第二百五十六話
第二百五十六話です。
ヴィングル王国に来てから五日。
今日もセントレアルからの連絡が来ないまま、屋敷での日常を過ごそうとしたところで僕はセーラさんに呼ばれ訓練場隣の射撃場へと向かっていた。
なにやら、セーラさんの魔筒を作ってくれている技師の一人が、完成した試作品を持って来たらしいのだ。
「兄上の主殿よ。運んでもらってすまないな」
「全然構わないよ。君もセーラさんに呼ばれていたから一緒に来た方が効率がいいからね」
僕の腕の中にはセーラさんの使い魔の黒猫、キッシュがおり今も眠そうな瞳で見上げてくる。
足元では僕と一緒にシフも歩いている。
「しかし、純魔の魔力とは私にとっても心地いいな。このまま眠ってしまいそ……」
「……ん?」
唐突に静かになったキッシュを、僕の肩に飛び乗ったシフが覗き込む。
小さな寝息を立てながら目を閉じているキッシュに僕とシフは苦笑してしまう。
「眠っちゃってるね」
「気持ちは分からないでもないが、今は起きてもらわなくてはな」
シフが尻尾で軽く小突くと、キッシュはすぐに目を覚ます。
そのままきょろきょろと周りを見てから僕に気付く。
「むぐぐ、すまない。つい眠ってしまったようだ」
「ははは、怒ってないよ。それより、そろそろ訓練場に着くよ」
視線の先に射撃場が見える。
そこには二人の……セーラさんと技師さんと思われる人影がおり、事前に用意されたテーブルの上にパーツのようなものを並べている。
「あ、カイト。こっちこっち!」
「今、行きます」
小走りでテーブルの元へと駆け寄り、キッシュとシフを下ろす。
セーラさんの前には、長い黒寄りの紫の髪の女性が魔筒のパーツらしきものを手にしており、胡乱な目で僕を見ていた。
「セーラ、この子は誰だ? お前の婚約者かなんかか?」
「そうよ」
「違います……!」
なぜそこで嘘をつくんですか……!
軽く舌を出して微笑む彼女に肩を落としながら、僕は目の前の技師と思われる女性に挨拶をする。
「はじめまして、ヘンディル王国からやってきました。アリハラ・カイトです」
「そうか……お前がそうなのか。……私はエリー、エリー・マルセル。こいつの魔筒の調整、改造を行っている技師の一人だ。……こっちに来い」
年齢的に20代前後だろうか。
目のうっすらとした隈が目立つ人ではあるが、僕を見るその瞳はどこか好奇の色が混ざっているように見える。
彼女に従いセーラさんと共にテーブルの前に移動すると、エリーさんはセーラさんの使っていた見慣れた魔筒を僕達に見せてくる。
「お前のせいでうちは大騒ぎだ」
「す、すみません……」
「なんで謝る? 褒めたんだぞ?」
「ごめんねー、エリーって人相悪いし言い回しもチンピラだから誉めても分からないのよ」
目をさらに凶悪なものにさせたエリーさんが、セーラさんを睨みつけるが当の彼女は口笛を吹きながらそっぽを向いている。
なんとなく二人の関係性が見えてきたな。
「異世界の技術ってのはまさしく劇薬だ。私達の想像を簡単に飛び越えていく」
「ま、この魔筒ってできたばかりの魔具だし、しょうがないじゃないの?」
「だからこそだろ。作られたばかりのこいつが、一瞬で数十年単位の進化を遂げるようなもんだぞ。それくらい、こいつのもたらした“知識”はとんでもねぇもんだ」
自覚はなかったけれど、地味にすごいことをやらかしてしまったのだろうか。
少しだけ不安になっていると、エリーさんが持っていた魔筒を僕達に見せるようにテーブルの上に置く。
「この魔筒は私が片手間に作った玩具だ」
「え、そうなんですか?」
そもそもがちゃんと作られた魔具ではなかったのか?
驚くに僕に、なぜか自慢げな様子のセーラさんが答える。
「そうよ? エリーがそこらへんに放っておいたものを私が有効活用したわけ」
「バカ野郎。お前、勝手に私の作業場入りこんで取っていっただけだろうが」
「え、そうだったかしら?」
「はぁ……もういい。とにかくこいつは魔法使いが扱う武器としては欠陥品ってことだ。属性変化型の魔法じゃ、形を保てず空中で分解するからだ。なぜか分かるか?」
属性変化型、ってのは多分僕やチサトのような魔法のことを言うんだよな。
そしたら……。
「形がないから、ですか?」
「その通りだ。だが、このバカの持つ形状変化型の魔法なら使えるが……まあ、それだけだ。並みの形状変化型の使い手なら、その形状に適した戦法で戦った方が強ぇし、なによりこんなゴツくて邪魔になる魔具を持つ必要もねぇからな」
たしかに、僕の知っている形状変化型の魔法を持つ人は、形になった武器に適した戦い方をしている。
そういう意味では、この魔筒はセーラさんのためにあるような魔具と言ってもいいのか。
……二人は以前から知り合いだったみたいだし、もしかしたらエリーさんはセーラさんのために魔筒を作ったのだろうか?
