閑話 惑わされる者
一度執筆していた今回の閑話が理由も分からず消滅し、ガチ悲鳴を上げました(白目
今回は閑話、イリス視点となります。
メリア様の機嫌が直った。
それを彼女の纏う雰囲気で察した私は、肩の力を抜く。
「メリア様、何かありましたか?」
「ええ、とてもいいことがありました」
魔王を見つけた街のカフェ。
私から見てもオシャレとも思えるそんな場所で、メリア様は紅茶とケーキを食していた。
そんな彼女の前に、私と―――さきほどから俯いたまま動かない魔王がいる。
「これが甘味ですか。ふむふむ、嫌いではありませんね」
「メリア様も、甘いものを食べるんですね」
「ええ、いずれ必要になるので予行練習というやつです」
予行練習……? カイトのためだろうか?
私もメリア様が頼んだケーキがあるが、隣でどんよりとした魔王を見ていると食欲が失せてくる。
———目を引く腰ほどまでに伸ばされた灰色の髪に、ウサギの刺繍がされた寝間着。
傍目でこんな少女が魔王だなんて思えなかったが、それは変わりようのない事実なのは認めるしかない。
「イリス」
「はっ」
メリア様の声に頷き、手帳を取り出す。
事前に調べていた魔王についての情報を彼女に報告する。
「名をマオ・メイガス、十一歳。両親は六歳の頃に他界。それからは資産家であった両親の遺産と家を頼りに一人で暮らしていた。親戚に預けられることも強く拒んだことから、周囲からも助けられていたが、街から出るガラクタを漁るなどの行動から、一部の人間からは不気味がられている、とのことです」
「ふぅん」
魔具を作る際の素材はガラクタと、魔王軍からの資金か。
後者に関しては巧妙に細工されていたせいで気付けなかったが、もしやこの子がそれもしたのか?
横領くらいはうちの外道共ならしてそうなものという認識だが、まさか他ならぬ魔王がしているとは……。
続けて報告をしようとすると、メリア様が掌を掲げ待ったをかける。
「魔王が貴女のような可愛らしい子でとてもびっくりしましたわ」
これほど心にもないことを言う方がいるのだろうか。
彼女の本性を知っている私は、ある意味での衝撃発言に頬を引き攣らせる。
「ぁ―――」
「喋らなくても結構です。もし話しちゃったら、殺してしまうかもしれません」
にこり、と笑うメリア様に顔を青ざめさせたまま頷く。
一瞬で恐怖を刻み込まれた魔王―――マオに、メリア様が続けて話しかける。
「貴女が魔王軍を作ることになった経緯をちょっとだけ想像してみました。今からそれを話してみますから、当たっていたら首を縦にふってください」
「……?」
「———分かりましたか?」
「!!?」
首を傾ける彼女にこくこくと頷くマオ。
真正面に座るのが自分でなくてよかったと思いながら、手元のケーキを口にする。
最近、干し肉と生野菜しか口にしていないことを思い出して、泣きそうになった。
「貴女はお父様とお母様が大好きだった」
首を縦に振る。
「家を離れたくなかった。誰にも両親のものを渡したくはなかった。その一心で貴女はこの街に、この家に残り一人ぼっちの生活を続けることにした」
首を縦に振る。
「両親はいない。誰にも見られない。孤独は貴女にとっても耐え難いものだった。だから、貴女は自分の作ったものを褒められることが嬉しかった」
そこで、マオの動きが止まる。
驚愕の目でメリアを見る彼女の視線は、次第に不気味なものを見るものへと変わる。
「ものを作るのが好きだった。生前の両親が褒めてくれたからでしょうか? まあ、それはどうでもいいですね」
「……っ」
「貴女は褒められたかった。両親にされたように“愛”が欲しかった。そのために貴女は無邪気に、褒められたいがために自分が考え出した発明を、赤の他人に渡してしまった」
どうして、そこまで分かるのだろうか。
まるでその場でみていたかのように話しだすメリア様に引く。
私の反応に気付いたのか、薄ら笑いを浮かべた彼女は窓の外を指さす。
「この街、少しおかしいですよね」
「おかしい、とは?」
「今、夜ですよね? それなのにこの街はこれほどまでに、明るい」
今は、夜だ。
それなのに外は昼間のように明るい。
空は星空に彩られている。
違うのは街のいたるところに設置された魔具の明かりを放つ街灯にある。
いや、よく見れば街灯以外にも、見たことのない魔具がそこかしこで見かける。
「貴女がしたわけではありませんよね? そうだとしたら、魔王軍にいる必要なんてありません」
「……」
俯いたままのマオ。
それに構わずメリア様は続けて言葉を紡ぐ。
「きっとたくさんのいい発想をあげてしまったのでしょう。街は大きく発展し、人々の生活も豊かになっていった―――その中に貴女はいなかった」
「……」
「何度も、何度も、何度も、貴女は甘い言葉に騙され利用され続けた。両親から向けられていたものと同じ“愛”がほしかったから、それだけが空っぽな自分の孤独を紛らわしてくれるから」
マオの表情が十一歳のそれとは思えないほどに歪む。
怒りではなく、恐怖に歪められた彼女は金縛りにあったように動けないようだ。
「しかし、そんな時貴女の目を覚ましてくれた“恩人”が現れた」
「なっ……!?」
なぜ知っている、とでも言いたげな顔をするマオ。
慌てて口を閉じる彼女に、笑みを崩さないままメリア様は続けて言葉を発する。
「その恩人は貴女の価値を見出し、自分が利用されている事実を教えた。その上、復讐する機会まで与えてくれた……そうでしょう?」
「……、……」
「ふふ、それで貴女は自分が特別だと知った。貴女を騙していた人間に仕返しできた時は、さぞかし気持ちがよかったことでしょうねぇ」
既に復讐は終わっていた…… のか?
