第二百十六話
第二百十六話です。
カイトと姉さんが釣りに行ってから数時間。
私は、それまでずっと母さんの家事の手伝いなどをしていた。
ま、手伝いといっても簡単なものばかりなので、ほとんどはこれまで勇者として行ってきたこととかを母さんに話していた。
「神獣ねぇ……」
「うん、誰にも言わないでね」
「言っても誰も信じないでしょう」
棚を布巾で拭いている私に、母さんはそんなあっけらかんとした反応をする。
神獣のことでそんなに驚いていない……?
「純魔の魔力に関する歴史については、少しばかり知識があります」
「……そうなの?」
「失われた記録。いえ、この場合、歴史の闇に葬られた記録とでも言うのでしょう。“純魔の魔力の使い手は、神獣を恐れる人間によって滅ぼされた”というものがあります」
箒を掃きながら母さんは、難しい言葉を口にしていく。
「貴方の話を聞くまでは、ただの与太話と思われた文献だったのですが……なるほど、なら多数派だった純魔の使い手が魔物への生贄にされていた話が嘘だったということになりますね」
「母さん」
「なんでしょう?」
「私は、カイトの話をしているんだけど」
「……」
暫しの無言の後、母さんはため息をつく。
「貴方達が帰ってきた目的は、自分たちの力を知るためということですか?」
「多分、そう」
「……言っておきますが、貴女とニーアは正真正銘の私の娘です。その事実は絶対に変わりません」
それは、ちゃんと分かってる。
そもそも私と姉さんは母さんと顔が似ているし。
神妙に頷く私に、満足そうに手を叩いた母さんは箒を元あった位置に戻す。
「心当たりがあるとすれば……いえ、それは後で話しましょう」
口元に指を当てて独り言を呟いた母さんは、私の方へと向き直る。
「掃除はここまでにして、そろそろ昼食の準備をしましょう。ニーアとカイト君も帰ってくることですし」
「野菜取りにいく?」
「ええ」
裏手の畑にある野菜を取りにいくべく、一旦外に出る。
今日のご飯はなに? と母さんに聞くとちょっと地味な答えが返ってくる。
「不満そうにするならご飯抜きにします」
「ごめんなさい!?」
「いいですか? 毎日献立とか考えたりするのはとても大変なのです。特に貴方達二人は沢山食べますから、よく考えて食材を使わないとすぐになくなってしまってもう大変で大変で―――」
母さんの愚痴が始まってしまった。
若干後悔しながらも畑の方へ向かおうとすると、知った気配がこちらに近づいてきていることに気付く。
「あ、カ、カイトが帰ってきたよっ!」
「あら、早いですね」
街へ通じる道の方を見ると、ちょうどカイトの姿が見える。
なにか釣れたのかな?
大きい魚だと嬉しいな。
そんな期待を込めて、カイトを見ていると彼が荷馬車のようなものを一人で引いていることに気付く。
「……? なんで荷馬車?」
街に行くときは持っていってなかったよね?
疑問に思っていると、私達の姿に気付いたカイト君がこちらに手を振ってくる。
「おーい! リーファー! シーナさーん!」
凄い笑顔だ。
物凄い笑顔だ。
多分、これまで一緒にいた中で一番の笑顔でこちらに手を振る彼が引いている馬車の上には、呆れるほどに巨大な魚がのせられていた。
その魚の傍らには、どこか疲れた様子の姉さんが冷気の魔法を魚に吹き付けている。
「な、なにあれ……」
あんな魚どこにいたの?
なんで、ここに住んでいた私でも全く知らない怪物を釣り上げているの?
大きい魚がいいなとは思ったけど、予想の三倍くらい大きいんだけど。
「か、母さん……」
「まさか、食材すらも調達してくれるなんて……彼は、我が家の救世主かなにかですか……?」
口元を押さえながらガチで感動している母さんを見て普通に引く。
うちの食事事情はそこまで深刻なの……?
まだ一日しか滞在していないのだけど……。
でも、あんなに大きな魚、どうしたのだろうか?
「ふ、ふふ、予定変更です」
「え?」
「今日は屋外で食べましょう」
外で食べる? 外食なの?
