けてシフが僕の膝の上に飛び乗ってくる。
「それで僕になんの話を?」
「私から話すというより、君からの質問に答えるという感じかな」
……なるほど。
この時間ならリオンさんは僕の質問に答えてくれるのか。
「ウィルさんはお元気ですか?」
「おや、そのような質問でいいのかい?」
「個人的なものから話した方が気が楽でしょう?」
僕の言葉に目を丸くした彼女は、笑みを零しながら口を開く。
「すこぶる元気だよ。シフの兄弟君が彼に懐いてね」
「む? それは喜ばしいことだ。ウィル殿ならば、きっと大事にしてくれるだろうからな。……ちなみにどのような生物になっているのだ?」
「大型犬だね。穏やかで温厚な感じ」
たしかにウィルさんと合いそうだな。
……どのような犬種かものすごく気になる。
そんなことを考えていると、椅子に座っている僕の足にハクロがすり寄ってくる。
どこか不安そうに僕を見上げるハクロに苦笑した僕は、彼の毛並みを撫でつける。
「ん? はは、大丈夫分かっているよ。僕には君とリーファがいるからね」
「ウォン!」
「ねえ、さらっと私大型犬扱いされてなかった? ねぇ?」
「おぬしとニーアの普段の素行を見る限り、そう思われてもしょうがないと思うぞ……」
いや、本当にそう思っている訳じゃないよ?
さらりと冗談を口にし、場を和ませつつ、真面目な質問に移る。
「リオンさん、この件に貴女は関わっていますか?」
「そう……だったというべきだね」
「だった? それはどういうことですか?」
「……」
無言になる彼女。
腕を組み、考え込んだ彼女は表情を顰めながら口を開く。
「ごめん。これ以上はまだ言えないんだ」
言えない、か。
敢えて言わないということでもなく、誤魔化すでもない、言えない。
「分かりました」
「……追及は、しないんだね?」
「正直に口にしてくれましたから。言えないって」
それも一つの返答だ。
まだ言えないということはいつかは明かしてくれるとも受け取れる。
それなら、リオンさんが明かしてくれるまで待てばいいだけの話だ。
「ここで言葉を濁すようなら僕は貴女を信用できませんでした」
「じ、地味に大事な問いかけだったってことなんだね……。危うく私の信頼が地に落ちるところだった」
言えないということは今、それを僕達に伝えるべきではないという意味とも捉えられるからな。
胸を撫でおろしているリオンさんに、ベッドから顔を上げたリーファが声をかける。
「貴女はどうしてカイトに嫌われたくないの?」
「え、それは―――」
「誰に好かれてもどうでもよさそうな性格してそうなのに」
「君も結構キツイこと言うね……!? 概ね事実だけれども……!!」
事実なんだ……。
リーファの言葉に苦笑しながらも彼女は続けて言葉を発する。
「神獣に歩み寄れることができる君だから、という理由が大部分だよ。君は貴重な存在であると同時に、この私にとっても好ましい人でもあるからね」
「嘘ついたりするのに?」
「事実ばかりを教えることがいいことばかりじゃない。時には、事実を隠すことも嘘をつくことも必要な時だってあるんだ」
私はそれが他よりちょっと多いけれどね? と、微笑むリオンさん。
薄々、そういうことなのは分かっているので僕も苦笑を返す。
「あとは……そう、君は彼女に似ているからね。……いや、容姿や性格がとかそういうことじゃなくて、魂の形……雰囲気とかが似ているんだ」
「……前々から気になっていたんですが、その人の名前は……」
彼女というのはかつて神獣と仲良くなった女性のことを言っているのだろう。
そして僕の肉体に刻みつけられた純魔転生の術式が目指す、古代の純魔の魔法使い。
なんだかんだでその人の名前を知らなかったので、この機に尋ねてみようとしたが―――、
「いや、彼女の名を教えることはできないんだ」
「なぜですか?」
「歴史の闇に葬られた名であると同時に……彼女の存在はいい意味でも悪い意味でも大きなものだったからね。私達、それぞれの思い出として胸にしまっておくことにしているんだ」
「……むぅ、そういうことだったのか」
思い出……神獣はとてつもない力を持ってはいるけれど、そういう心情があるんだなぁ。
「あとは、彼女の名を呼べば“聞きつける”奴がいるから迂闊に口に出すべきではないということもあるね」
「それも、神獣ですか?」
「うん。本当にたくさんいるからね、神獣は。君達の安全を兼ねるという意味でも名前を教えることはできないんだ」
逆を言えば、それだけその女性が神獣について重要だった存在と言うことになる。
……いったい、どのような人だったんだろうな。
僕は、神獣たちが言う彼女のことを名前と、断片的に見てきた記憶でしか知らない。
もう、遥か昔に亡くなってしまった方ではあるけれど、一度でもいいから会ってみたいなと―――僕は思うのであった。
名前を口にするだけで一部の神獣が起きたり、向かってきたりするやべー人。
なお、戦闘方法はゴリゴリの肉弾戦だったという。




