第二百十三話
第百十三話です。
リーファとニーアの母親、シーナさんとの邂逅はかなり衝撃的なものであった。
ラリアットで一発KOされるリーファ。
ロープ術に捕まり、捕縛されお尻を叩かれかけたニーア。
あの二人をほぼ一瞬で動けなくさせる時点で、凄まじい実力者であることが分かる。
「どうぞ、くつろいでね」
居間に案内されると、テーブルとソファーが置かれている。
言われるがままにソファーに座ると、隣に気絶したリーファが下ろされる。
……見事なラリアットだったな。
そんなことを思っていると、対面の椅子に顔を青ざめさせたニーアが座らさせられる。
「話は後で、じっくりと聞かせてもらいます」
「あい……」
笑顔、だが目は笑っていないシーナさんの声にニーアが頷く。
すると僕の視線に気づいたのか、何かを訴えかけるような視線を送ってくる。
―――タスケテ
そう言っているような気が……いや、絶対にそう言っている気がする。
しかし、これはある意味でニーアにとっての一番のお仕置きなので、彼女の今後を祈って黙とうをささげておく。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたカップを受け取りながらお礼を言う。
続いて、手作りと思わしきお皿に乗せられたお菓子も出される。
……家の内装は外から見たイメージ通り、童話にでも出てきそうな物で溢れたものであった。
しかし、それが散らかっているというわけではなく、必要な場所に必要なものが置かれているといった感じだった。
「はい、貴方の使い魔達の分もどうぞ」
続けて差し出されるミルクの入った四つのお皿。
咄嗟にお礼を言おうとしてしまったが、まだ全て出していない使い魔達の数を把握されていることに驚く。
「どうして……」
「リーファの従者君がテイマーということは知っていますからね。それに、不思議な気配のする使い魔達ですし、すぐに分かります」
「そ、そうですか……」
そりゃ、知っているか……。
ハクロの分も用意していることは、彼の気配も分かっていたのか?
疑問は残るけれど、とりあえず紅茶でも飲んで落ち着こう。
「シーナさんは、戦闘の経験とかおありなんですか? その、手慣れていたようなので」
さきほどのリーファとニーアを一瞬に沈黙させた一連の行動。
早いと言うこともあったが明らかに手慣れていた仕草だった。
僕の質問に、シーナさんは恥じるように頬に手を当てる。
「昔、少しばかり冒険者まがいのことをしていた名残です。そんなに大したことはありませんよ?」
「母さん、いくら若い子の前でも弱々しくする必要ないじゃん……ヒッ!?」
隣で小さく何かを呟いたニーアにシーナさんは笑みを向ける。
それだけでただでさえ小さくなった身体を縮こませるニーアに疑問に思いながらも、謙遜するシーナさんに首を横に振る。
「いえ、リーファへの一撃は見事なものでした。ロープ術もとてもすごかったですし」
「よければ教えてさしあげましょうか?」
「いいんですか……!?」
実は前からロープ術ないし鞭を操る技術を学びたかったのだ。
セーラさんから学べないか考えていたけど、あまり機会に恵まれなかったし。
「———むぐ、ハッ!? 母さんに殺される!?」
「寝起きになんてこと言うんだ……」
丁度、気絶していたリーファが目覚める。
首をさすりながら、周囲を見回した彼女はぶるぶると身体を震わせる。
「お、鬼の住処に来てしまった……!」
「誰が鬼ですか?」
「ひぃ!?」
いつの間にかニーアの隣、僕の目の前の席に座っていたシーナさんは薄く目を開く。
笑っているのに、笑っていない。
むしろ怒っているとすら思える雰囲気を放っている。
「リーファが何をしていたのかは、分かっています。国のために勇者として働いていたのでしょう」
「う、うん、そうなの。だから忙しくて」
「嘘だぞ。暇をしている時もあったぞ」
「シフッ!」
口を挟んだシフにリーファは慌てる。
シーナさんは、やや驚きながらも頬に手を当てる。
「話には聞いていましたが、喋る魔物なんて本当に珍しいですね。……それに、面白いことを訊きました」
「あ、あわわ」
「まあ、そのことについては後でよぉぉく話を聞きますので後にしましょう。それより、カイト君」
「はい?」
唐突に声をかけられる。
驚きながら返事をするとシーナさんは、続けて言葉を発する。
「リーファとのお付き合いはどれくらいですか?」
「なっ!?」
「か、かかか、母さん!?」
付き合い?