しかし、この少女を助けた恩人とは誰だ?
こんな子供に復讐する機会を与える時点でまともな者ではないのが分かるが……。
「自分は力がある。なんでもできる。そう考えた矢先に貴女を助けた恩人は取引を持ち掛けた。……ある組織の頭になって欲しいという、取引を」
「……」
「貴女はそれを受けた。自分が不幸な人生を送ることを理不尽に思ったから、理不尽に、自由に生きてやろうと思ったから、魔王となって多くの人間達を苦しめた」
そこで、マオは首を横に振る。
自分は苦しめていないと、そう主張した彼女にメリア様は首を傾げる。
「形はどうあれ、貴女が治める魔王軍は多くの人々の命を奪い、危険に晒してきました」
「……」
「その事実から、目を背けることはできませんよ?」
「……っ、うるさい!!」
喋ったら殺す、そう脅されているはずなのにマオは声を大きくして、叫ぶ。
幸い、夕食時を過ぎたカフェには人が少なく、騒ぎにはならないが―――それ以上に私はメリア様の反応が怖かった。
ビビりながらメリア様を見ると、彼女は依然として笑顔のままだ。
「お、お前みたいな化物になにが分かるんだ! わ、私は、なにも悪いことなんてしない! ただ命令しただけでやったのは私じゃない!! 作戦を考えたのだって、そこの……イリスだし、私は魔具を作っていただけだもん!!」
私も悪いことをしていた自覚はあるが、それはないだろう……。
まさしく子供の癇癪で泣き出すマオに、私は額を手で押さえる。
「お父さんも、お母さんも、ここにいない。誰も、私のことなんて知らない。なんで、私だけこんな目に遭わなくちゃいけないの……ずっと良い子にしていてもお父さんもお母さんも帰ってこなかった……」
感情的になり、思いつく悲壮を次々と言葉に出していくマオ。
次第にその感情的な声は涙声と嗚咽に変わっていき、その瞳からは涙が溢れだしていく。
「だからこんな世界なくなってしまえばいい……! 私のことを見ない世界なんて、壊れちゃえばいいんだ……」
———少しだけ、私はこの少女の気持ちが分かる気がした。
私は、まだ父親と呼べる存在がいるから幾分か救われているが、この少女にはなにもないのだ。
だからこそ、それがこの世を恨む理由にもなってしまった。
その時、メリア様がゆっくりと席から立ち上がり、泣きじゃくるマオに歩み寄る。
「もう、大丈夫です」
「え」
視線を合わすようにしゃがんだ彼女は、マオを自身へと抱き寄せた。
あのドS且つ残虐極まりない彼女の突然の抱擁に、私は得体のしれない恐怖を抱く。
「貴女はまた利用されていたのです。貴女を魔王として祀り上げた者は、最後には貴女を見捨てるつもりでいたのです」
「ち、違う。あの人は……そんなことは……」
「リオン、そう名乗った奴は、外道極まりない詐欺師なのです。きっと、貴女にとって奴の言葉はとても心地のいいものに聞こえたでしょう。貴女の本当の恩人なら、貴女に過ちを犯させるはずがない。大人として導くことが、正しい在り方のはずでしょう?」
「で、でも……私、あの人に……」
「私は貴女を助けにきたのです」
その言葉にマオは肩を震わせる。
思いもよらない一言だったのか、彼女は抱擁を解いたメリア様の顔を見上げる。
「マオ。私を信じてください。貴女はもう、一人ではありません。貴女が孤独を嫌うなら、私が貴女の場所になってあげましょう」
「お、母さん……」
「お姉さま、と呼んでください」
もう一度、マオを抱きしめるメリア様。
この三文芝居を隣で見せられている私はどうしたらいいだろうか。
メリア様、ものすごい悪い笑顔を浮かべているから、抱きしめられているマオが不憫でならない。
「私には忠誠を誓う主がいます」
まだ続くのか。
メリア様の呟きに、マオが顔を上げる。
「その方はとても優しく、多くの罪を犯した私を許してくださった心の広いお方です」
「許……す、私、たくさん悪いことをしたのに……?」
「ええ。あの方ならば、きっと貴女のことも受け入れてくれるでしょう」
「は、い」
洗脳の力の類は使っていないのに、言葉巧みに洗脳をしている事実がひたすらに怖い。
カイトを洗脳していたあたり、普通にできてしまうのも怖い。
優しくマオの髪を撫でたメリアは、ゆっくりと刷り込むように言葉をささやきかける。
「私とともに、来てくれますね?」
「は……い」
「良い子です」
聖母のような笑みを浮かべながら、マオの頭を撫でるメリア様。
私から見れば、大蛇に縛り付けられている小動物にしか見えないが、それを口に出してしまえば丸呑みにされるのは自分なので、言わないでおく。
「さて、次の手順に移りましょう」
立ち上がったメリア様が、パチン、と指を鳴らす。
何かをしたのか?
これといった変化が起こらない周囲に首を傾げる。
「メリア様、なにを……?」
「少しばかり、手を回しただけです。まあ、すぐに何がおこったか分かりますよ。……さあ、マオ、行きましょう」
「はい」
メリア様と、その後ろを小鴨のようについていくマオに溜息をつく。
今日は色々ありすぎたが、拠点に戻ってからもまたひと悶着ありそうだ。
魔王ちゃん依存成功
今回のメリアの話の9割は心にもないことを口にしています。
メリアが味方サイドという事実よ……。




