第百八十三話
第百八十三話です。
地下へと続く階段。
後ろから魔物が来ていないか確認した僕は、階段に足を踏み入れながら扉を閉める。
一気に通路が暗くなるが、掌から発した純魔の魔力を明かりの代わりにして階段を降りていく。
「黒猫さん、この先にシフがいるんだよな?」
「……うん」
「……。君は、シフが嫌いなのか?」
僕の質問に黒猫さんが変身したマフラーは答えない。
だけど、雰囲気からしてこの子はシフにあまり良い感情を抱いてはいないようだ。
……この子の立場からすれば、シフの立場を羨むのはしょうがないことではある。
「仲良くしてほしいけど……」
いや、それ以前にシフの兄弟は何人いるんだ?
具体的な数を聞いてもはぐらかされてしまうし、実はこの子にも分からないほどの数がいるってことか?
純魔の光を掲げながら階段を降りていくと、すぐに広い部屋に出る。
「……水の、音?」
ごぽごぽとポンプの中を水が通ったような音が聞こえる。
部屋……いや、研究室のような場所か?
天井と床を繋げるように設置された鉄製の枠には、なにか瓶のようなものが縦に並べるように嵌められており、それと同じものが研究室の至る場所に設置されていた。
まだ光が弱いな……ならば。
「純魔フラッシュ!」
掌にさらに魔力を籠め、さらなる光を放つ。
先ほどまではアルコールランプ程度の光だったが、今はランタンほどの光を発している。
手を上に掲げ、ようやく研究室内を確認して―――僕は言葉を失う。
「……ッ!?」
枠に嵌められている瓶の中にいる黒い何か。
それは、目を閉じて眠っている黒い鳥の魔物であった。
いや、鳥の魔物だけではない。
子ウサギ、ネズミ、子犬、子グリフォン、その全ての体色が黒く―――それでいて小さな魔物だということだけが共通していた。
言葉を失う僕に、マフラーから黒猫の姿に戻った
「カイト、分かったかい? ボクの兄弟は、目覚めることも許されず―――」
「全員……」
「ん?」
「全員、うちの子にする」
僕の顔を見上げた黒猫さんは、暫しの硬直のあとに声を震わせる。
「待って、正気のまま狂わないで?」
「うるせぇ! 今日から君も家族だ!!」
「さ、錯乱してるぅ!?」
ここにいる小動物たちは皆、シフと黒猫さんと同じ魔物だ。
ならば僕を避けることもないし、なんなら仲良くできる可能性を秘めている。
なにより、こんな子達が目覚めないまま眠ったままなのはあまりにも可哀そうすぎる……!
しかし、黒猫さんは僕を見てショックを受けたように引いている。
「そこにいたのか、シフ」
迷いなく、シフが閉じ込められている容器に歩み寄る。
シフと同じ姿の個体もいるが、僕が他ならぬシフの姿を見間違えるはずがない。
容器の中でうなだれていたシフが僕の顔を見上げ、淀んだ瞳に光が戻る。
「カ、イト?」
「助けにきた」
鉄枠から瓶を外し、下方の蓋を取り外してシフを出してあげる。
テーブルの上で目を擦りながら僕の姿を見たシフは、大きく身体を震わせる。
「カイト、ここに、私の……兄弟が」
「ああ、分かっている。リオンさんが隠していたんだろうな」
「私は、どうすれば……」
「勿論、この子達もうちの子にするんだ」
「いや、何を言っているのだおぬしは……?」
唐突に素に戻られてしまった。
すると、シフは同じくテーブルの上に飛び乗った黒猫さんの存在に気付く。
「お、おぬしは……」
「ふんっ」
「ッ、よくも私とカイトの契約を乗っ取ってくれたな……!」
「間抜けな君が悪い」
「なんだと……!」
刺々しい黒猫さんに怒りを露わにしているシフ。
心なしか、シフからバチバチと電撃が発せられているように見えるが、ここに来たのはシフに喧嘩をさせるためでもないので、僕は純魔の魔力を纏わせた手をシフと黒猫さんの頭に置く。
「はい、喧嘩はそこまで」
「「へにゃ!?」」
純魔の魔力により、へにゃりとその場で崩れ落ちる。
軽い魔力酔いなのですぐに立ち直るだろうが、その間にシフに今の状況を説明しなければならない。
「シフ、今セントレアルは魔王軍の襲撃を受けている」
