第二百三十九話
第二百三十九話です。
正直に言えば、彼を怪しいと思う気持ちはあった。
だけど、なんといえばいいのか……疑いこそすれど、彼が悪い人だとは思えなかったんだ。
何故そう思えたのかは分からない。
分からないけれど、その思いは今も変わらない。
「言い逃れをすることはできない。お前が、神獣だということは分かっている」
「……ああ、いくら擬態に優れているとはいえ、同じ神獣なら分かってしまうだろうね」
ベルンさんの言葉に同意するように頷いた彼は、肩にかけていたリュックに手を伸ばす。
それだけの動きで、近くにいたアーミャさんとナーヴァさんは僕達を庇うように前に出る。
「アーミャ……!?」
「ナーヴァさん!?」
『『……』』
先程の朗らかな様子から一転して警戒した様子の二人に驚く。
殺気といってもいい視線を向けられたラッセさんは、背負ったリュックを地面に下ろしながらその場に座り込む。
「心配はいらない。僕はもう、カイト君を害するつもりはない」
「ラッセさん……」
「ここで正体を明かすこともできるけれど、僕にとっては地下は正体を明かすにはいい場所じゃなくてね。悪いけれど、このまま話させてもらうよ」
座ったまま軽く深呼吸をした彼は、僕と目を合わす。
深い青色の瞳に、既視感を覚えながらも目を逸らさないでいると彼は言葉を発する。
「僕は、君を殺そうとしていたんだ」
「!」
僕を殺そうとしていた?
衝撃的な言葉に動揺してしまうが、彼の様子からしてそれだけのことをする理由があると察した僕は、とりあえずその驚きを呑み込み―――平静を保つ。
「理由があるんでしょう?」
「……ここで怒ってくれるなら、どれだけよかったか。やっぱり君は、僕の予想を超える子だ」
力なく微笑んだ彼は、そのまま視線を地面に向けたままぽつりぽつりと呟くように話し始める。
「君を、助けたかった」
「え?」
「例え、善意の押し付けであっても、君に待ち受ける運命は……あまりにも過酷すぎるから……」
助けたいから、僕を殺そうとしたのか?
僕だけではなくリーファとニーアも困惑したような表情をするが、ベルンさんと眷属の二人はどこか納得したように一つ頷いていた。
「フィリュリオーンにメデュラリアム。君は僕が知る神獣の中でとびっきりに危ない奴らに魅入られてしまっていた。しかもその上、神獣と深く関わる運命にあった」
「……だからこそ、辛い運命を歩む前に命を奪おうとしたか。……理解できない話ではないな」
ベルンさんも同意してしまったよ。
リオンさんの信用が著しく低い……。
まあ、あの人結構隠し事多そうだし、見せられた過去ではやばそうなことしてた真っ最中だから擁護もできないんだけど。
「お前と私がフィリュリオーンに抱く疑念は同じもの。違っていたのは、置かれている立場だったということか」
「そう、だろうね。君はこの遺跡で人間達と……リーファとニーアの成長を見守る立場にいて動くことができない。僕は、各地を気ままに旅する神獣だった」
この場にリオンさんがいたらどうなるんだろう。
間違いなく、笑みを引き攣らせていると思うけれど、なんというか……彼女の場合は自業自得と言えるかもしれない。
「もし、他の神獣に君が囚われるようなことがあれば、命を奪われるだけじゃ済まない。君という存在を縛り付け、永遠の時間を魔力を搾取されるだけの道具にされることだってあった。……いや、実際、メデュラリアムならそのような残酷なことをしてもおかしくはなかった」
「い、いえ、彼女に監禁されかけはしましたけれど、そこまで酷い扱いはされなかったですよ?」
「……もしや、監禁されかけたのって……」
「メリアに、です」
「「はぁぁぁ……」」
思いっきりため息をつくラッセさんとベルンさん。
いや、さすがに魔力タンク扱いは嫌だけれど。
「カイト君。君はいくらか感覚が麻痺しているから言うけれど……メデュラリアムは恐ろしい神獣なんだよ?」
「そうだ。奴は危険な神獣であると同時に、気分の上がり下がりが激しい面倒な性格をしているんだ。気分を損ねれば、いくら君でも囚われるぞ」
「そ、そこまで悪い子じゃないと思うんですけど……」
なぜかベルンさんにも説教されてしまう。
いや、監禁されかけたことは事実だけれど、セントレアルではフィリと一緒に僕を助けてくれたし……。
「メリアも、ただ寂しかっただけだと思うんです。まあ、今は影ながら暗躍しているのも薄々分かっていますけれど……それでも、今の彼女が人間に害をなす存在ではないことは信じています」
「……なら、君はフィリュリオーンにも同じことを言えるのかい?」
「いや、リオンさんはちょっと隠し事がおおすぎなので擁護できないところが……」