「なんだその目は」
「い、いえ、なんでもありません」
「……ならいい」
ぎろりと睨みつけてくるエリーさんに謝る。
ものすごい眼力だな……。
「こいつは今までセーラが使っていた試作品の魔筒。拡張性もなく、ただただ魔力の矢を撃ちだせるだけのクソ雑魚魔具だ」
「自分の作ったものに辛辣すぎない? 私、結構気に入っているんだけど」
「使い捨ての魔具に物持ちの良さを発揮してどーすんだよ。……それで、こいつが試作品を元にして新たに作り出した魔筒―――お前の世界に例えると、魔銃とでも呼ぶ代物だ」
エリーさんが新たに取り出したのは新たに作られた魔筒であった。
試作品の桃色の魔筒とは違い、銀色の光沢を放つそれは幾分かメカメカしい見た目をしている。
「見た目は色以外は変わらないけど? ちょっと分解しやすそうな見た目をしているけど……」
「この状態じゃ試作品と同じ。こいつの真価は、拡張性の高さにある」
そう言葉にすると、エリーさんはテーブルに置かれている筒のようなものを魔銃に取りつける。
しっかりとロックし、スコープのような形になる魔銃をセーラさんに手渡した彼女は、それを構えるように促す。
「わっ、遠くが見えるわね!」
「スコープとかいう機構を再現させたもんだ。まだまだ改良の余地はあるだろうが、とりあえずはそれで我慢しろ」
「ほえええ……すごいわねぇ。覗き見し放題じゃない」
その感想はどうかと思うんですけど。
発想が変態のそれのセーラさんに頬を引き攣らせていると、エリーさんがセーラさんから魔銃を取り上げながら、テーブルの上に二つの長細いパーツを取り出す。
「銃身交換機能、だったか。魔力を弾として込める機構以外はほぼほぼお飾りな魔筒の特性を逆手にとった機能だが……この四日間で三つのパターンを作った」
一つは魔銃に取りつけられている以前までのものと同じ長距離を狙うタイプの銃身で、後の二つは長距離タイプよりも銃身が短いタイプのものと、銃口にあたる部分がやや大きいタイプのものがある。
「遠距離型、連射型、拡散型の三つのパーツを使いこなすことによって、あらゆる状況に対応できる強みを持たせることができる」
「パーツ自体は軽いわね」
「当然だ。これ自体は魔具じゃないからな。こいつはコアである持ち手の部分と組み合わせることで―――」
元あった遠距離型の銃身をスライドするように外し、拡散型の銃身を嵌め込む。
ガチャンとロックのようなものをかけ銃身を固定したものを、エリーさんはセーラさんへと渡す。
「一つの魔具、“魔銃”になる。拡散型だ、使ってみろ」
「オッケー」
大きめの銃口から放たれた矢は散弾銃の如く放たれ、十メートルほど先にまで飛んでいく。
これまでは単発ずつでしか撃っていなかった矢を、十数本同時に撃ちだす強力な攻撃に僕もシフの驚きの声を上げる。
「これに当たれば一発でサボテンみたいになっちゃうわね」
「威力もかなりのものですし、凄いですね……」
「今まではわざわざ矢を一纏めにさせていたわけだけど、その手間がなくなるのはいいわね。次は連射型ね。エリー!」
「やり方は教えるから自分でやれ」
エリーさんに教えられながらセーラさんは銃身を拡散型から連射型へと変える。
遠距離型より短い形状の魔銃へと変わったそれを構えたセーラさんは、ふと何を思ったのかテーブルに備え付けられている椅子にちょこんと座っているキッシュへと顔を向ける。
「キッシュ、ちょっと手伝ってくれない?」
「うぅむ、了解した」
「ありがと♪」
キッシュの丸い身体を持ち上げ、頭に乗せる。
するとシフより幾分か遅く変形をしたキッシュが、丸っこい帽子―――黒色のベレー帽のような形状へと変わる。
「んー、火炎だと危ないし、まずは無害な属性からやってみましょうか」
「ならば治癒だな」
「やってちょうだい」
すると魔銃を緑色の治癒魔法に似た光が包み込む。
その光を目にしたシフが僕の肩へと跳び乗ってくる。
「キッシュは変形が遅いが三種類の支援魔術を使えるらしい」
「じゃあ、その一つがこれ?」
「うむ、治癒魔法と同じタイプの支援魔術ようだ」
ならあの光を帯びた矢を受ければ回復するということか……。
普通に痛いが不思議と傷はないって感じなのかな?
そんなことを考えていると再び魔銃を構えた彼女が射撃場にある的に矢を撃ち放つ。
銃口から連続して緑の光を帯びた多数の矢が銃口から飛び出し、数十メートル先の的へと直撃していく。
「……やば、なにこれすっご……」
「セーラさん語彙力」
「いや、これ引き金引いてるだけで延々と撃ち続けられるのよ? もう人差し指痺れさせなくて済むのよ?」
それは凄い……凄いのか?
正直、よくは分からないがセーラさんの反応を見る限りかなり凄いことなのだろう。
「で、使い心地はどうだ?」
「文句なし、お礼は弾むわよ」
「いらん。王国からたんまりと資金を貰ったからな。このまま作成中の魔具も作り次第、お前に届けておく」
「作成中? まだ作っているの?」
「ああ、魔力置換式と、でけぇのをな」
魔力置換式は分かるが、でかいのとは?
なんだか絶妙に嫌な予感を抱いていると、エリーさんが僕へと視線を移す。
「なにか思いついたらこいつに言え。複雑な心境ではあるが、異世界由来の技術には面白いものがあるからな」
「分かりました」
それから魔銃に関しての簡単な説明をセーラさんにしたエリーさんはそのまま屋敷から出て行った。
「カイト、ちょっと調整に付き合ってもらってもいい?」
「全然、構わないですよ」
「ありがと。あ、普通に矢とか刺さっちゃうかもしれないけど、当たっても最終的には無傷だから心配ご無用よ」
「その考え方はおかしいと思うんですが……!」
なにその顔面じゃなければセーフみたいな言い方。
当たった時点で怪我しているんだから、おかしいんですけど。
新武器披露回でした。
なお、もっとやばいものが後々作られる予定。




