第二百六話
第二百六話です。
カイト暴走回。
「ごめんね、あの上着は売り切れなんだよ」
「カッッッ……!?」
その言葉を懇意にしている服屋の店主さんから聞いた瞬間、僕は膝から崩れ落ちた。
床に膝を尽き、呻いている僕に使い魔達が心配してくれるが、いったいどういうことだ……!?
「そこまでダメージ受けるほど……?」
「私の攻撃受けた時よりダメージあるよね、これ……?」
後ろのリーファとニーアが引いているが、僕にとってはそれどころではない。
困った顔をしている店主さんに、なぜジャケットがないか伺ってみることにする。
「いつもあんなに余っているのに!? なぜですか!?」
「そりゃあ、お前さんが勇者様の従者だって話題になったから、買い手が多くなっただけさ」
「なにゆえ!?」
「あんたは勇者様と同じく、話題の塊みたいなもんだからね。旅行者とか、子供とかが似た服を欲しがるんだよ」
まさか、有名になることでそこまでの弊害が起こるとは思わなんだ。
だが、あのジャケットの良さを子供達に知ってもらえたのなら、それでいい。
「しかし、あんたのおかげでこっちは繁盛させてもらっているからね。目当ての服はないが、ここにあるものを無料でやろうじゃないか」
「え、悪いですよ」
「いいよいいよ、それに勇者様にゃしっかりと活躍してもわなきゃならないしね」
快活に笑った店主さん。
……そこまで言うなら、お言葉に甘えようかな。
「では、マスクってありますか? 覆面でもいいです」
「またなんか変なことをしようとしてるのかい?」
またって、なんですかまたって。
そんな高頻度でやらかしてなんていないんですけど。
「いえ、依頼の関係で必要なので」
「そうなのかい? ……仮装に使う、覆面なら奥にあったはずだけど……」
訝し気にこちらを見ながら、店の奥の箱を伺う店主さん。
その様子を見ていると、ふと背後からニーアが声をかけてくる。
「ジャケットってカイト君が前の戦いに着てた時のあれだよね?」
「うん」
「でも、あれダ――」
ニーアが代わりの服を取り出しながら何かを口にしようとした瞬間、慌てた様子のリーファが彼女の口を手で塞いだ。
「……“ダ”?」
「ダンディって言いたかったんだよ、姉さんは」
「へぇ、そうなんだ」
「それよりこれ」
僕の顔を見て顔を青ざめさせるニーアから服を取ったリーファがそれを見せてくる。
彼女の気遣いに素直に嬉しくなりながら僕は、掌を前に掲げ首を横に振る。
「いや、僕にもこだわりというものがある。違うジャケットでは半分の力しか出ないかもしれない」
「うわ、面倒くさ……」
「ん?」
「な、ななな、なんでもない!」
自分の口を押さえるニーア。
まあ、気にするほどでもないか。
「そんなことだと思って、持ってきたよ。カイト」
「ジャケットをか!?」
「違うけど、今こそこれを着る時だと思うんだ」
ずぃぃ、と自分の影に手を差し込んだリーファが服のようなものを取り出す。
やっぱりその影便利だなぁ、と思っているとやはりというべきか、これまで僕が着ることを逡巡していた黒色のコートが出てきた。
「はい、これ」
「……これも、年貢の納め時か」
コートを受け取る。
今の僕は、上にシンプルなシャツを着ているだけなので、このまま着ることができるが、これを着るのは依頼に取り掛かる前にしよう。
リーファにもう一度、コートをしまうようにお願いしていると、店主さんが頼んだものを持ってきてくれる。
「いや、この前の一年前の祝い事の仮装用の覆面だけが残ってたんだけど、これでいいかい?」
「これは……」
見せられたのは白地の覆面。
しかし、特に動物の顔とかそういうものが描かれている訳ではない。
だが、顔に位置する部分には、僕達ヘンディル王国に住む人々にとって馴染み深いシンボルが刺繍されていた。
「うわぁ、なにこれ」
「カイト君、これはやめておいた方が……」
「うむ、さすがにこれは駄目だと思うぞ」
「ああ、見つけたのもなんだが、これは勧められな―――」
「これにします」
「「「「ええ!?」」」」
まさしく、これこそがヘンディル王国の冒険者とも言える覆面。
見た目もかっこいいので、気に入った。
唖然とする店長さんから覆面を譲り受けた僕は、リーファ達と共に店を出る。
「リーファ、これカイト君だけ不審者になるんじゃないの……?」
