第百九十四話
第百九十四話です。
死を覚悟していた。
だがそれ以上に、目を逸らさないと決めていた。
理不尽に攻撃され、意味も分からないままに殺されるよりも最期の一瞬まで神獣と向き合うことを決意していたからだ。
光に満ち溢れる視界。
僕の周囲を覆うように伸ばされる大きな翼。
意識がそのまま飛びそうになったその時―――、
「それ以上は、許さない」
そんな声と共に、僕と大鷲の神獣の間を遮るように樹木の壁が発生する。
異様な速度で伸びたソレは、神獣を遠ざけるように攻撃を加えようとするが、すぐに雷で焼き焦がされてしまう。
その勢いのまま電撃を放とうとする神獣だが、別方向から光線のように放たれた水が直撃し無理やり後ろに後退させられる。
「フィリ……!?」
「クァー」
水たまりにいる龍、フィリの姿を目にして、思わず安堵してしまった僕は足に力がはいらなくなりバランスを崩してしまう。
魔力切れに、怪我、痛みと疲労感にまともな思考ができないまま倒れる。
「こうやって君を支えるのは二度目かな?」
「……リオンさん」
「ごめん。君を危険な目に合わせてしまった。……フィーリヘルトも久しぶりだね」
「クァ!」
「ははは、相変わらず生意気だね」
緑髪の女性―――リオンさんは、僕の背中を支えるように地面に座らせてくれる。
痛みに耐えながらも周りを見ると、いつの間にかチサト達の姿が……いや、それどころか魔物の対処をしてくれていた兵隊さん達の姿さえも消えていた。
「チサトたちは私の力で逃がしたから、大丈夫だよ」
「そうですか……よかった」
「あとは君の傷を治せば……」
リオンさんが僕の傷を治そうとすると、そこに割り込むようにフィリと、ユラン―――いや、見覚えのない白蛇が割って入ってくる。
フィリはともかくこの子はどこから来た?
地面を這ってきた方向には、未だ気絶したまま放置されているニーアしかいないのだけど。
いや、待てこの子は……。
「……メリア?」
「!」
こくこくと白い蛇は頷きながら、僕の傷に治癒の光を当て癒してくれる。
僕は今、メリアって言ったか?
自分でも無意識に呟いてしまったけれど、彼女はどこからか僕のことを見ていたようだ。
「ありがとう」
意識を朦朧とさせながら応急処置をしてくれるメリアにお礼の言葉を口にすると、さらに元気になって傷を治す作業に移ってくれる。
その様子を上から眺めたリオンさんは、呆れたような表情をしながら立ち上がる。
「まったく、龍というのは本当に狡猾でずるい生き物だと思い知らされるよ。……さて」
立ち上がったリオンさんが、声も上げずに空を羽ばたいている神獣を睨む。
これまでの優しげな印象から一転して、敵意を向ける彼女に僕は驚く。
「クルックライザー」
『———』
……リオンさんが口にしたのは、目の前の神獣の名前か?
いや、そういえばフィルゲン王国の城内の書庫で、そんな名前の神獣について記された本があった覚えが……。
まさか、あの本に載っていたのが目の前の神獣なのか?
「見ているのは知っていたけど、どういうつもりだい? 君は傍観を決め込むばかりと思っていたのだけど?」
『……』
「話すつもりもないか。だが、これはいけない。戯れで彼を殺すつもりだったのかい?」
依然として一言も言葉を発さずに無言を返し続ける神獣。
その様子に、呆れたため息をついたリオンさんは、額を手で押さえた後に、とてつもない威圧感を放ち始める。
「ふざけるなよ、鳥畜生が。この子は彼女とは違う。姿を重ねるのは勝手だが、下手に干渉し危害を加えようというのなら、こちらも相応の手段で応じるぞ」
リオンさんの身体から半透明の四足獣の姿が浮き出る。
それは、枝分かれした黄金色の角を持つ大きな鹿。
そんなシルエットを見せた彼女に、神獣は翼から電撃を迸らせる。
「そうか、ここで戦うつもりかな? それも一つの選択肢だろうが、生憎そんなものは願い下げだ。そんなことをすれば、ここが壊れてしまうからね」
『———?』
「だから、君の相手は私じゃない」
その時、リオンさんの隣に音もなく誰かが降りてくる。
先ほどと変わらない黒色のローブに、右手に血管が浮き出るほどに柄を強く握りしめた剣。
雰囲気だけで怒っているのが分かるほどの、怒気を放っていたウィルさんは、神獣を一瞥もせずに座り込んで治療を受けている僕の前に膝をつく。
「もう心配ない。後は任せておけ」
「ウィルさん……」
「アレを相手に、よく頑張ったな」
そう言って、僕の頭を撫でた彼は立ち上がり神獣と相対する。
神獣はウィルさんの力を警戒しているのか、瞳を鋭くさせながら戦闘態勢に移っている。
