第二百三十八話
第二百三十八話です。
暗い地下遺跡を、ナーヴァさんの案内に従い進んでいく。
力を使いすぎたユランとライムは疲労のあまり眠ってしまったので、彼らを水筒と胸ポケットに移動させていると、僕の隣にひっつくような形で案内してくれているナーヴァさんが話しかけてくる。
『私はね、ベルン様への生贄として捧げられた人間だったんだー』
「さ、さらっと重いですね……。ベオル・ヒドゥンさんは生贄を望んだということですか?」
『ううん。ベルン様は生贄なんて望んでいなかったけれど……なぜか捧げられちゃった』
いや、そんなあっけらかんに言うことじゃないと思うんですけど。
とてつもなくヘビーな話題を笑いながら語る彼女に素直に引く。
『ベルン様からは、元の場所に戻ることを勧められたけれど……その時、帰る場所なんてなかったからそのままベルン様の眷属になったの』
「眷属……リーファとニーアのような感じですか?」
『ふふ、違うよ。あの子達はもっと特別』
特別、か。
今僕にひっついている彼女は、とてつもない実力を有しているのが分かる。
そんな彼女よりもあの二人は凄いというのなら……やっぱり、それほど神獣に近い存在ということなのかな。
思考に耽っていると、目の前に階段が現れる。
『ここから上がれるよ』
「ありがとうございます。ラッセさん、行きましょうか」
「……」
「ラッセさん?」
ナーヴァさんを間に挟む形で、斜め後ろを歩いているラッセさんに声をかけるも彼の表情は思いつめたままだ。
もう一度声をかけてみると彼はハッとした表情を浮かべる。
「ご、ごめん。ボーっとしていたみたいだ」
「大丈夫ですか? もしかしたら、どこか具合でも悪いんじゃ……」
「心配はいらないよ。さあ、上に上がろう」
柔らかく微笑んで上に昇るように促してくれるラッセさん。
彼の言葉通りに階段を上り始める。
『———本当に敵意はないようだね』
「?」
今、ナーヴァさんが何かを呟いたような気がしたが、気のせいだろうか?
それにさっきからスルーしていたけれど、なんでこの人こんなに距離が近いのだろうか……。
やっぱり、純魔の魔力の関係で近くにいると落ち着くのだろうか?
「……明かりが」
階段の先を見上げるとようやく明かりが見えてくる。
最後まで上り切ると、僕の視界に映りこんだのは先ほどいた地下とはまた別の、広大な地下空間であった。
石柱が並び、点々と明かりが照らされた空間には、先ほどまでなにかが争っていたような瓦礫や破壊された石柱などが転がっている。
「ようやく来てくれたか」
「っ!」
重々しい声が響く。
その声の方に体を向けると、広大な空間に置かれた玉座―――その傍に寄り添うようにしている大きな獅子がいた。
この、呑まれるような感覚からして……この獅子が……。
「ベオル・ヒドゥンさん、ですか」
「ベルンで構わない。むしろ、君にはそう呼んで欲しい。アリハラ・カイトよ」
神獣は名を呼ぶことで縁が紡がれる。
僕は、これまで関わってきた神獣と同じように、彼の名を口にする。
「ベルン、さん」
僕の呟いた名に、彼は懐かしそうに眼を瞑る。
数秒ほどそうした後に、再び僕達へと視線を戻す。
「すまないな。君が地下に落ちることになったことは全てこちらの不手際だ」
「ナーヴァさんと戦うことになったのは……」
「こちらの思惑もあってのことだが、思いの外白熱してしまったようだ」
僕から隣にいるナーヴァさんを見るベルンさん。
彼女は照れるような笑みを浮かべると、前に歩み出る。
「ご苦労だったな。ナーヴァ」
『いえいえ。私も楽しかったですし』
「……だろうな。お前の封印も剥がされるほどとは」
『にひひ、頭から地面に叩きつけられちゃった』
「……」
……独特の距離感だな。
眷属というからには主従関係みたいなものがあるかと思ったけれど、そこまで厳しいようには見えない。
地下から上の空間に出たのなら、リーファとニーアがどこかにいるはずだけれど……。
「ベルンさん。リーファとニーアは……?」
「ああ、彼女達なら―――」
ベルンさんがそれから先の言葉を口にしようとしたその時、不意にこちらにとてつもない速さで近づいてくる影に気付く。
「カイトぉー!」
「邪気!?」
瞬時に肉体強化を纏い、感覚と身体能力を強化させた僕は、こちらに飛び掛かってきた影を避ける。
勢いのまま地面に激突した影は、がばっ! と起き上がると涙目で僕を見上げる。
「なんで避けるの!?」
「リー……いや、誰……?」
一瞬、リーファかニーアかと思ったけれど、微妙に違う。
二人より幾分か年上に見えるし、何より髪の色が黒と白が入り混じったシマウマみたいになっている。
ガチで困惑する僕に、目の前の少女は自身を指さす。
「私だよ!? 私っ!」
「……シーナさん?」
「ちーがーうー!!」
地団駄を踏む謎の少女。
シーナさん、じゃない?
「カイト、この少女からリーファとニーアと同じ匂いがする」
「……どういうこと……?」
「私にも分からない」
リーファともニーアともいえる気配のする彼女に僕とシフが混乱していると、徐々にその身体が光りを発していることに気付く。
光に包まれた彼女は、バチッという音と共に――一人から二人に分裂する。
「あで!?」
「むぐ!?」
弾き飛ばされるように二人に分かれたのは、リーファとニーアであった。
……はい? 目の前にいたはずの少女が二人に分裂した……?
「悪のリーファと悪のニーアが合体した……?」
「「誰が悪だぁ!」」
二人に怒鳴られていると、ベルンさんが二人がなぜ合体しているのか理由を話してくれた。
とんでも理論ではあるけれど、元は一つだった二人の力が元に戻ったことで、その身体も一つになったらしい。
リーファとニーアで、リファーナ……か。
ちょっとリーファ成分強すぎじゃないかと思うけれど。
「なんでそんな面白いことになってるの……?」
「カイトほどじゃない」
「カイト君にだけは言われたくない」
声を揃えて言われるほど……?
ある意味で散々な言われように逆に驚いていると、彼女たちの後ろからナーヴァさんと似た黒髪の女性が歩み寄ってくる。
女性は丁寧なお辞儀をすると、にこやかに笑いかけてくる。
『はじめまして、アーミャと申します。さきほどは姉がお世話になりました』
「姉……?」
『ナーヴァのことです。あの子が楽しそうにしているのは本当に久しぶりで……』
……え、この人が妹なのか!?
振る舞いからして姉っぽいけど、まさかの事実だ。
僕の視線は自然とニーアへと向けられる。
「ん? どうしたの?」
「いや、君はなんだかんだでお姉さんっぽいんだな……」
「え、そ、そうかなー。まあ、私お姉ちゃんだからなー」
「妹の私から見れば、駄目駄目なんだけどね」
「リーファ。今、何か言ったかな?」
ボソリと呟いたリーファを睨むニーア。
また姉妹喧嘩をしそうな二人に苦笑いする。
「さて、ようやく揃ったな。では、もう一つの目的を果たすとしよう」
「もう一つの、目的?」
「ラッセ、と呼ばれる者の正体についてだ」
「!」
ベルンさんと、僕達の視線がラッセさんへと向けられる。
先ほどから無言だった彼は、どこか力のない笑みを浮かべた。
生贄にされたけど、眷属になって万々歳な姉妹でした。




