第二百二十二話
第二百二十二話です。
探検家、ラッセ・クーライさん。
彼が森の亀裂にやってきたのは、単純な調査と探検のためだった。
すごい偶然もあったものだなと思いながら、彼の話を聞いてみるとこの亀裂の先にある遺跡は、歴史的に見てもかなり珍しい部類のものらしい。
「———神獣を祀る遺跡は実のところとても少ない」
昼食をご一緒する一環で、ラッセさんはここにある遺跡について話をしてくれた。
焚火を囲み、彼が持っていたキャンプ用っぽい鍋で沸かしたお茶を口にする。
まだ昼まではあるが、不思議と亀裂のある空間の周囲には動物の気配はない。
なんとも穏やかな空気を感じ取りながら、僕達は彼の話に耳を傾ける。
「その理由の多くは神獣は過去の人々にとって天災と呼ばれる、恐れられるべきものだったからなんだ。彼らには、知識を持つ生物としての思考はあれど、その価値観は人間とは大きく異なり、歪んでいる」
「分かります」
「彼らの逆鱗は、どこにあるか分からない。下手に祀ろうものなら、戯れに祭壇そのものを破壊しようとする無邪気さを持ち合わせている。……まさしく、理解を超えた存在と言えるだろう」
「分かります……!」
「すごく共感してくれるね……!?」
神獣に関しては、割と身近な存在という認識があるのでつい……。
そんなことは口が裂けても言えないので、笑みを浮かべながらはぐらかすと、訝しそうにしながらもラッセさんは続けて話してくれる。
「だが、その中でも人間に寄り添うことのできる神獣も存在していたんだ」
「フィーリヘルトですか?」
「よく知っているね。フィーリヘルトも、その一柱でもあるらしい。しかも現在、その存在が確認されやすい最も身近な神獣だ」
各地で目撃されているもんなぁ、フィリ。
他の神獣以上にフットワークが軽いけれど、それだけ彼女が自由な旅を愛しているということでもあるんだよな。
「そして、各地の伝承を調べていくうちにこの地に神獣が祀られているという情報を僕は知った」
「よく調べられましたね……」
「何分、場数だけは踏んでいるからね。個人で踏破した遺跡の数ならあの稀代の冒険家、ベア・フレデュンス以上と自負しているよ」
感嘆した様子のシーナさんに、自信ありげに胸を張って見せるラッセさん。
それでここまで足を運んだんだな。
自分で調べて、現地調査。
なんというか、現場主義って感じでかっこいい……!
「ここで祀られているのは暗闇を司る神獣、べオル・ヒドゥン。伝承では、白と黒の入り混じった獅子の姿をしていると言われる神獣……らしい」
「べオル・ヒドゥン……」
「暗闇って聞くと、そこまでいいイメージないね……」
「うんうん」
僕が神獣の名前を呟く一方で、サンドイッチをもぐもぐしているリーファとニーアがそんなことを呟いた。
その言葉にラッセさんは笑顔のまま首を横に振る。
「闇というのは確かにいいイメージは湧かないだろうけれど、その実、古代の人々にとっては安息の象徴ともいえるんだ」
ラッセさんはまるで先生のように人差し指を立てて教えてくれる。
これはメモっておいた方がいいなと思い、メモ帳を取り出す。
「日が昇れば人は働き、沈めば休息という名の安息が訪れる。そして、古代の人々にとって闇は生の終わりを意味し、死は安らぎをもたらすものと考えられていた」
「安らぎ、ですか?」
「人の生は厳しくも儚いもの。古代は神獣が当たり前のように争っていた混迷を極めた時代―――その中では、人間という種は、いつ滅ぼされてもおかしくはない弱い種族だった」
あれか、リオンさんが言っていた神獣がやんちゃしまくっていた時代のことか。
ラッセさんが、そこまで知っていることに驚きながら、メモ帳にペンを走らせる。
「過酷な世界の中でも、人は生きる希望を見出しながらも明日に怯える日々を懸命に生きてきた。彼らにとっての安息は、暗闇の中で見る夢に他ならなかった」
「……なるほど、だから永遠に夢を見ることのできる死を救済と考えたのですね?」
「その通り」
突飛な考えではあるが、おかしくはない。
現実で神獣が暴れまわっている世紀末な世界なら何かしらの拠り所を探してしまってもおかしくはない。
「その死出の見守り、安息を促す者として祀られたのがべオル・ヒドゥンというわけさ。彼は、人の短い生に寄り添い、その死を見届けていたと言われている」
話を聞く限り、悪そうな神獣ではないのかな?
