第百九十三話
第百九十三話です。
透明な膜のようなものに包まれた船は、バランスを失い斜めに倒れかけていた。
しかし、それでも地上には落下せずに、それどころか船から落ちる物資も宙に浮かぶように空へと浮き上がってしまっている。
「ただ壊すだけなら簡単だが、それじゃあここに落としちまうからな」
そう呟いたウィルさんは、空を見上げながらふわりと浮き上がる。
そのまま僕達を一瞥した後に、尋常じゃない速さで船と同じ高さに昇って行ったウィルさん。
「……ッ、肉体強化!」
視力を強化させ、空高くにいるウィルさんの姿を見る。
リーファは素で視力がいいので、食い入るように空を見上げているが―――近くにいるチサトとセーラさんは一生懸命に目を細めている。
「え、カイト君とリーファは見えるの? 私、ウィルさんの姿が豆粒くらいの大きさにしか見えないんだけど」
僕とリーファが頷くと、チサトは目を細めているセーラさんに話しかける。
「セーラは?」
「私は素で目がいいから見えるわよ」
「私以外、視力マサイ族並み……!?」
その驚きはどうなんだと内心でツッコみをいれながら、ウィルさんの動きに注視する。
彼はローブを風になびかせながら、船を包んでいた膜を解いた。
「あれを解いた……!?」
「え、なに!? なにが起こってるの……!?」
「カイト、砲台がウィルさんに向けられてる」
「ここで逃げないのは、無謀よねぇ」
「わざとかな!?」
ウィルさんの姿を確認したのか、空に浮かぶ船の砲台全てがウィルさんへと向けられる。
今まで都市に落としていた魔力弾に加えて、船体に取りつけられている大きな大砲? キャノン砲に光が集まっていく。
依然としてその場から動かない彼目掛けて、大量の魔力弾と、ありえないほどの魔力が内包された光線が放たれる。
「ウィルさん!?」
思わず彼の名を呼んでしまう。
しかしウィルさんが軽く掌を向けただけで全ての魔力弾が消し去られ、光線すらも彼の手前に生じた見えない壁に阻まれ、消失していく。
『———、———』
彼の口が何かを呟き、今まで握っていた鞘に手を伸ばし―――柄に手をかける。
ゆっくりとした動作と共にするりと抜き放たれた剣は鈍色のなんの変哲のない剣。
『———』
黒色の魔力のようなものが纏われていくごとに剣の周りの空間そのものが歪む。
その力が凝縮され、刃に薄く纏うほどにまで抑えられたところで、彼はそれを軽く横に振るった。
ただそれだけの動作。
それだけの動作のはずが、とてつもない衝撃が空を揺るがし太陽の光を遮っていた雲すらも消し去った。
「な……うそ、だろ?」
ウィルさんの視線の先に存在する巨大な船は真っ二つに両断されていた。
残骸をまき散らしながら、地上へと落下しようとする船を再び膜のような現象で閉じ込めた彼は、それを指先で操りながら都市の外へと押し出した。
「やっぱり、防御でも本気じゃなかったんだな……」
「……うん」
本当に僕達との戦いでは手加減をしてくれていた。
その事実に絶望よりも、僕達が目標とするべき人物の強さを再確認できた喜びを抱く。
目指すべき背中は遥かに遠い。
それも当然だ。
ウィルさんは長い間の研鑽を続けてあの力に至った。
なら、まだ力を持って日が浅い僕が彼との力の差に絶望したりするのは、甘いどころの話じゃない。
「すごいな、黒の冒険者……!」
そう呟きながら今一度ウィルさんの魔法を見る。
これまでの訓練で彼の魔法がどのようなものなのかは分かっていた。
「ウィルさんの魔法は、重力に関係するものを操る魔法で……いいんだよね?」
「うむ」
不可視の壁もそう、見えない衝撃波も重力を利用したピンポイント攻撃。
空に浮かんだのも重力を操った応用と考えれば辻褄が合う。
強力な魔法だけど、何より強いのはその使い手であるウィルさんだ。
「だがあれは魔法の力以前にウィル殿本人の力も尋常ではない。あれが、黒の冒険者……この目でいざ目にすると凄じいものがあるな……」
シフの呟きに頷く。
魔物達も続々とセントレアルの兵士さん達が対処してくれたので、この騒動にも終わりが見えてきた。
「よし、上からの砲撃もなくなったことだし、兵士さん達に被害が出る前に私が片付けようか」
「ん? チサト?」
「はぁっ」
空かの砲撃の防衛のために回していた水を、地上へと戻した彼女はそのまま地面を滑らすように流し込む。
水は兵士さん達を避けるように魔物を呑み込んでいく。
「やっぱりとんでもない規模の魔法だよね、チサトって……」
「みるみるうちに魔物が流されていくわねぇ」
あっと言う間に周辺にいる魔物を掃討してしまったチサト。
相変わらずすごい魔力量だなぁ、と呑気なことを思いながらその場に座り込み、ようやく一息つこうとして―――、
「……っ」
とてつもない悪寒に襲われる。
空の彼方を見上げる。
雲に覆われていた空は、ウィルさんによって消し去られ、今は青い空しか見えない
何も見えない。
だが、確実にこちらを見ている……近づいてきている……!
