第二百十七話
二百十七話です。
昼食を食べ終えた後、調理に使った網や食器などを片付けた僕はシーナさんに呼ばれて家の外に出ていた。
なんだろうか、と庭の方に向かってみるとそこには地面にうちつけた丸太のようなものを準備しているシーナさんと、それを暇そうに眺めているリーファとニーアの姿があった。
「シーナさん、これは?」
「昨日、ロープの扱いを教えてほしいって言っていましたから、空いている時間で教えようかなと思いまして」
「今からでいいんですか!」
「ええ、いい機会でもありますし」
そう言って傍らに置いてあるロープを手に取ったシーナさんは、打ち込んだ丸太の上に空の瓶を置く。
そして、その場から移動した彼女は僕の近くにまで移動する。
「技術的なものも必要にはなりますが、これを用いるには綿密な魔力操作が必要になります」
「魔力操作、ですか?」
「はい。ただ魔力を籠めればいいわけではありません。見ていてください」
結び目が作られた縄の先端を手に取ったシーナさんが、薄っすらと魔力を縄に籠める。
近くで見てようやく分かるほどの魔力。
しかも、それは全体的にではなく縄の先端に近い部分に纏われているように見える。
「目標に進む力は自身の技術に依存します。ですがそこから先は―――」
ひゅん、ひゅんと風切り音を鳴らしながら縄を回したシーナさんが、丸太に置かれている空瓶に縄を放り投げる。
真っすぐに空瓶に向かっていった縄は、シーナさんの手の動きに合わせて瓶に当たる寸前で停止し、慣性に任せてくるりと空瓶へと巻き付けられ引き寄せられる。
「———魔力により調整することもできます」
そのまま、ぱしっ! と見事空瓶を引き寄せて掴んで見せたシーナさん
……一見、単純なことに見えるけれど、魔力操作が行われていたタイミングが全く分からなかった。
もしかして、空瓶に当てる瞬間か?
「あれに何度とっ捕まったことか……」
「普通に襲い掛かっても、縄で捕縛されちゃうのが理不尽だよね」
苦々しい顔でそう呟く姉妹の声を聞きながら、心の奥からやる気がふつふつと湧き上がる。
つまり、ここで重要なのは魔力操作と縄を操る技術というわけか。
「できそうですか?」
「やってみます!」
僕の返事に嬉し気に微笑んだシーナさんは、予備に用意しておいた縄を差し出そうとしてくるが、それよりも前に水筒にいたライムが銀色のロープへと変身してくれる。
「キュー!」
「いや、今回は僕自身の技術だけで練習してみるよ。いつまでも君に頼りっぱなしになるわけにはいかないからね」
僕自身も成長しなければならない。
僕が首を横に振ると、何を思ったのかライムは右腕に憑りつくと、手首あたりに穴の開いているメカメカしい籠手へと変化する。
「え、なにこれ……?」
「キュ!」
ライムの可愛らしい声と共に、手首部分からワイヤーのようにロープが伸びる。
仕込みロープというべきか、他にも色々と盛り込めそうな籠手に僕の思考は停止する。
……。
「いや、そういうメカメカしいものじゃなくてね……?」
「キュー!」
「カイトはこういうのが好きじゃないの? って言っているぞ」
「嫌いじゃない。嫌いじゃないけれど、今は違う……!」
でも今度、それを使っていこうね……! 名前はヘンディルガントレッドにしよう……!
ちょっとシフの疲れたような表情が気になるけど、今は普通のロープで練習しよう。
気を取り直してシーナさんからロープを受け取る。
「とりあえず、練習してみます」
「え、ええ。ちゃんと見てるから分からないところがあったら聞いてくださいね?」
「はい! 頑張ります!」
「素直……!」
ロープを手に持ち、空き瓶の乗せられた丸太へと向かい合う。
シーナさんと同じようにロープの先端を回し、勢いをつけ―――そのまま空き瓶目掛けてロープを投げつける。
しかし、ロープは真っすぐに跳ばずに見当違いの方向に飛んで行ってしまう。
「練習あるのみだな……!」
まずは感覚を掴んでいくことから始めよう。
ロープを手元に引き戻して、もう一度試そうとしていると―――ふと、こちらに近づいてくる気配に気づく。
リーファ達も気付いたのか僕と同じ方向を見ると、街へと続く道から家に歩いてきている40代ほどの男性を見つける。
「……来たわね」
小さくため息をつきながらシーナさんが縄を近くの椅子に立てかける。
このタイミングでの来客。
もしかしてあの男性は……。
『———!』
僕達の姿に気付いたのか、男性は小走りでこちらにやってくる。
小奇麗なスーツ姿に、ダッドに似た金髪の髪にふくよかな身体。
彼の父親らしき人が、やってきたことに思わず身構えてしまっていると、不意に彼の身体が沈み込んだ。
なんだ!? と思い、シーナさんを庇おうとすると―――、
「もぉぉしわけありませんでしたぁぁ!! せんせぇぇぇい!!」
―――男性はそれはもう見事なスライディング土下座をかましてきた。
ズザザ―――ッ! と、地面を滑りながら僕達の前にやってきた男性に、シーナさんは困ったように頬に手を当てている。
「先生はやめてくれませんか? もう現役は退いているんですから」
「す、すみません! ですが、む、むむ息子がまさか未だにあのようなことをしているなんて……! 何度もやめるように言い聞かせたのに、聞いてくれなくて……!」
……な、なんか上下関係のようなものができているのですが?
