第二百二十六話
第二百二十六話です。
遺跡を調査する上で気をつけなければならないことは自分を見失わないことだ。
閉鎖空間に長時間いることになるので、しっかりと自分の意志を持って行動していかねばならない。
改めて、それを意識した僕は眼前に広がる遺跡へと目を向ける。
「……シフ、なにか感じるか?」
「うむ……なにかとてつもない力が動いているのを感じるぞ。やはり、ここにはなにかあるようだ」
シフの何かを察知している。
僕も、胸の内がざわざわとするような感覚に苛まれている。
「二人はどう?」
「不思議な感じ。ここに来たことないのに、なぜか知っている気がするの」
「私もリーファと同じ。なんというか、既視感があるんだよね」
既視感、か。
この先なにが待ち受けているか分からない。
もしも、危険な状況に陥ったらシーナさんのいる拠点に戻るつもりではあるけど……。
一人考え込んでいると、魔具を掲げたラッセさんが感嘆の声を上げる。
「しかし、ここまで当時の様相を保っている遺跡は珍しい」
「そうなんですか?」
「ああ、普通は風化したり、崩れたりしたりすることが多いんだけど……多分、厳重に封印されていたから当時のまま、保管されていたんだろうね。……むむっ!」
なにかに気付いたのか眼鏡のブリッジに指を添えながら、ラッセさんが壁際へと駆け寄る。
彼が明かりを照らすと、そこには壁一面に刻まれた壁画が広がっていた。
「これは……」
いつかメリアのいた遺跡で見た神獣が描かれた壁画と似たもの。
三十を優に超える神獣たちが一つの大地の上で争い合う絵。
「ラッセさん、これは……? 」
「神獣が争い合っていた当時のものを刻んだ壁画だね。すごい……すごすぎるぞぉ……! ちょっと軽く写しを取ってもいいかな!?」
「ええ、やりましょう……!」
「君も!?」
メモ帳とペンをもっている僕を見て、驚くラッセさん。
ラッセさんが高揚した様子を見せている時点で、歴史的にとてつもない価値があるのは分かる。
ならば、僕としても記憶しておかねばならないな……!
「えー、先に行こうよー」
「そうだよー」
リーファとニーアはぶつくさと文句を言っているが、僕はカバンからチョコバーを取り出し二人にあげる。
「ほい、お菓子」
「「わーい!」」
「おぬしら……」
お菓子で二人を鎮めた後に、壁画の写しを取る。
壁画には巨大な大蛇、メリアと大きな角を持つ鹿、リオンさんの姿もある。
僕の知る二体の神獣は他の神獣と領土を争い合うように、戦っている姿が壁画として刻まれている。
しかし、その一方で白と黒の入り混じった獅子と、大きなゴリラの神獣などが戦いを傍観するようにしている姿もある。
「……かつて、この世界の支配者は神獣だった」
手袋に包まれた手で壁画に手を添えたラッセさんがそう言葉にする。
彼が手を添えた部分には、雷と雲に包まれた鳥の神獣がいる。
「誰が一番か。誰がこの世界の支配者を決めるか。誰に与えられたか分からない目的の元で、神獣という存在は戦い―――その末に世界を壊しかねない争いを何度も続けて来ていたんだ」
「……ラッセさん?」
「歴史が語る神獣という存在が世界の頂点に立つよりも、今のように穏やかな人間がいる方がいいと思う」
壁画から手を離しながらこちらを振り向いたラッセさんは苦笑する。
……なんだか、ちょっと違和感のある話し方だな。
とりあえず十分ほどかけ簡単な写しをとった僕達は、壁画から離れて歩き出す。
「これと同じ壁画を、ヘンディル王国の近辺にある遺跡で見たことがあります」
「え、そうなのかい!? い、今はそれは見れるのかい!?」
「いえ、多分……壊されていると思います」
「え、えぇ……」
多分、メリアが壊したのだろう。
オロチのいた遺跡の下層は既に崩れており、残されているのは僕が召喚された上層しかのこっていない。
思いっきり落ち込むラッセさんに苦笑していると、気づけば場所は変わり、一際広い場所に出た。
