第百七十九話
第百七十九話です。
違和感のようなものはあった。
妙にこちらの顔色を伺う。
普段、美味しそうに食べるご飯をもさもさと食べる。
猫扱いして、反発してこない。
リーファの言葉にツッコミをしない。
上げればキリがないがとにかく今僕の傍にいるシフが彼の名を騙った何者かであることは、僕の冴えわたった作戦によって明かすことができた。
「そもそもシフがそんな簡単にごろにゃーんなんてするはずがないだろう……! ありがとうございます……!」
「……」
「そういう蔑みの目はシフにそっくりだぜ……!」
ライムが変形した卵型の檻の中にいる黒猫がやや引いた様子で僕を見ている。
この子は間違いなくシフ本人じゃない。
だとすれば―――、
「君は昨日、僕達が探していたシフの兄弟だね?」
「……うん」
「初日に僕と会ったよね?」
そう尋ねると、しょんぼりうなだれながら黒猫が頷く。
見た目と仕草からして猛烈な罪悪感に駆られるが、シフと入れ替わられているとなれば僕もそれなりに本気で問い詰めなくてはならない。
「シフは無事か?」
「……怪我はしてない。場所も分かってる」
「そっか。……よかった」
なんとなくだが嘘はついていないことは分かる。
なら、どこかに閉じ込められているということか。
早く迎えに行きたいところだけど、次はこの子の話を聞かなければならないな。
「……もうパーティは始まっちゃうか。これは途中からの参加だな」
壁にかけられた時計を目にしながらそう呟く。
まあ、遅れてしまうのはしょうがないか。
小さくため息をつきながら、黒猫と向き直る。
「君、名前は?」
「……ない」
「ない?」
「名前なんて、もらってない」
「君を作ったリオンさんは、名前をくれなかったの?」
シフの親に当たる存在がリオンさんであるなら、この子も同じなはずだ。
偽りの記憶だとしても、シフは“シフ”という名前を持っていた。
「僕は、あとに続くはずだった勇者召喚術式のための実験体だ。その都度に、“シフ”という共通の名を与えられ、何度も何度も……あの化物のお目当ての純魔が見つかるまで、召喚が繰り返されるはずだった」
「……」
シフという名前自体、リオンさんの立てた計画での記号みたいなものだった、ということなのか?
やっぱりあの人、色々と僕に話していないことがあったな……。
しかも、この子の存在と“何度も繰り返す”という言葉からして、この子以外にシフの兄弟とも呼べる子達がいるかもしれないということか。
「どうして、シフと入れ替わろうとしたんだ?」
「……それは――」
ぽつりぽつりと、黒猫は観念したようにシフと入れ替わろうとした理由を口にし始めた。
シフと同じく、別世界から呼び出された純魔のために作られた存在。
だが、僕が失敗するはずだった召喚を成功させ―――なおかつリオンさんのお眼鏡に適うほどの素質を抱いていたことから、実験を行うことはなくなってしまった。
シフのストックとして用意された黒猫は、その使命も何もかもが無為になってしまい、その末に僕の使い魔として生きているシフを恨むようになった……と。
「はぁぁ……リオンさん、今も僕たちの様子を見守っているようだけど……次会ったら怒りますから、覚悟してくださいね」
きっと、いや確実にこの部屋の様子をどこからか見ている彼女にそう言い放ちながら黒猫を見下ろす。
もう神獣がそういう、目的以外のものに無頓着なのは分かっている。
「ユラン、ライム、拘束を解いていいよ」
「え!?」
「キュキュー?」
「ああ、心配いらない。多分、逃げようとはしないから」
僕の言葉にライムとユランが拘束を解く。
呆然とした様子で僕を見上げた黒猫に手を差し出す。
「シフのところに案内してくれ」
「……怒ってないの?」
「そりゃ怒っているよ。リオンさんに対してだけどね」
できるか分からないが、一度ガツンと言ってやりたい気分だ。
こんな子を曇らせるような輩は素直に許せん。
「シフと合流してから、君とその兄弟たちについて一緒に話し合おう」
「……うん……うんっ」
僕の腕に飛び乗り、そのまま肩に上る黒猫。
それを確認した僕は、いつも持っているライムの水筒を腰にかけながら使い魔達と共に部屋を出る。
「———ッ」
その時、悪寒のような冷たい何かが身体を苛んだ。
咄嗟に窓から遥か彼方の空を見上げると―――一瞬だけ、雷を思わせる閃光が走ったように見えた。
「誰か、見ている……?」
強烈な視線を感じた。
それが何かは分からないが、心が空の彼方に吸い込まれそうな感覚に陥る。
「ど、どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ。大丈夫」
黒猫の声に我に返る。
きっと、気のせいだろう。
そう自分に言い聞かせながら、僕はシフを迎えにいくべき通路を進んで行くのであった。
●
どうやらカイト君は遅れてパーティに来るようだ。
その理由はよく分からないけれど、リーファ曰く「シフの様子がおかしかった」からだそうだ。
たしかに、ちょっと大人しかったから調子でも悪かったのだろう。
まあ、別に時間厳守を強制されるようなイベントではないので、彼が来るまで会場で待っていよう。
「さっきぶりね! チサト、リーファ!」
「うん、セーラ」
会場に入るとすぐにセーラに声をかけられる。
彼女の後ろには彼女の従者であるイオもいる。
周りを見渡せば、ほとんどの勇者と従者がこの場に集まっているようだ。
「……あ、ヘキルもいるね」
「ええ、仏頂面だけど立ち直ったのかしらね?」