首を傾げる私に、上機嫌に微笑んだ母さんは畑ではなく家の方へと向かって行くのだった。
●
———壮絶な、戦いだった。
街の人々が固唾を飲みながら見守る中、僕は一匹の巨大魚との戦いを強いられた。
太陽の光を反射する銀色の鱗、2メートルを優に超える巨躯。
まさしく、怪物といってもいい魚との戦いは永遠とも思えるほどの時間を感じさせた。
だが、長く続いた攻防の末に巨大魚が疲れを見せたその隙を狙い、僕は渾身の力で釣り上げることに成功した。
歓声に包まれる港。
勝利の余韻に浸りながら、ライムが変身した釣り竿を掲げる僕。
もう、今日これまでに起こったこと全てを忘れるほどの充足感を抱きながら、僕達は今日一番の釣果をリーファとシーナさんの待つ家へと持ちかえった。
「漁師さんが親切な方で本当に良かった。血抜きも内臓の処理もしてくれたし、馬車も貸してくれたからなぁ」
街の人の話によれば僕が釣った魚はこの湖に生息する魔魚らしく、その気性の荒さから小さな小舟などはあっさりと破壊してしまうほど危険な魚とのこと。
まさしく、漁師にとっては美味しくもあり危険な魚ではあったが、これほど大きなサイズのものは初めてらしい。
『気にすんな、いいもんを見せてくれた礼だ!』
快活に笑いながら巨大魚の血抜きなどをしてくれた漁師さんのことを思い出しながら、僕は目の前の光景に意識を戻す。
リーファの家に魚を届けた後、シーナさんはすぐに昼食の準備に取り掛かった。
「こういう時は、一気に網焼きにしちゃうのが一番なんです」
ジュワァ、という音を響かせながらステーキと見間違うほどの大きな魚の切り身が金属製の網の上に置かれる。
巨大魚の調理法はシンプルな網焼きであった。
焼きながら調味料を振って味付けし、お皿に盛り合わせるだけ。それだけで脂がたっぷりのった味が楽しめる。
「むぐむぐ」
「もぐもぐ」
リーファとニーアは無言のままもぐもぐ食べまくっている。
まあ、ニーアの冷気の魔法で保存が利くとは言え、早く食べないと駄目になっちゃうからな。
下手をすれば虫も寄ってきちゃうし。
「カイト、美味いな!」
「そうだね、皆もどう?」
「ウォン!!」
「キュー!」
「シャー!」
使い魔達もご満悦だ。
僕もお皿に乗せられた大きな一切れをほぐし食べると、口いっぱいに魚特有のほどよい脂と旨味が広がっていく。
「この魚は、見た目も味も僕達の世界にいた魚、シーバス、スズキに似ている」
「ふむ? そうなのか?」
「ならば、その名前は“タイラントスズキ”というのが相応しい……!」
「マジックシーバスでいいのでは?」
シフの鋭いツッコミを聞きながら僕達も巨大魚―――マジックシーバスに舌鼓を打つ。
「でもすごいですね。こんな大きな魚を釣れるなんて」
「ある意味で僕だけにしかできない特技みたいなものですけどね……」
「? それはどういう……」
魚を焼いてくれているシーナさんに僕の純魔の魔力の特性と、それを利用した釣りについて説明する。
あらゆる生物に恐れられはするが、魔力を持つ生物を引き寄せる純魔の性質。
それを利用したのが純魔フィッシングだ。
……説明しながら気付いたけれど、シーナさんは魚を焼いているだけでまだ食べられていないようだ。
「代わりますよ。シーナさんもどうぞ食べてください」
「え、いえ、大丈夫ですよ?」
「任せてください」
シーナさんからトングを受け取り、魚を焼く作業を交代する。
切り身は既に切ってあるので、あとは焦がさないように焼くだけの単純な作業だ。
「……息子にしたい」
「え?」
「んんッ、なんでもありませんよ?」
そうですか? ならいいんですが……。
にこやかな笑顔のままのシーナさんから網の方に視線を戻す。
焦がさないように焼くのは得意だ。
夜営で何回も魚を焼いたこともあるし、加減は分かっているからな。
「カイト君、おかわりー」
「カイト、おかわりー」
「君達、ついさっき渡されたばっかりじゃなかったっけ?」
結構大きな部分をもらっていたはずが、まだ三分も経ってないぞ……?
とりあえず今焼いた魚に塩などを振った後に、差し出されたお皿にのせてあげる。
「そういえば、リーファ」
「む?」
「僕が従者だって、街の人に明かしちゃった」
「もぐもぐ、ごくん……そうなんだー」
「そうなんだ」
魚が焼かれる音だけが響く。
数秒ほどして、僕の言ったことに気付いたのか驚愕の面持ちでリーファがこちらへ振り向く。
「いや、なんで!?」
「実は―――」
まずはそうなった経緯を僕とシフとニーアと共に説明する。
ダッドという同い年くらいの少年に絡まれた、色々と勇者についての酷いことを言われたこと。
それに怒った僕が自身の身分を明かしたこと。
簡潔にではあるが、僕達の説明にリーファとシーナさんは、顔を顰める。
「ダッドかぁ。いるとは思ったけど、まだそんなこと続けてたんだ。私がその場にいなくてよかった」
「いたら、殴ってたから?」
「うん。純魔覚醒状態で殴ってた」
「死んじゃうからやめようね……?」
素の状態でも身体能力高いのに、力を解放した状態で殴ったら大変なことになってしまう。
……いや、それはニーアも同じかもしれないか。
子供の姿だっただけで、元の姿だったら魔の力を解放して殴りかかっていたのかもしれない。
「そういうことなら、文句はないよ。カイトは間違ってない」
「よかった。あ、実はヘンディル仮面としてサインを求められたんだ。覆面は没収されたままなのが残念だったけれど、なんだか嬉しくなっちゃって……」
「私の判断も間違ってなかった……!?」
いやぁ、まさか『ヘンディル仮面さんですよね!』と話しかけられるとは思わなかった。
やっぱ時代が来ているのかな……?
「ダッド君ねぇ。昔からああいう子なのは知っていたけど、まさかそこまでしているなんて思いませんでした」
「……あいつ、もしかしたら父親に泣きついてるかもよ? カイトがリーファの従者だってことも信じているかどうか怪しいし」
「そうだとしたら、今日中にここにやってきそうですね」
今日中にまた彼がここに来るのか?
うーん、できれば二度と会いたくないんだけれども……。
思わず苦々しい顔になってしまう。
「まあ、心配はないでしょう。むしろここに来るとしたら難癖をつけにくるのではなく、もっと別な目的でしょう」
「……そうなの?」
「そもそもこんな小さな町の権力者が、国の代表である勇者より偉いなんてことありえませんから」
シーナさんは確信するようにそう口にする。
たしかに、それもそうかと思いながら僕は気を取り直して魚を焼く作業に集中する。
今日中に来るかもしれないというが、一体何をしにくるのだろうか?
タ イ ラ ン ト ス ズ キ
さすがにこれは私もないと思いました。
何気にニーアの魔法で食材を冷凍することもできて便利。