「ウィル、思いっきりやってもいいよ」
「……言われなくとも、そうしてやるつもりだ」
ウィルさんが逆手に持った剣を地面に突き刺す。
ざくりと、剣の切っ先が地面に突き刺さると同時に、神獣が下方から衝撃を受けたように空高く打ち上げられる。
「俺も、珍しく頭にきているからな」
ウィルさん自身も空へと飛び上がると、次の瞬間には空に連続して激突音と閃光が輝いている。
神獣と互角に渡り合っている。
それも、空で戦わなければ環境に変化を与えるほどの、次元すらも超えた戦闘だ。
『———』
神獣がその体を戦闘機のようにロールさせながら雨雲を呼び、雷を発生させる。
嵐と見間違うほどの強風と雷にさらされながらも、それでもウィルさんは雨雲の中に突っ込む。
雨雲に閉じ込められた…!? そう思った次の瞬間には、一瞬にして雨雲が吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた雨雲から抜け出した神獣に、ウィルさんは右手の人差し指と中指を向ける。
『——失せろ』
不可視の重力波が神獣へと叩きつけられ、その体は遥か彼方に吹き飛ばされるが―――雷と見間違うほどの速さでその場に戻り、翼を叩きつける。
片手で振るった剣で、神獣の翼での体当たりをいなすウィルさん。
旋回しながら雨雲を作り出し、電撃を纏う神獣。
そのまま重力と雷により、天候が目まぐるしく変えながら戦いは激烈化していく。
「さて! あとはウィルに任せてやるべきことをしなくちゃね。……まずは、私の力で皆が眠っているうちに彼らの戦いが人目に晒されないようにしなくては」
そんな壮絶な戦いを見て、パン、と手を叩いたリオンさんは空に魔力のようなものを放つ。
すると、神獣とウィルさんの戦いを隠すように、青空が上書きされる。
「よし、これでいいね。あとはウィルに任せよう」
手をゆっくりと下ろすと笑顔で僕へと振り向いた。
身体はまだ激痛に苛まれているが、応急処置のおかげで楽になった気がする。
「ウィルさんは……」
「彼なら心配はいらないよ。彼が死ぬときというならそれこそ老衰以外に考えられない。それに、クルックライザーも本気の殺し合いをするつもりじゃなさそうだしね」
たしかな信頼を感じさせる彼女の言葉に僕も体の力を抜く。
その時、ふと僕の傍にいた白蛇の姿が消えていることに気付く。
周りを見ても、どこにもいない。
「……メリア? どこだ?」
「あらら、隠れちゃったみたいだね」
気絶しているニーアのいる方を見ながらリオンさんは薄っすら笑みを浮かべる。
……よくよく考えれば、あの子こんなところに放置されちゃっているんだよな。
「あの、ニーアを」
「ああ、心配ない。彼女は私が責任を持って捕まえておくよ」
なら安心だ。
ここで神獣の攻撃の巻き添えを食らうようなことはあってほしくない。
「君も気ままな旅に戻ってもいいよ。大丈夫、彼に何かをするつもりはないさ」
「クァー!」
「疑い深いなぁ。まあ、心配なら見守っているといいさ」
そう言いながらも僕の方を見たフィリはそのまま水たまりへと飛び込み姿を消す。
急いで駆けつけてくれたのかな?
いつも、彼女には助けられてばかりだな……。
「自身の弱さに打ちひしがれることは悪いことじゃない。それはきっと、君を前に進める力になるだろうからね」
「……はい」
「……そろそろ、君は眠った方がいい」
僕の額に掌を向けるリオンさん。
すると、強烈な眠気に襲われる。
「加減はされていたけど、殺すつもりで放たれた神獣の攻撃を受け止めたんだ。それは、とてもすごいことだけど……君の身体は既に限界を超えてしまっている」
「……っ」
「だから、今は休むといい。大丈夫、君が目覚めるころにはこの騒動は終わっているだろうから」
睡魔に耐え切れない。
そのまま彼女に支えられる形で倒れた僕は、意識を閉じる前に口を開く。
「リオンさん、目覚めた後……お話があります」
「分かっている。私も怒られたくはないからね、彼らについてはできるかぎりの解決策を提示するつもりだ」
空では未だに轟音が鳴り響いている。
ウィルさんは、あの神獣を相手に勝てるだろうか。
偽物の空で塗り重ねられた頭上を見上げながら、僕はぼんやりとそんなことを心配しながらゆっくりと瞳を閉じるのであった。
いてもたってもいられず分身の姿をカイトに見せてしまったメリア。
でも、すぐに自分だと気付いてくれたので、かなりご満悦。
尚、すぐ近くでマジギレ寸前の彼女を見ていたイリスさんは胃をさらに痛めた模様。