そのくらいなら、簡単に答えられるな。
「付き合いですか? 半年ほど前からですね」
「あら、勇者に選ばれたすぐ後くらいですか?」
「はい」
「では、告白はどちらから?」
「どちらから……?」
……どういうことだ? まさか男女間の告白とかじゃないよな?
話の流れからして、おかしすぎるし。
もしや、リーファの正体が魔物混じりだってことを告白した時の話か?
魔物混じりのリーファが僕にそれを明かした時のことが気になるのか?
まあ、母親だからこそ気になることなんだろう。
「リーファからです」
「ぶっ……!?」
紅茶を噴き出すリーファ、咄嗟にユランが手近な布巾を差し出したことで零れずに済んだわけだが、いったいどうしたのだろうか?
シーナさんは、滅茶苦茶ご機嫌だぞ。
「リーファ、大丈夫か?」
「カイト、意味わかってないよね?」
「ちゃんと分かっているぞ。失礼な」
「……あとでちゃんと説明しておこう……」
さきほどのラリアットでここまでのダメージを受けていたのか……?
もしかして、この四者面談に気まずさを感じているのか。
「ふふふ……。貴方から見て、リーファは普段どんな様子ですか?」
……安心しろ、リーファ。
君の印象が悪くならないように、しっかりとフォローしてやるぜ……!
この世の絶望みたいな顔をしたリーファにサムズアップをする。
「駄目、この空気に吐きそう……」
「母さん、カイト、やめてぇ……」
やはり限界が近いのだろう、リーファもニーアも顔色が悪い。
ここは僕が頑張らなければならない……!
「そうですね。たくさん食べます」
「……へぇ」
とりあえず、当たり障りのないリーファの普段の姿を口にする。
基本、エネルギー補給しているような子だ。
「普段、あまりお金を使わないのでその分食費に当てているようです」
「服とかはやっぱり買っていなかったのかしら?」
「そんなことはないですよ。ちゃんと寝間着も用意していましたし……」
そう答えると、シーナさんは少し悩む素振りを見せる。
すぐにこちらに視線を戻すと、人差し指を立てる。
「服屋で数分足らずで選んだ上下セットのものですか?」
「あ、それです。よく分かりましたね」
「ふふふ、母ですから」
ははは、と笑い合う。
「この娘も年頃の女の子なんだからちゃんと服も選んで欲しいんですけどねぇ……」
「本人曰く、ありのままの自分が一番らしいです」
意外とうまく会話できているぞリーファ……!
このままスムーズにいけば峠は越えられるぞ……!