でも死を見届けるとか、死神みたいな感じだけれど……。
「ありがとうございます。とても勉強になりました……!」
「……なんというか、熱意ある若者だね、君は。こんなに熱心に聞いてくれる子は初めてだよ」
苦笑するラッセさん。
こんな興味深い話、熱心に聞かないはずがない。
メモ帳をしまいながら、とりあえずまだ食べていないサンドイッチに手を伸ばそうとして―――、
「あれ、ない……?」
既に、バスケットの中が空っぽなことに気付く。
残されたのは飾りに添えられたパセリのみ……だと!?
おもむろに、リーファとニーアを見ると、二人が同時にサンドイッチに齧り付いているところが目に移りこむ。
「……」
「「む?」」
「……いや、いいんだ。うん、たくさんお食べ……」
なぜだか穏やかな心になりながら、手元の紅茶を口にする。
ほっと一息つきながら、改めてべオル・ヒドゥンについて考えてみる。
闇を司る神獣。
リーファとニーアの持つ魔法を考えるのなら、影と冷気どちらもの特性を有する神獣だと予想できるけれど、二人にその力を与えた目的はなんなのだろうか。
いや、そもそもべオル・ヒドゥンは僕達に友好的な神獣なのか?
顎に手を当てながら思考に没入にしていると、不意に前にいるラッセさんから、僕に何かを差し出してくる。
「え?」
「あまり食べてないようだから、どうぞ。たくさんあるから」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたのはスティック型の食べ物だった。
包みにいれられているタイプのもので、破いてみるとスナック菓子のような形をしている。
試しに一口食べてみると、あっさりとした食感と、ほどよい甘みが広がる。
———お腹にも溜まるし、まさしく携帯食料って感じの食べ物だ。
「どうやら、君達の話を聞く限りこの遺跡に入るには、君達がいなきゃいけないようだ」
「……むぐ、そうなりますね」
「……よければでいいんだが、君達の調査に僕も参加してもいいだろうか? ……あ、別に手柄とかそういうものには興味はないんだ」
慌てて手を横に振ったラッセさんが、握りこぶしを作る。
心なしか、その瞳は燃えているようにも見えた。
「むしろ、この遺跡そのものの構造と、何百、何千年と手つかずにある歴史的な遺産に興味がある……! むしろ、それにしか興味がない……!」
熱意溢れる人だなぁ。
でも、これに関してはシーナさんの考えを仰がなければならない。
「シーナさん、どうしますか?」
「受けてもいいと思いますよ? むしろ、彼がいることで遺跡の調査がさらに安全になるでしょう。それに、人柄の方は私が保証します」
シーナさんがここまで言うなら信用しても大丈夫だろう。
リーファとニーアに了解を取ってから僕は、ラッセさんと向き合う。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ラッセさん」
「契約成立だね」
温和な笑みを浮かべた彼につられて笑みを浮かべる。
遺跡調査における頼れる仲間が増えたな。
その事実に喜びながら、手元に持ったスティック型の食べ物のことを思い出す。
「あとこれ、すごく美味しいです」
「そうだろう? 一度遺跡に迷い込んで餓死しかけたから、保存食だけは大量に持ち歩くことにしているんだよ。それに味にもこだわっていてね。実はこれ……僕が作ったんだ」
「え、本当ですか……!? でも保存も効くんですよね? 持ち歩けるし、これって実はとてもすごいんじゃ……」
冒険者的にもかなり革命的な食べ物ではないのだろうか。
少なくとも一般的に売っている冒険者が愛用している保存食の数十倍は美味しいぞ……!?
当時の神獣たち比較。
ベオル「人間、かわいそうだし、せめて眠りのときくらいは見守ろうか」
フィリ「泳ぐのたっのしー!!」
リオン「森増やして縄張り増やそ。は? 自分以外? 知らんわ」
メリア「視界に映るやつ全てぶち殺す」