「いざというときは、他人のフリしよう」
「……うん、それが賢明だね」
なにやら小声でコソコソと話している。
まあ姉妹同士の会話にいちいち聞き耳を立てる必要もない。
「よし、依頼を受ける前にご飯でも食べに行こうか」
「私、お肉がいい!」
「私も!」
こういう時だけ仲がいいな。
二人して同じ料理を要求してくる二人に苦笑しながら僕達は午後の依頼に備えるべく腹ごしらえをすることになった。
●
どうやら、カイトとリーファがセントレアルから帰ってきたらしい。
金の冒険者としての依頼を終え、ギルドの職員のマイからその話を聞いた俺は、とりあえず顔くらい合わせておこうかと思い、彼らが依頼を受けている場所へ向かうことにした―――のだが、
「リック、二人はどこで依頼をしてるんだっけ?」
「なんでお前がついてきてんだよ、スノウ」
「私も今日、依頼帰り。リーファとカイトに会おうかなって」
俺と同じ金の冒険者のスノウが、何考えているのか分からない、のほほんとした顔でそんなことを口にする。
……いや、ここはセラよりもマシだと思っておこう。
戦闘時以外変なことしねぇ分、こっちの方がまだマシだ。
「あいつらも変な依頼を受けてんな」
「立場的にここを離れられないからしょうがないんじゃないの?」
「まあ、そうだろうが」
ギルドからの依頼。
それも中々に面倒な時間のかかるものを選んでいるとはな。
前は、それでお掃除テイマーなんて変な異名をつけられていたわけだが。
……それはともかく、カイトとリーファは凄まじい成長を遂げ金の冒険者となった。
同じ金の冒険者としては、それは歓迎するべきことだ。
「それに、カイトは金の中でもまともな方だからな」
「そうだね。私以外は全員変人だし」
「お前はもっと自分を客観的に見ろや」
手加減を知らないバーサーカーのくせに何言ってんだ。
俺も自分が適当な性格だと自覚しているが、それでも他の奴らよりはましだと思っている。
……そろそろカイト達が依頼をしてるって場所の近くだな。
「……なんだ? 人が集まっているな」
何かを遠巻きに見ているようにして、まばらに街の人が一方向を見ている。
皆一様に困惑と、なにかに期待しているような表情を浮かべているが、なにか事件のようなものでも起きたのか?
周囲を気にしながら前へと進んで行くと、視線の先に黒い人影が道端でなにかをしているのが見える。
「え、なにあれ?」
それは、白地の覆面の上に黒い帽子を被った黒コート姿の不審者であった。
いや、覆面の顔に当たる部分には、ヘンディル王国を表す“炎に包まれた虎”が描かれた紋章が刺繍されており、そのへんてこさがさらに異彩を放っている。
覆面を被った不審者は、黙々と手に持った箒を大きく掲げると、風のようなものを纏わし、大きく振るう。
「ぬぅぅん!」
すっげぇ聞き覚えのある声と共に木の葉が宙を舞う。
そのまま四方に散るかと思いきや、空をこれまた見覚えのあるオオカミが全ての木の葉をかき集め、竜巻に乗せながら一か所に集めてしまう。
一瞬にして、男の周囲の木の葉が掃除されたことに、周囲にいる人々は歓声の声をあげた。
「む、むむ!?」
どきりと、肩を震わせた不審者があたふたとしながら、周囲にお辞儀を返すと再び掃除を始める。
……え、なにこれ。
大道芸、ではないよな?
しかも今の声と使い魔は、もしかして―――、
「え、嘘、やだ、かっこいい」
「お前、嘘だろ……?」
隣の予想外の感想に、思考が無理やり中断させられる。
常に感情をあまり表に出さないスノウが目を輝かせてやがる。
「顔に刻みつけた愛国心を武器に戦う、ヘンディル仮面……」
「もう名前つけてるじゃん……」
こんな一面知りたくなかったと思いながら、俺は周囲の視線に晒されながらそれを気にもせずに黙々と掃除をしている不審者―――いや、カイトに目を向ける。
「いや、あいつ、本当に何やってんだ……?」
勇者とか従者とか金の冒険者以前に、どこに向かっているか分からない行動をしているカイトに、ただただ唖然とさせられるしかなかった。
初めての黒コート着用を、それ以外の要素で台無しにしていくスタイル。
覆面のデザインを例えるなら、顔に日の丸マークがどどんと刺繍されてるようなものです。
なお、視界は最悪。