「あ、でも僕達が懇意にさせてもらっている宿の主人にちゃんとしたご飯を食べさせてもらっているので、食生活については安心していただいても大丈夫ですよ」
「そうなのですか? その方のお名前を伺っても?」
「メルクさんという方です」
「お世話になっているでしょうし、お礼の品でも送りましょうか……」
事実、メルクさんには滅茶苦茶助かっている。
ライラ曰く、だんだんと上がっていくはずの宿代が僕だけ変わっていないことに、若干の恐怖を抱いてしまうけれども。
「でも、カイト君には色々と苦労をさせているでしょうね」
「いえいえ、そんなことありませんよ」
「……隠さなくてもいいのですよ? この子達のだらしなさは一番よく知っていますから」
うーん、多分、リーファが何かしらやらかしている確信をしているのだろう。
シフがそわそわしながら僕を見上げているあたり、隠し通すのは難しい。
「それなりに行動を共にしてきましたし、直してほしいところはありますが、それ以上に僕も助けられていますから」
「そう、この子が……」
娘の成長を喜ぶようにリーファに穏やかな視線を送るシーナさん。
「苦労をかける以前に、僕自身の魔力が原因で騒ぎに巻き込まれたりすることもあるんです」
「純魔の魔力?」
「ご存知でしたか……」
「珍しい魔力ですからね」
普通の純魔は珍しいが、金の純魔の魔力の使い手はこの世界でも僕しかいない。
珍しさ故に僕の魔力も広まっているのもおかしくはない。
「勇者になる前まで、リーファも魔物の力に振り回されていました。暴れるようなことがあれば、いつも私が止めていましたが、今はこうして落ち着いている……」
「母さん……」
「隣のバカ娘は、家出を許してしまいましたが」
存在感を消そうとしていたのかちぢこまっていたニーアをシーナさんが睨みつける。
「騒動に巻き込まれるとしても、貴方の存在はこの子達にとって得難いものであることは確かでしょう。私には、もう何かしらの縁があるとしか思えませんね」
「縁、ですか」
リオンさんの手引きがないという言葉が事実だとすれば、僕とリーファが遭遇したことは偶然ということになる。
彼女の魔物の力を抑えられる唯一の存在が僕なら、縁と言われるのも分かるな。
「……それで、やっぱりありますか?」
「はい?」
「リーファに直してほしいところとか」
質問が変わってるけど、さっきとほぼ同じなんですけど。
……仕方がない、嘘をついてもバレそうだし、比較的怒られなさそうなものを挙げるか。
「あー……勝手に部屋に忍び込んできたり、隣の部屋から聞き耳立てるのはやめてほしいですね」
「なにやっているんですか、リーファ……?」
「母さん、誤解!? カイトもなに言ってんの!?」
慌てた様子で立ち上がるリーファを、シーナさんはこれまでとは違った引いた様子で見る。
「なんで嫌われてないの……?」
「それが娘に対して言う台詞なの!?」
ガビーン、と狼狽えるリーファから視線を逸らした彼女は再びこちらを見る。
その表情は心なしか引き攣っているように見える。
「だ、大丈夫ですか? この娘、とんでもない粗相をしていると思うんですが……!」
「いえいえ、慣れてますから。そのくらいで今更、怒ったりはしませんよ」
メリアとかリオンさんとかで。
人間慣れたらなんでも平気になるのだ。
笑いながらそんなことを言うと、硬直したシーナさんは、不意に立ち上がるとリーファを連れて部屋の隅に移動した。
『リーファ、洗脳は駄目ですよ?』
『母さんは、娘をなんだと思っているの……?』
『大切で可愛い……恥ずかしい、娘?』
『恥扱いされる娘ってどうなの?』
なにか話している。
とりあえず、目の前のビスケットを取りシフ達に渡す。
『カイトは、ちょっと複雑な事情を抱えているの』
『弱みを握っている……?』
『母さんはまず娘を信用することから始めよ……?』
ちょっと長引きそうだな。
プチ家族会議というやつだろうか?
前に座っているニーアが、さきほどから固まったままなので緊張を和らげるために、お菓子の入ったお皿を軽く押し出す。
「ニーアもどう? 美味しいよ?」
「……あ、うん、ありがとう」
サクサクと小動物のようにお菓子を食べ始めるニーア。
その姿になんだか感慨深い気持ちになっていると、僕の視線に気づいたのか彼女が僕を睨んでくる。
「な、なに?」
「いや、なんだか最初に襲い掛かってきた時とは違うなって」
「……多分、リーファと同じで、戦闘を求める魔物の本能が君の純魔の魔力で鎮静化されているんだと思う」
そういうことか。
よくよく考えれば、リーファの内の魔物の力も抑えられたんだし、ニーアも例外ってことはないか。
なんか、純魔の魔力ってアロマキャンドルみたいだな。
「というより、まだここに来た目的を話してないな」
もちろん、リーファとニーアの帰郷という目的もあるが、もう一つの目的は二人の身に宿る神獣の力について関係がありそうななにかを探すことだ。
とりあえず、シーナさんからの質問が終わったら話を切り出してみようかな。
この主人公、実は病んでいるのでは……?




