第二百五十四話
第二百五十四話です。
チサトがヴィングル王国に到着した翌日。
セントレアルから連絡は依然として来ていないので僕達は変わらずセーラさんの屋敷で待機することになった。
街にも行くことができないので基本的にやることが限られるわけだが、幸いにしてセーラさんの屋敷の敷地内には大きな広場があり、そこで訓練などができるようになっていた。
ちなみにその隣に、先日セーラさんが魔筒の訓練を行っていた射撃場がある。
「さあ、カイト君。いつでもいいよー!」
「分かった。分かった」
広場の真ん中に向かい合うように立っているのはリーファとニーアだ。
これから二人の模擬戦をするわけだが、その前に子供状態のニーアではリーファの訓練にはならないので一時的にニーアの身体を元にすることから始める。
「ニーアの身体ってリオンが小さくしたんだよね? 普通に解けるの?」
「うん。ニーアにかけた呪い……魔術を消すことはできないけれど、その効力を一時的に消す“合言葉”は教えてもらったんだ」
「へぇ」
隣に座っているチサトに答えながらこちらに近づいてきたニーアを見る。
ここで重要なのは合言葉だけでは魔術の効力は消せないことだ。
リオンさんが限定した人物、僕とリーファの声でなければ合言葉は意味をなさないので、ニーアが元の身体に戻るには僕かリーファの存在が不可欠だということだ。
……まあ、なんだかんだで今日まで使う機会はなかったけれど。
リーファの故郷にある遺跡に入った時は、ベルンさんがニーアを元の姿に戻してしまったわけだし。
「ニーア、一応言っておくけど……」
「大丈夫、大丈夫。もう逃げようとなんてしないし、私は君の味方だから」
「いや、そうじゃなくて……汚い言葉は禁止だからね?」
「元の姿になっても子供扱いされるの私!?」
注意しつつ僕は、ニーアに向き直る。
「えーっと、“汚い大人になってしまった君へ”」
「合言葉で煽ってくるのはどうかと思うんだけど……!」
僕も最初に聞いた時に同じことを思ったけれど、正直魔王軍幹部時代のニーアは悪人だったからなぁ。
数秒ほどすると、ニーアの身体が光に包まれる。
光が収まった頃にはニーアは元の姿に戻っていた。
「戻ったー!」
「模擬戦が終わったら戻すからね」
「余韻に浸らせてよぉ!?」
このまま元の姿でいさせることもできるが、ニーアは魔王軍幹部として顔が知られているから元の姿のままにさせているのにもリスクがあるのだ。
「因みに戻る時の合言葉は“愛らしく純粋だった君へ”だよ」
「なんでッ、ちょっとロマンチックなんだよぉ!! もぉぉぉ、戦ってくる!!」
ずんずん、と両手に氷の双剣を作り出しながらリーファの元へと向かって行くニーアを見送りながら僕も椅子に戻る。
手元に降りてきたユランを掌に乗せていると、チサトが声をかけてくる。
「そういえば、カイト君、シフとアルは?」
「キッシュと一緒に庭園を見てくるんだってさ」
「へえ、でもあの子達だけで大丈夫なの?」
まあ、黒猫たちだけじゃ心配なのは分かる。
しかし、その点についての心配はない。
「ハクロに護衛させているから大丈夫。僕の魔力をたくさん渡しておいたから、もしものことがあっても大丈夫だよ」
「カイト君って結構過保護だよね」
「ははは、そうかな?」
ハクロは風の精霊なので単体でもすごく強い。
それにこの敷地内ならいつでも駆けつけられるから安心だ。
『オラァ、姉さんくらえぇ!』
『はい残念! 私の勝ちぃ!』
『むきぃぃぃぃ!!』
目の前ではリーファとニーアが激闘を繰り広げている。
広場の外に被害が出ない程度に戦ってくれているようなので、こちらにまで余波はきていない。
「楽しそうだね」
「ニーアも元の姿で戦えるのが楽しいんだろうね」
今までが子供の姿だったので、思う存分に戦えて嬉しいようだ。
「この後、私と模擬戦してみる?」
「僕とチサトじゃ相性が悪いんじゃ?」
「悪くないよ」
「え?」
「悪くないよ」
「え、そ、そう?」
真顔で詰め寄ってくる彼女に気圧される。
いや、たしかにチサトの魔法はかなりの応用ができる。
例え、僕の肉体強化があったとしても物量に任せて押し切られることもあるし、なにより魔法に関してはチサトはとてつもない才覚を秘めている。
「確かに、その通りだ。ごめん」
「分かればいい」
ふんす、とややドヤ顔のチサト。
僕も先入観にとらわれすぎたな。
すると、僕達の元にバケットを持ったイオさんがやってくる。
「あ、イオさん」
「昼食とお飲み物を持ってきました」
『『ごはん!?』』
とりあえず、まだ始まったばかりの模擬戦を中断させそうな二人を押さえつつ、飲み物と昼食を広げているイオさんの方を向く。
「セーラさんは?」
「セーラ様は屋敷の方にて、技術者様とご自身の装備について話し合っています。なので、気にせず食べていただいても構いませんよ」
ああ、だから屋敷を出かける前に通信用の魔具を見かけたわけか。
昼食を食べるのは、二人の模擬戦闘が終わってからにしよう。
「じゃ、イオも食べよう」
「いえ、私は……」
「いいからいいから」
「……わ、分かりました」
チサトに押し切られたのか、イオさんもここで食べるようだ。
それから暫し、イオさんのいれてくれた紅茶を口にしながら二人の模擬戦闘を見守る。
「イオの魔法ってどういうことができるの?」
「私の魔法ですか?」
「うん。花を作り出せるって聞いたけれど、具体的にどういうことができるのかは知らなかったし」
「確かに、チサト様の前で見せたことはありませんでしたね」
そう言葉にすると、イオさんはおもむろに地面に手を添える。
彼女の薄い緑色の魔力が地面へと流されると、手が触れた部分から植物が伸び、花が咲いていく。
一輪だけ咲いたユリに似た花を手にした彼女は、それを僕とチサトに見せてくれる。
「大地から養分として魔力を吸い取ったこの花には、様々な能力があります。香りで惑わせたり、眠気を誘ったり……花弁を口に含めば魔力を回復することもできますね」
「他にも色々できそうだね」
「ええ、咲かせる場所に応じて、能力が変わったりします」
サポートよりな能力だけれど、かなり強いイメージがある。
「綺麗な魔法だね」
「……そう、ですね」
「……?」
チサトに魔法を褒められたイオさんではあるが、その表情はどこかぎこちない。
花を咲かせるというイメージだけが先行してしまうが……。
「いえ、ありがとうございます。そろそろ、お二人の戦いが終わりそうなので、昼食にしましょう」
「……うん、そうしようか」
チサトも少し訝し気な表情を浮かべながらも頷く。
……もしかすると、イオさんは自分の魔法があまり好きではないのだろうか?
疑問に思いながらも、僕は未だ戦っている二人に意識を向けるのであった。
地味にすごいイオの魔法でした。
そのすごさが彼女にとって色々な意味で複雑でもありました。