メリアは隠すというか話していないだけなのだが、リオンさんは分かっていて話していない節があるので擁護しづらいのだ。
それでも彼女を信じていないというわけではないけれども。
「貴方が僕を殺そうと思っていただなんて気づきませんでした」
「……うん。ゾッとする話だろう?」
「正直、恐怖もあります。けれど……」
彼の目と、僕を殺そうとしていた話を聞いて、ようやくラッセさんが誰なのか分かった気がした。
そこでようやく、あの時―――セントレアルで遭った彼がどうして僕を殺意ではなく、哀れんでいたのかを理解できた。
やり方は物騒でも彼は僕のために動いてくれた。
「楽しかったです」
「は……?」
遺跡を調査した時も、話したことも。
きっとこの人が僕についた嘘は自身の正体を隠したことと、僕を殺そうとしたことだけだ。
それ以外に嘘はなかった。
「だから許します。僕を殺そうとしたことも……セントレアルでのことも」
僕の言い放った言葉に、ラッセさんの瞳が揺れる。
近くにいるリーファとシフは、戸惑った様子を見せている。
「セントレアル? あの時となんの関係が……あ」
「そうか! そういうことか! ラッセ殿、貴方は……!」
ラッセさんとして出会う前に、僕達は彼と会っているのだ。
顔を上げた彼は驚きながらも微笑む。
「短いながらに、君との遺跡調査はとても楽しかった。それに、君とベルンの眷属との戦いは久しぶりに胸が躍るほどの戦いで……自分の目的も忘れて君を応援してしまったよ」
『分かる』
『姉さん、空気を読んでください』
『むぐぇー』
襟を掴まれ横に引っ張られるナーヴァさん。
そんな彼女に苦笑しながらも、ラッセさんは自身がつけていた手袋を外し手を差し出してきた。
「君と話せてよかった。今、心からそう思う」
「……はい」
僕は迷いなく、差し出された握手に応じる。
「———!」
瞬間、視界に電気が走ったような衝撃と共に別の視点へと変わる。
そこはとてつもなく高く、高い雲の上。
海のように広がる雲と、それを明るく照らす太陽と大空の下を僕は飛んでいる。
『雲の上には海が広がっている! ええ! ええ! まさしくその通りだわ!』
地上に暮らしている僕では決して目にできない景色に心奪われていると、頭の後ろあたりから聞き慣れた声が響いてくる。
僕と同じ金の純魔を持っている女性の声。
その声にどうしようもない安らぎを抱きながら、視点の主は力強くその翼を羽ばたかせる。
『この世界は大きく、それでいて高い! 空を見上げればすぐに分かりそうな事実だけれど、意外にも気付けなかったわね!』
『———』
『ふふ、そうね。貴方のおかげよ、ライザ』
優し気な声。
ただそれだけで僕の心までもが落ち着いてしまう。
そのままたてがみに手を添えた彼女は、続けて声をかけてくる。
『でもね、空だけが綺麗なわけじゃないわよ! 地上にだって綺麗なものが沢山あるんだもの!!』
『———』
『嘘じゃないわよ。空に美しいものが広がっていると同時に、今私達が見下ろしている大地にもたくさん美しいものが広がっているの。今は、他の子達が暴れて荒れているけど……いつかは、もっと素晴らしいものを見ることができるって信じているの』
『———』
彼女の言葉を視界の主が否定する。
しかし、それでも彼女の明るい声は変わらない。
『えー、嘘じゃないわよ?』
『———!』
『なら、勝負しましょうっ!』
『!?』
瞬間、視界に女性の顔が入りこむ。
どうやら視界の主の頭に飛び乗り、無理やり視界に入ってきたようだ。
相変わらず靄がかかって良く見えないが、それでも満面の笑みを浮かべていることが分かる。
『もしこの大地に貴方が美しいと思うものがなかったら、私の負け! 少しでも美しいと思ったら私の勝ちね!』
そう言い放った彼女は、太陽のように笑う。
『まっ、絶対に私が勝つけれどね!』
そこで、視界は途切れ元の景色へ戻る。
心の底にあるのは懐かしさと、言葉にできないほどの喪失感。
もう二度と届かないものを憂う悲しさに泣きそうになってしまうが、堪えながら握手していた手を放す。
「ライザ、さん」
「! ……ああ、ああ、なんだい?」
なんとか平静を取り戻しながら声をかける。
「勝負には、勝てましたか?」
「……!」
一瞬、目を見開いた彼だがすぐに笑みを零す。
「いいや、完膚なきまでの僕の負けだったよ」
見せられた記憶は、多分、ラッセさん―――ライザさんにとっても最も大切な記憶だったのだろう。
その証拠に、そう答えた彼の表情はとても晴れやかだった。
空の王者は大地の美しさを知った。
しかし、その頃には彼女はもう……。
メリアの好感度がめっちゃ上がった↑↑↑↑↑
魔王ちゃんのトラウマ値も上がった。