「ライム!」
「キュ? キュゥ!」
立ち上がり、ライムを剣の形態に変える。
「カイト……?」
「か、カイト君? どうしたの?」
「敵はもういなくなったよ……?」
シフ達の困惑する声を聞きながら、必死に冷静さを保とうとする。
この悪寒が何かは僕にも分からない。
だけど、とにかくここから皆を逃がさなければならない……!
「チサト、皆を連れてここから離れろ」
「え? ど、どうして?」
「見られているのは僕だ!! 早く―――」
僕が見ている先にある空に何か光のようなものが現れる。
それは、尋常じゃない速さで空に浮かぶウィルさんに、向かって行く。
『———』
黄金色の光に包まれたソレと、ウィルさんの魔法がぶつかり、空を震わせる。
瞬間、唸るような轟音が鳴り響き、ウィルさんと光る何かがぶつかった地点の空間が大きく歪む。
それに合わせて、地上にいる僕達にまで届くほどの衝撃波が襲い掛かる。
「皆! 伏せて!」
「きゃっ!?」
チサトの声に僕達全員がその場に伏せる。
地面に手をつきながら空を見上げると、空にいるウィルさんと互いに弾け合うように後ろに飛んだソレは、その勢いのまま僕達のいる場所へと落下してくる。
「こっちに、来る……!」
「カイト、あれは……あれはもしや……」
「ああ……!」
頭上から光が差し込む。
太陽ではない。
それは溢れんばかりの雷を纏った、生物。
『……』
「神、獣」
目の前に現れたソレは、黄金色の光を放つ巨大な鳥であった。
翼からは電撃が迸り、その光が眩いばかりの周囲を照らしている。
鋭利なかぎづめ、巨大な体躯、そして堂々とした姿は、大鷲を思わせる姿をしており、その神獣は―――鳴き声すら上げずに無言で僕を見下ろしていた。
「え、神獣……? どうして、こんなところに……!?」
「なにこれ現実? もしかしてワタシ夢見てる?」
「それなら俺も夢を見てるようだな……ハハ、ありえねぇ……」
セーラさん、シュラさん、ジャンさんが動揺しているが神獣と接触したことのある僕達は緊張したまま武器を構える。
『……』
依然として反応を示さない大鷲の神獣。
観察されているのか、見定められているのかは分からない。
だけど、目の前の神獣はこれまで会った神獣と違う……!
その時、大鷲の姿が電撃と共に掻き消える。
———まずい。
「防御だッ!」
魔力を全力で注ぎこんだ肉体強化と、ライムとユランで防御を固める。
その次の瞬間には、僕の首に構えた腕と肩に衝撃が走る。
腕と肩が砕ける音が頭に響く。
それでもなんとか、攻撃を受け止めた僕だが、そのあまりの衝撃に後ろに吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。
「ガッ、ぐぁぁ……!」
「カイト! くそ、なぜ今になって神獣が……!」
右腕の痛みに悶えながらも意識を保つ。
なんとか、地面に腕をつき立ち上がろうとするが、ライムとユランが先ほどの攻撃の衝撃で気絶してしまっていることに気付く。
シフは無事なようだけど、次の攻撃を耐えられるはずがない。
「カイトっ!」
「私が引き付ける! その間にカイトを!!」
焦燥した様子で魔筒を神獣に向けるセーラさんを手で制する。
駄目だ。
今、目の前のこいつに攻撃したら、僕以外が攻撃対象と見られてしまう……!
この神獣の狙いは、僕一人だけだ。
「来るなリーファ! すぐに皆を連れて逃げるんだ!」
「な、なんでそんなこと言うの!? 一緒に逃げようよ!!」
動かない右腕を押さえながらなんとか立ち上がり、眼前に現れた神獣を睨みつける。
『———!』
満身創痍のまま立ち上がる僕の姿に僅かに目を見開いた。
その瞳に僅かに感情が宿る。
何かを懐かしむような、それでいて僕を見定めているような、そんな視線だ。
『———』
次の攻撃をしようとしているのか神獣が翼を動かそうとする。
こちらに駆け寄ってきたリーファにシフ達を押し付けチサトの方へぶん投げる。
「カイト、何を!?」
「カイト!」
「カイト君!」
仲間達の声を聞きながら最後の魔力を振り絞り肉体強化を発動させ、しっかりと両足で立ちながら神獣と相対する。
なにが目的かは分からない。
純魔の力を持つ僕を殺しにきたのかもしれない。
考えられる可能性はいくらでもあるが―――、
「ただで殺されるとは思うなよ……!」
―――僕は絶対に屈しはしない。
神獣の翼から光が満ちる。
電撃が鳴り響く。
リーファ達の僕の名を呼ぶ声を聞きながら、僕は次に来る衝撃に備えるべく歯を食いしばるのであった。
突然の神獣エンカウント。
第百七十九話でカイトが感じた視線の正体がコレです。
逆鱗警報発令間近。




