第二百三十七話
第二百三十七話です。
神獣の力は人の身には過ぎた力。
例え、分けられた力でさえも、そのあまりの強大さに肉体を滅ぼしその精神を歪めてしまう。
しかし、私は人間に自身の力を分け与えた。
一つの理由としては人間の可能性を信じたからには他ならない。
私達神獣は生まれながらにして既に完成した生物だ。
だからこそ、私達の強さは幾星霜を経ても変わらず劣りもしないが、それは逆に永遠の停滞を余儀なくされているといってもいい。
だからこそ、私は人間の成長に賭け自身の魂を割った。
「リーファ、ニーア……」
『ウオオオォォ!!』
視線の先で雄たけびを上げるのは、黒と白の入り混じった魔力に包まれた雌の獅子の姿と変貌したリーファとニーアの合体した姿。
名を、リファーナと言ったそれは、戦っているアーミャへと飛び掛かる。
応戦しようとする彼女に接敵するその寸前に獅子は闇を大きく広げ、黒く染まった氷の棘を張り巡らせた。
「私の力の神髄を、扱えるようになったか」
あの形態は、氷と影を操るにとどまらない。
冷気は闇へ、闇は冷気へ、どちらもの特性を持つ暗闇を支配する能力こそが、私が分け与えた真の力だ。
その証拠に冷気によってつくられた氷は漆黒色に染まり、影の性質を宿すようになっている。
「……よくぞ、ここまで成長してみせた」
ここまで成長してみせた人間としての彼女たちの強さに素直な賞賛の言葉を送る。
私の力を受け継いだ二人で一人となった人間は、今まさに神獣の領域へと足を踏み入れた。
まだたったの一歩に過ぎないが、その切っ掛けを掴んだのは大きい。
『ガァァ!!』
周囲に破壊をまき散らし、漆黒に染まった氷塊を作り出している獅子。
意思はしっかりとあるのだろう。
だが、自身から溢れ出る力を制御しきれず、今はまだ暴れることしかできない。
「だがそれもいずれは克服することができるだろう」
それだけの可能性を彼女達は秘めている。
アリハラ・カイトという純魔の魔力を持つ担い手もいる。
「後は、フィリュリオーンがなにを仕出かすか……」
黄金の角を持つ鹿の神獣。
カイトをこの世界に呼び寄せた諸悪の根源であり、影で人間達に面倒を起こしている傍迷惑なやつだ。
奴が行おうとしていることを予想してリーファとニーアの代で私の力を発動したわけだが、今でも奴を信用することはできない。
「……だが、奴も人間の側についていることは変わりようのない事実」
それは認めなくてはいけない。
ため息をつきながらも、再び意識をリファーナへと向ける。
アーミャが繰り出す斬撃をものともせずに、暗闇を引き連れている。
そろそろ、止めるべきか。
これ以上は彼女たちの肉体に負担がかかってしまうだろう。
「いや、それより先にカイトの様子を確認しよう」
先ほどから作り出していた氷の鏡に、カイトの姿を映す。
そこに映し出された光景を目にした私は、思わず頭を抱えたくなる。
「……なにをやっているのだ。あの子達は……」
鏡の先。
先ほどはなにやら良く分からん戦いで絡み合っていたカイト達が、今はなにもかもをかなぐり捨てたような壮絶な殴り合いを交わしていることに私はひたすらに頭が痛くなるのであった。
●
良く分からんが戦っているうちに、戦っている氷の女性が普通の女性になった。
いや、理由は分かっている。
この試合を終わらせるべく覚悟を決めた僕が繰り出した技―――ツームストンパイルドライバーが原因だ。
「これで終わりじゃぁぁ!」
相手が氷でできているとはいえ女性なのは分かっている。
だけど、長時間戦った結果、相手は僕以上に頑丈だし、そもそも僕以上に腕力が強い人なので手加減する方が失礼なので、僕は彼女を脳天から床へ叩きつけた。
やったか、そう思った瞬間、ピシリと氷でできた女性の身体に亀裂が走る。
亀裂が全身に走り、まるで氷の鎧が砕け散るように姿を現したのは―――水色の髪を持つ女性であった。