「ここは、玉座……かな?」
「みたい、ですね」
視線の先には王様とかが座るような玉座が存在している。
他にはなにもなく、明かりの照らされていない蝋台のようなものがあるだけだ。
ここで行き止まりなのか? と思っていると、リーファとニーアが驚きの表情を浮かべていることに気付く。
「カイト、ここ知ってる」
「え……?」
「神獣が私に話しかけてくれた空間と同じ」
「だとしたら、ここが目的地なのか……」
でも誰もいない。
どういうことだと思っていると、背後で地鳴りのような音が鳴り響く。
咄嗟に振り返ると、僕達の退路を断つように壁がせりあがる。
「———ッ、皆、なにかに捕ま―――」
ラッセさんが何かを叫ぼうとしたその時―――彼の足元が、前触れもなく消える。
重力に従い落下しようとする彼に真っ先に気付いた僕は、迷いなく彼が落ちていった穴に飛び込む。
「カイト!?」
「カイト君!?」
咄嗟に彼の手を掴み縁を掴んで、なんとか彼の身体を引き上げようとするが、その尋常じゃない重さに驚愕する。
「———お、重くないですか!? 貴方!?」
「え、あ、いや! とにかく僕のことはいい!」
肉体強化を使っているのに、なんなんだこの重さは……!?
たしかに彼の身体は大柄だけど、それを含めてもこの重さは普通じゃない。
すぐさまリーファとニーアが助けにきてくれようとするが、それよりも前に僕の手が耐えられない……!
「カイト、今助け―――」
「いや、無理だぁ……!」
手が滑り僕とラッセさんの身体が落ちていく。
悲痛な面持ちでこちらを覗き込む二人の顔が遠ざかっていくのを目にしながら、手を放してしまったラッセさんを掴もうとするが、掴めない。
「くっ、仕方ない! ライム!! ハクロ!」
「キュ!」
「ウォン!」
ライムを籠手へと変形させて、思い切り壁へと指を突き刺しハクロと共に落下の衝撃を和らげる。
ガガガ! という岩壁を削るような音と共に、降りていくとようやく足場らしきものを下に見つけ―――そこに、大の字で寝ているラッセさんの姿を見つける。
「カイト! あそこだ!!」
「ラッセさん!!」
壁から籠手を放し、そこまで飛び降りる。
すぐさま倒れ伏すラッセさんの元へ駆け寄ると、彼は頭を押さえて呻きながらも起き上がる。
「う、うぅ、まったく散々な目にあったよ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかね……」
それなりの高さを落ちたはずだけど、ほぼ無傷か。
カバンがイイ感じにクッションになってくれたのかな……?
「怪我は?」
「それも大丈夫。こう見えても結構鍛えているからね」
たしかに無茶苦茶重かったけれども、まさかあれは鍛え抜かれた筋肉の重さなのか?
いや、大陸中の遺跡を調査するようなすごい人だ。
見た目は恰幅がよさそうでもその実、全身筋肉モリモリの鎧を纏っていても不思議じゃない。
「しかし、結構落とされちゃったね」
「そう、ですね……」
頭上を見上げると、僕達が落ちてきた穴は既に消えている。
予備の魔具に明かりを灯すと、周囲はメリアの遺跡と同じように石柱が並ぶ空間が広がっており、なんというべきか……それっぽい空間とも呼べる不気味さが感じられた。
「まさか、ここにきて分断か」
「早く、上にいるリーファとニーアと合流するべきだな」
「そうだね……」
横目でラッセさんを見る。
彼の異様な重さは筋肉で一応納得したが、それ以前になぜ彼だけが穴に落とされたのだろうか?
僕は咄嗟に助けに入ったから落ちたわけだけど、あれはまるで……ラッセさんだけを選んで落としているように見えた。
「まずは、前に進むべきか」
最終手段でフィリに逃がしてもらうという点もあるけど、それじゃあリーファとニーアと合流できない。
まずは自力で上に上がる手段を見つけることから始めよう。
めちゃ重いラッセさんを、なぜか全身筋肉で納得する主人公でした。




