第二百十五話
第二百十五話です。
親がいないという事実を、蔑んだのか?
それは、蔑まれるだけ悪いことなのか?
ましてや、赤の他人に。
「父親の姿なんて一度も見たことがねぇしな。だから、あんな礼儀も何もないやつが出てくるんだろうな」
「……」
「どうせ、父親の方は碌な死に方をしなかったんだろ。俺の親父は、あいつらの母親には頭が上がらないらしいが……そもそも、あんな化物みたいな奴らの母親なんだ。どうせ碌な女じゃないだろ」
———なるほど。
ニーアが人を傷つけた理由が分かった気がした。
僕は大きなため息をつく。
僕が残念がっていると勘違いしているのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべているダッドだが、そんな彼に僕は腕を突き出す。
「———ぇ?」
真っすぐに突き出された腕はダッドの顔すれすれを通り過ぎ―――後ろから彼に襲い掛かろうとしていたニーアの腕を掴み取る。
「ッ、カイト君! 離して! こいつ、また母さんを―――」
「……やめろ、皆が見ている」
ダッドの背後から襲い掛かろうとするニーアを、止める。
小さくなっても腕力は並み以上にあるニーアを右手で押さえつけながら、フードが外れてしまった彼女を隠すように抱き寄せながら、大人しくさせる。
「それ以上は、許されない。分かっているだろう?」
「……っ」
「……そりゃ、怒るよな。ごめん、でも君に人を傷つけさせるわけにはいかない」
誰にも見られないように彼女にフードをかけた僕はそのまま立ち上がる。
振り向けば、さっきのショックでしりもちをついたダッドが傷ついてもいない頬を押さえて、こちらを睨みつけている。
「い、いきなりなにするんだ!」
「ごめん、僕からしっかり言い聞かせておくからこのことは―――」
「うるさい! 俺にこんなことしてただで済むと思うなよ!」
そもそも言葉が通じてない。
どういう育ち方をしたらこうなるんだ……?
額を押さえながら、僕はこれからの“静か”な予定を諦めることを決断する。
これ以上喚かれる前に、振り上げた足に肉体強化を纏わし―――地面に叩きつける。
「ヒッ!?」
轟音。
土の魔法で作られたコンクリートに似た硬さの地面に、大きな亀裂が入る。
足を引き抜けば、そこには足の形そのままのくぼみができており、それを見たダッドは信じられないといった目で僕を見上げる。
「ば、化物……」
「シフ」
「うむ、私も頭にきている。だから思う存分にやれ、カイト」
天を仰ぎながら肩に飛び乗ってきたシフに声をかける。
ゴーサインが出た。
本当はもっと隠すつもりだったが、もういいや。
「お、俺の親父はこの町の偉い―――」
「勝手にするといい。用があるなら、町はずれのリーファの家を訪ねて来てくれ」
「———は?」
「そのときは“勇者の従者”アリハラ・カイトとして対応してあげるから」
僕の言葉に、何事かと集まっていた人々がざわつく。
嘘だと思う人もいるだろう。
だが、そう思わせないために僕はハクロを出現させ、腕にのせたシフを帽子へと変化させる。
『黒猫の使い魔にオオカミ……ほ、本物だ……!』
『ど、どうしてここに……』
『嘘……! ヘンディル仮面の中の人……!』
リーファを知っているのなら当然従者の僕も知っているのか、町の人々は僕の存在に気付いていく。
自分が誰にリーファの悪口を言っていたのかを理解したのか、ダッドを含めた少年たちは唖然とした様子だが―――もう、僕も堪忍袋の緒が切れた。
「この町がリーファの名で栄えているその意味が分かっていないはずがないよね? これ以上好き勝手するようなら―――」
顔を青ざめさせ、言葉すらも発せられないダッドに目線を合わせる。
僕が彼に今何もしないのは、リーファの従者だからだ。
ここで暴力を振るってしまうのは簡単だが―――僕の振る舞いがそのまま彼女の評価に繋がる。
「―――覚悟しておけよ。君があの子に向けて口にした言葉に怒っているのは、この子だけじゃない」
「……カイト君……」
ニーアの頭に手を乗せながらそう言葉にする。
まだフードを被っているので、ニーアの顔は知られていない。
それに一安心しつつ、ダッドに視線を戻す。
「君は、この国に選ばれた“勇者”を侮辱したんだ。それも悪意を以って旅行者に教えている。しっかりと、城の方に報告させてもらう」
目線を逸らそうとするダッドの顎を掴み、無理やり視線を合わせる。
