第二百二十九話
第二百二十九話です。
今回もニーア視点です。
遺跡のさらに奥深くに進んだ先で遭遇したのは、誰も座っていない玉座の傍らに寄り添う白黒の獅子。
ベオル・ヒドゥン。
私達の力の原点とも言える存在を前にして、私はリオンの時に感じたような威圧感に肌がざわつく感覚に苛まれる。
「このお菓子、食べれるの?」
しかし、その緊張も隣で呑気にしている妹の言葉で肩透かしを食らう。
我が妹ながら、のほほんとしすぎじゃないかな……?
鈍感なのか、大物なのか分からないけれども。
実際問題、ここは数百年間閉ざされた遺跡の中なので、出される菓子もどこから持ってきたか分からない怪しい代物だ。
リーファが疑問に思うのも分かる。
「心配はいらない。我が眷属が先日購入した王都ゆかりの土産品だ。甘さと苦みのあるスポンジケーキに、柑橘由来のムースを合わせて食すがいい。口直しにジャムも用意させておいた」
「おいひい」
ちょっと待って、思考が追い付かない!?
意外に俗物だぞこの神獣! ものすっごい人間の食べ物知ってるよ!?
私も迷いなく手元のお菓子をもぐもぐしながら、そんなことを思う。
「私はベオル・ヒドゥン。———ベルンと呼ばれていた闇と冷気を司る神獣だ。好きに呼んでくれて構わない」
温和な雰囲気のまま自己紹介をする神獣、ベルン。
その姿に一種の奇天烈な想いを抱いていると、彼は続けて言葉を発する。
「さてまずは、こちらの不手際を謝罪しよう」
「不手際……?」
「本来はアリハラ・カイトがこの場にいるはずだったのだ」
でも、彼はここにはいない。
カイト君はラッセと共に穴に落ちたのだ。
カイト君の状況適応能力は、最早魔法じみているので落下後の心配はないのだけど……そもそも、あの穴はラッセだけを落とすつもりで作られたのか?
「私は、お前達と同行していた者を引き離すべく穴を空けたのだが、最後の純魔―――アリハラ・カイトには躊躇はなかった。迷いなく、落ちていく奴を救うべく穴に飛び込んでしまったのだ」
「……神獣が危惧するほどのこと?」
わざわざ私達から引き離そうとするとか、普通じゃない。
ラッセという人物は何者なのだろうか?
まず、まともな生物ではないことは確かだ。
「ああ、だが彼と奴が落ちた後の様子を観察し、少しばかり認識を変えることにした」
「変えるって……ラッセだけが落とされた時はどうするつもりだったの?」
「無論、我が領域内で始末するつもりであった。今は……少しばかり様子見に徹している」
やや歯切れの悪い言い方をするベルンに首を傾げる。
神獣の力なら危険な存在とみなしたラッセを簡単に始末することができるだろう。
だけど、それをしないということは、相応の理由ができたということか?
「今は我が力を用いて、奴の目的を探っているところだ。もしもの事態に陥ったとしても、すぐさまカイトを逃がすことが可能だろう」
「カイトを餌にしているってこと……?」
「見方によればそうなるだろう」
リーファがムッとした表情になる。
いくら備えがあったとしてもカイト君を囮にされることには納得できないらしい。
それでも吐き出したい言葉を飲み込んだリーファは、ベルンに質問を投げかける。
「ラッセは、なんなの?」
「神獣であることは確かだろう。それも驚くほど人間社会に馴染んだ神獣だ。我々に気付かれぬほどに擬態に優れ、人間への理解も深い」
母さんは、あの男と最初に会った時、20年前から全然変わっていないと言っていたけど、まさか本当に変わっていなかったってことだったのか。
でもカイト君さぁ。
そんなほいほい神獣を引き寄せるとか、やばすぎだよ……。
「人間に悪意を持っていない神獣、シシェ・コンラッドは次元の狭間に呑み込まれ、千刃蝶クァトメルバスは秘境にて卵に還り覚めぬ眠りについている。……禍炎獣アルメルガンクも、人の世を見守る立場にいる」
「貴方にも、分からないってこと?」
「可能性があるとすれば、かつてこの大陸で暴れまわっていた神獣だろう。貴様達の知る、メデュラリアムもフィリュリオーンも、とんでもない荒くれもの共だったが、今は幾分か大人しくなっているからな」
そこまで口にして、ベルンは少しだけ言いづらそうに口をもごもごとさせる。
大きい獅子がそんな仕草をしていることに少しだけ微笑ましい気持ちになっているが、そうしている彼の表情は険しい。
「———奴は、カイトに対して明確な殺意を持っている」
「「……ッ!?」」
前触れもなく放たれた言葉に、私とリーファは驚愕する。
彼が、カイト君を殺すつもりでいたってこと!?
そんな素振り全くなかった。
むしろ、意味不明なくらいに懐く彼に対して友好的すら思えた。
「どういうこと!? どうして、カイトを!」
「奴が何を思考しているかは私にも分からない。確かなのは、奴は最初からお前達に接触するためにこの遺跡に近づいていたということだ」
カイト君に近づくためって……。
リーファが慌てたように立ち上がる。
「それなら、早くカイトから引き離さないと……!」
「奴がカイトを害しようとするならば、話は早いだろう。だがな、奴が彼に向けている感情はそれだけではない」
「ど、どういうこと?」
「確かに、奴がカイトに殺意を抱いていることは確かな事実だろう。この遺跡に入り、何度かそのような殺気を滲ませていたこともあったが―――それは全て、奴自身が行うことをやめたのだ」
いつでも行動に出れたのに、自分でやめたってこと?
なんで? 行動に出れない理由があったってこと? ベルンがいたから?
でも、神獣なら一瞬でカイトを殺して、遺跡を壊して抜け出すこともできたはずだ。
「それにな、あの男のお前達への親愛と態度には偽りはない。間違いなく、奴は人間に味方する神獣であるのだろう」
「意味が、分からない」
「だからこそ探らねばならない」
カイト君を殺そうとしているのに人間の味方なの?
頭がこんがらがりそうになる。
「その間に、もう一つの目的について話そう」
「もう一つ……?」
「ああ」
黒く、しかし暖かな光の宿る瞳を向けられる。
「お前達に力を与えた理由と、その扱い方についてだ」
今まで自分たちの力は魔物由来のものだと思い込んでいた。
しかし、実際は神獣からもたされたとんでもない力だった。
それがなぜ私達に預けられたのか、今その理由が明かされようとしていた。
カイトと関われば関わるほど、決意が鈍りまくるラッセさんでした。