あれ? そもそもこの人はシーナさんに頭が上がらないのか?
目の前の光景に唖然としていると、僕の姿に気付いた男性がもう地面に埋め込みそうなくらいに頭を下げてくる。
「申し訳ない!」
「え、いえ、あなたは……?」
「私は昼間、君に迷惑をかけたダッドの父、デッグ・ゲービンという者だ。この町の責任者を任せてもらっている」
お、思ったよりまともそうな人だ。
ダッドが全然人の話を聞かなかったからどんな人かと思ったら……。
「やはり、リーファも……」
「ダッドが私に会わずに済んでよがむ!?」
「静かにしてなさい」
揚々とデッグさんに話しかけようとしたリーファを軽く小突いたシーナさんは、顔を青ざめさせる彼に話しかける。
「娘達がズボラでだらしないという噂なら事実なので否定しようがなかったのですが――」
「「母さん!?」」
「まさか、わざわざ関係のない旅行者に娘の悪い話を聞かせるのは些かどうかと思います。もちろん、私がここで怒らないのも貴方の事情をそこそこ理解しているからです」
静かにそう言い放つシーナさんの口調は、怒っているようより憐れんでいるようだった。
リーファとニーアも、知らなかったのか不思議そうにしながら状況を見守っている。
「ですが、分かっていますね? ダッド君がしていたことは」
「……罰は免れないでしょう。それは分かっております」
「彼がああなったのは貴方だけのせいではありません。ですが、間違いなく責任の一端は貴方にもあります」
「……はい」
「これから、もっと向き合うべきでしょう。表面上は取り繕っていても、家族には戻れません」
その後、デッグさんはシーナさんといくつか言葉を交わした後に街へと戻って行ってしまう。
土塗れになったスーツで歩いていく彼の後ろ姿を見送っていると、シーナさんが話しかけてくる。
「十年ほど前の話になりますが、彼の奥さんは、家を出て行ってしまったんです」
「え? そうなの?」
驚いた反応をするリーファに、シーナさんが頷く。
「だから、ダッドもあんなに性格がねじ曲がって……」
「いえ、違います。それが理由ではありません」
「じゃあ、どういうこと?」
「奥さんが出て行ってしまった後、デッグは町長としての仕事にのめり込むようになりました」
奥さんが出て行ったショックで仕事にのめり込むようになってしまったのか……?
まあ、それはおかしくはないと思うけれども……。
「勿論、それでも彼はダッド君のことを気にかけていました。でも、あまり構ってあげられないこともあり、彼は専属の付き人をダッド君につけさせました。……しかし、その付き人が、あまりよくない方だったらしく……」
「……あぁ、そういうこと」
知らない間に、悪い影響を与えられてしまっていたということか。
それがどれほどの期間か分からないけれど、幼いころからそういう考えを植え付けられてしまったとしたら、それを矯正させるのは難しいのだろう。
「気になったのですが、どうしてデッグさんはシーナさんのことを先生と呼ぶんですか?」
「私も気になる」
「私もー」
デッグさんは多分、町長なんだよな?
そんな人に先生と呼ばれるのはどういうことなのだろうか?
「んー、彼は元々は私の同業者だった方ですが……何度も彼の命を救ったから……ですね」
「命を救った……? それは、遺跡を探検する一環で?」
「ええ。同業者というより競争相手といってもいいかもしれません。彼は財宝目的でしたけどね」
つまりは、デッグさんも遺跡などの調査を行っていたということか?
いよいよシーナさんの過去が気になるところだ。
「シーナさん、僕も先生って呼んでもいいですか?」
「いえ、なんでですか……?」
「ごめん、母さん。カイトは時々おバカになるの」
「それは貴方達の共通認識なんですね……」
シフとリーファから微妙な視線を向けられながらも、僕はまるで映画の登場人物のような経歴を持つシーナさんに尊敬の目を向けるのだった。
付き人であった悪い大人に悪い影響を与えられてしまったのがダッド君でした。