今の僕は無茶苦茶目が血走っているだろう。
他人の事情を知らずに、決めつけ、挙句の果てにはそれを何も知らない人に吹聴する悪辣さ。
本当に度し難いほどに、僕は怒っている。
「ここで幅を利かせるのは勝手だけど、喧嘩を売る相手を間違えたな」
「……ひっ……」
「少なくともリーファは君とは違って人を思いやれる心を持った勇者だ。それを否定したいなら、旅行者相手に悪評流すようなコスいマネしないで、胸を張れることをしてみろ」
大切な相棒を虚仮にされたので、もう手加減はしない。
城に伝えることは既に決定している。
ダッドという少年の親がどれだけ偉くとも関係ない。
「っ、ぁ……」
そのまま手を離すと、ダッドと取り巻き達はその場を逃げ出した。
その背中を見送りながら、僕は町の人々へ目を向ける。
「すみません! お騒がせしました!」
とりあえず深々と頭を下げて騒ぎを起こしてしまった謝罪をする。
しょうがないとはいえ、注目を集めすぎてしまった。
うわ、昨日、露店で人形を売っている女性も目を丸くしてこっちを見ているし……。
「さて……」
とりあえず、釣りに戻ろう。
海へと振り返りながら、ライムが変身した釣り竿を握りしめる。
「いや、まだ釣りをするのか!?」
帽子から黒猫へ戻ったシフが元気なツッコミをいれてくれる。
「ここまできたら、もういいかなって。あわよくば釣り人として認識してもらって、そういう方向性で話題になってもらえば釣り人テイマーとして遠慮なく動けるかなって……!」
「願望漏れまくりだぞ……」
開き直れば全て良し。
ずっと視線を感じるが、視線なんて四六時中感じているから全然気にしないね。
意気揚々と釣り竿に魔力を送っていると、僕のすぐ隣にニーアが座ってくる。
「あの、さ」
照れくさそうに俯いていた彼女が、顔を上げる。
「……ありがとね、カイト君」
「はあぁぁぁぁ、ぶん殴っとけばよかった……」
「でも、我慢できたのはすごいと思う。私は、できなかったし」
多分、ニーアは同じようなことをさっきの輩から言われたのだろう。
それも、今聞いたものよりずっと酷いものを。
「大切な家族をバカにされたら、冷静になんてなれない。まあ、その後に暴れまわるのは間違っているけどね」
「ははは、あの時はなんというか自分の力を押さえつけておくことが間違いだったって思っちゃってね。……正直、今でもそう思っている」
「だろうね。君は戦いを楽しんでいる」
「……うん」
彼らを攻撃してしまったことは切っ掛けにすぎないのだろう。
この子は怒りに任せて人を傷つけた。
だけど、それで戦いの本能に目覚めて、それを楽しむようになってしまった。
「でもね、こういうのもいいかなって最近思うようになった」
「こういうの?」
「リーファとカイト君の言うような、普通の日常ってやつだよ」
「そっか……」
そう思えるようになったことは、大きな変化と言えるのだろう。
僕はそれ以上言葉にせずに釣りに集中しようとする。
「まあ、ペットって認識じゃないのは分かっただけでもいいかな」
「ん? なにが?」
「ううん、こっちの話」
……? まあ、いいか。
———ッ!?
手に持っている釣り竿に大きな負荷がかかる。
「き、きた!」
ヒット、だがとてつもなく力が強い……!
マジックトラウトの比じゃない……!
足を広げ、湖に引き込まれないように足を踏ん張らせる。
周囲で様子を伺っていた町の人達も、大きなざわめきを見せ固唾を呑んで見守ってくれている。
「肉体強化……!」
「そこまでするのか!?」
肉体強化をして釣り竿を引っ張る。
すると、30メートルほど離れた湖面に大きな波紋と水しぶきが舞う。
逆光でその姿は見えないが、でかい。
少なくとも2メートルは優に超える大魚が、弧を描くように飛び上がり湖面へと戻っていく。
「え、え、なにあれ!?」
「ふ、フハハハ! 面白い!! 面白いぞォ! お前が、お前が僕が求めていた存在だ!!」
今にも湖に引き込まれそうな力。
右へ左に振り回す剛力———まさか、こんな強敵が待っているだなんて思いもしなかった。
僕は両手で竿を握りしめながら目の前の大魚との戦いを開始するのだった。
巨大魚と遭遇して本編で最もテンションの高いカイト。
カイトがヘキル君にもやった足ドンの強化版。
尚、後にその足跡が刻みつけられた港がジーグニリアの観光名所になる模様。