『———ははっ!』
氷の下から素顔を露わにさせた女性は、子供のような明るい笑顔を浮かべるとその場を飛んで僕と向かい合う。
『ベルン様、第二の眷属、ナーヴァだよ! さあ、続きをやろう!』
それから先は正直あまり覚えていない。
というより、今まさに戦闘の真っ最中だ。
「ウオオオオ!」
『あははは!』
殴り合い。
最早、投げ技とかそんなこと関係なしに僕達の戦いは単純化していた。
「ぐふぅ……!」
頬にいいものをもらい殴り飛ばされる。
足に力をいれ、なんとか持ち直しながら拳を突き出している彼女を見据える。
「もう限界だ、カイト君! 逃げよう!」
「いえ、まだまだ!」
リングに変形したライムに縋りついたラッセさんが必死な様子で語り掛けてくれるが、それでも僕は最早逃げるつもりはない。
「ついさっき、感じたんです」
「え……?」
「リーファも、ニーアもどこかで戦って、強くなっている」
あくまで直感的なものであるが、リーファとニーアに何かしらの変化が起こっている。
それがどのようなものかは分からないが、二人は強くなっている。
試練を受けている。
ならば、ここで僕が折れて良い理由にはならない。
「なら、僕がここで逃げるわけにはいかない……!」
「カイト、君」
「それに、なんだかんだで楽しくなってきたので続行します……!」
「カイト君ゥ!?」
額に流れる血を拭いながら拳を構える。
僕が構えるまで待ってくれたナーヴァさんは笑みを深めると、軽いステップを踏みながらこちらへ突っ込んでくる。
自分より遥か上の実力者。
まるで、ウィルさんと戦っていた時の状況と高揚を思い出しながらも、僕は肉体強化を纏い―――さらに、その濃度を深め、無駄をそぎ落とし、研ぎ澄ませていく。
自然と突き出した手を構え、彼女の動きに対応する―――!
『———あ』
「?」
目と鼻の先で拳を構えたまま彼女が動きを止める。
いったいどうしたのかと思うと、彼女は残念そうに拳を引くと、にへらとした力の抜ける笑みを浮かべる。
『ここまでだね』
「ここ、まで?」
『うん。もっと戦いたかったけれど、ここまで』
そう言うと彼女はリングの外にいる影を消し去る。
僕もライムとユランを解除し、手元に引き寄せるとすぐにラッセさんが駆け寄ってくる。
なんだ? いきなり襲ってきた割に、ここまでってどういうことだ。
薄々、ベオル・ヒドゥンに関係する誰かとは思っていたけれど―――って、ん?
「しゃ、喋ってる!?」
『気付いてなかったの!?』
「気づいてなかったのか!?」
素で驚く僕にシフだけではなく、目の前の彼女までもが驚く。
まさか、目の前の少女が氷から普通になったのも僕の幻覚ではない……?
「電撃と殴打を食らいすぎたあまり、幻覚と幻聴が同時にやってきているのかと思ってた……!」
『……あはは、やっぱりおもしろいねぇ、君。ベルン様が目をかけるのも分かる気がするよ。……私は、リーファとニーアの力の源たる神獣の眷属の一人。君と戦った理由については……特に深い事情はないかな』
「えぇ……」
うすうすそうだとは思っていたが、あの二人に関係している人だったか。
でも戦いになった事情がないとかどういうこと……。
からからと笑ったナーヴァは、無警戒に僕に近づく。
思わず身構えてしまうが、彼女は僕の後ろに回ると両肩に手を置く。
『さあ、上にまで案内するよ』
「え……?」
『本来は君がここにいるのはこちらにとっても不本意なことなんだけれど、あちらのするべきことが終わった今、今度はこちらの問題も解決しなくちゃならないからね』
「……?」
ナーヴァさんの視線がラッセさんへと向けられる。
その視線に複雑そうな表情を浮かべた彼に構わず、彼女は僕を押して上階への出口があるという場所へと案内してくれるのであった。
なにげにラッセとカイトの間に移動する眷属二号さんでした。
ツームストンパイルドライバーの語感の良さ好き。