「な、なんだと!?」
「僕達のいる施設も、魔物と兵士達の攻撃に晒され、たくさんの人が危険に晒されているんだ」
「さ、さきほどからの建物の揺れは、魔王軍によるものだったか……」
音が遮られる瓶の中にいたから、外で何が起こっているかまでは分からなかったわけか。
魔力酔いから立ち直り、起き上がったシフは黒猫さんを一瞥した後に僕を見上げる。
「黒猫さんとの話も、ここにいる子達の話もこの騒動が終わった後だ。まずは今の状況をなんとかする方が先だ」
「……うむ」
「よし、ならもう一度、使い魔契約を結ぼう」
僕はシフに手の甲を差し出す。
最初の時と同じように、軽く爪でひっかき、僅かに血が滲んだ手の甲に前足を置いたシフは使い魔契約のための呪文を口にする。
「魔と人、伏し者と仰ぐ者。血の証を以てして、古き契約を今、結ばん」
僕とシフの存在が繋がった感覚。
新たに使い魔契約が成されたことを確認した僕は、シフに手を差し伸べる。
「色々聞きたいこともあるだろうし、吐き出したいこともあるのは分かってる。でも、今はいつものように僕に力を貸してくれ、シフ」
「ああ……ああ! 勿論だ! 私の出自がどうあろうとも私はおぬしの使い魔だからな!」
飛び上がったシフが黒い帽子の姿へと変身する。
それを被ると、傍らにいる黒猫さんもマフラーで僕の首に巻き付く。
「ふん、精々カイトの足手まといにならぬようにな」
「それはこっちの台詞。お前とは違ってボクは器用なんだ」
「「……」」
頭の上と首の位置から喧嘩しないでほしいが、なんだろう……この充実感。
早く、行動に移さなくちゃ施設にいる人たちの命が危ない。
シフと合流できたのなら迅速に行動しよう。
「シフ、黒猫さんこの子達のことは後だ」
「うむ、分かっている。それでカイト、どうするつもりだ?」
「施設に閉じ込められている人達がいる。今は魔物のせいで外に出ることができないから、僕が純魔の魔力で施設内の魔物を外におびき出す」
「……正気か? おぬしもただでは済まんぞ?」
シフの言葉に僕は、黒猫さんの時と同じように笑みを浮かべる。
「そのために訓練してきたんだ。多少の無茶はできる」
「……分かった。お前もそれでいいな?」
「言われなくても」
黒猫さんに了承をとってから僕は、地上へと戻る。
シフの兄弟たちは後で必ず迎えに行く。
今は魔物に襲われないように、しっかりと扉を閉めておこう。
「———さて」
施設の一階から入り口―――エントランスまで移動する。
「ユラン、ライム、ハクロも問題なし」
「ボクは斬撃で君を守るよ。あと電撃が欲しい時は言って」
「指示はシフに出してもらう。僕は今から、走りながら魔物の相手をしなきゃならないからね」
「……ああ、任せておけ」
施設を見上げながらゆっくりと深呼吸をする。
戦いはあちこちで起こっている。
きっと、この都市に住む人々も魔物の脅威に晒されているから、彼らの逃げる時間を稼ぐためにも僕が頑張らなければならない。
それに僕が強い純魔の魔力を使えば、必ずリーファはきてくれる。
最早、確信すらしながら、僕は掌に純魔の魔力を集める。
「———純魔玉」
高濃度の魔力。
魔物を惹きつけるエネルギー。
それを作り出し、数秒ほど待つと周囲と施設の内部から何かが一斉に駆ける足音のようなものが響いてくる。
剣を振り、肉体強化を全身へと行きわたらせる。
「行くぞ、皆……!」
「ああ」
「うん」
「キュゥ……!」
「シャァ……!」
向かう先は人の通りが少ない―――以前ウィルさんと話をした公園。
施設から純魔の力に惹かれた魔物達が一斉に飛び出してくる。
それに合わせて、僕はマントを翻しながらその場を全速力で走り出すのであった。
魔物ホイホイの本領発揮……!
そして、喧嘩腰のシフと黒猫さんでした。
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一月八日の正午にて新作『無能狩人の事件記録~境界に立つ者~』を投稿いたします。
興味を惹かれたら、よろしくお願いします。