「セーラ、料理はどこ?」
「少し前に朝食食べたじゃない……」
きょろきょろと料理を探しているリーファに苦笑する。
壁際でハルトさんと共にいるヘキル。
彼と同じく、別の壁際で飲み物を口にしているフィグロさん。
フードを被っている小柄な勇者シュラちゃんに、彼女の従者であるジャンさん。
お嬢様というより、男装じみた服装に身を包んだ勇者フレイに、従者と思わしき騎士風の男。
他にも深く知り合ったわけではないが、幾分か顔見知りの勇者達の姿を確認する。
しかし、その中に意外な人物がいることに気付く。
「ウィルさんも来てる……」
「そうそう、結構意外よね。こういう催しはあまり好きそうじゃないと思ったんだけど」
「セーラ様、それは偏見だと思いますが……」
この数日間私達の訓練を見てくれていた実力者。
この都市の最高責任者であるヒルデさんの後ろに控えている彼の姿に驚いていると、私達の元に一人の勇者がやってきていることに気付く。
「あ、チサトさんにリーファさん! 来てくれたんですね!」
元気をそのまま擬人化させたような人、マリーナだ。
笑顔で手を振りながらやってきた彼女に手を振り返す。
「今日はありがとね」
「いえいえ、最後の日くらいは楽しく過ごしたいと思いましてですね……うん?」
私とリーファの姿を見て首を傾げるマリーナ。
「……あ、あれ? カイトさんは?」
「あ、そういえばカイトがいないわね」
そういえば、といった風にセーラも私達の後ろの扉を見る。
とりあえず彼が遅れている理由を説明しておこうか。
「カイト君は少し遅れるみたい。なんだかシフの調子が悪いんだって」
「……。そうですかー、なら……しょうがないですね」
「?」
「いえ、なんでもありません! それでは、お楽しみください!」
しょうがない? まあ、事情があって遅れるからしょうがないであっているのか?
でも、ニュアンス的にちょっと怪しかったような……。
そう思っていると、セーラの後ろにいたはずのイオが話しかけてくる。
「シフさんの具合が悪いんですか?」
「え、あ、うん。リーファがそう言ってた」
「リーファ様、本当ですか?」
「うん、ツッコミにキレがなかった」
それは果たして具合が悪いというのだろうか?
しかし、イオはものすごく神妙な表情をしている。
因みに言うと、セーラはそんな彼女を見て、ものすっごいニコニコしている。
『そろそろ、パーティを始めさせていただきます!』
「っと、カイト君は間に合わなかったか……」
マイクに似た魔具を用いたマリーナさんの声に、私達は彼女の方へと視線を向ける。
彼女のいる場所は会場の中心、ヒルデさんとウィルさんのすぐ近くだ。
『———今日は、この場に集まってくださり本当にありがとうございます!』
これから勇者が集まる最後の催しものが始まる。
なんの変哲のないパーティではあるが、少しばかり違和感のようなものを抱いてしまう。
既にリオンという正体不明だった不安要素はなくなっているはずだ。
これ以上のどんでん返しはないはずだ。
『ヒルデ様の助けも借り、この場は実現することなりました!』
ああ、ヒルデさんに頼んだからここまで大掛かりなことができたんだ。
なんだか冷たい印象の人だから意外だ……。
『私、とても嬉しいです! 皆さんが、こうして集まってくれて……でも、それと同時に悲しくもあります!』
「……ん?」
『これから、皆様の命を奪わなければいけないことが、とても、とても悲しいのです』
その言葉が冗談と受け入れられたのか、壁際にいたヘキルは小さく笑みを零した。
だが、私達は彼女の笑みを籠められた純粋な笑顔に、その言葉が嘘や冗談で言っていることではないことに気付く。
警戒を露わにする私達に、笑みを深めた彼女は懐から何かを取り出し、それを振り向くと同時に―――ウィルさんへと放り投げた。
「あれは……!?」
巨獣を操ったデウスが持っていた魔具と似ている……!?
私達が動くよりも速く、傍らにいるヒルデさんを庇うように前に出たウィルさんは、余裕をもって発動しかけている魔具を対処しようとしたその時―――、床から樹木のようなものが飛び出し、彼の身体に纏わりついた。
「———ッ、あの野郎、そういうことか……!」
「!? ウィル様!」
「来るな……!」
彼の身体に樹木が巻き付き、動きが鈍ったところで投げつけた魔具が発動する。
発動された魔具は、黒いオーラを発しながらウィルさんの周囲を包み込み、彼を閉じ込めてしまった。
「「「……ッ」」」
とてつもない実力を有している彼の動きが封じられてしまった。
ウィルさんの力をよく知っている私達からすれば、信じられない光景だが、魔具を投げた本人も同じく驚愕を露わにさせている。
「わぁ、すっご。さすがは魔王。いや、それ以上に私がさすがすぎる。やっぱり死ぬ気でやればなんでもできるんだ……」
「——ッ!」
「わぁ!? 危ない!」
誰よりも速く我に返ったリーファが影を纏いながらマリーナに襲い掛かるが、それは彼女が掌から泥を吐き出すことによって防がれる。
この数日間で見せたことのない動きで、壇上の上にまで移動した彼女は、頬を吊り上げ獰猛な笑みを浮かべた。
「魔王ですって? 貴女は、勇者じゃないの……!」
「マリーナは勇者としての私の名前、でも私にはもう一つの名前があるの」
彼女の言葉に合わせ、建物が大きく揺れる。
地鳴り……? いや、この揺れは……空から?
その瞬間、私達のいた会場の天井が轟音と共に砕け散る。
「———ッ」
落ちてくる瓦礫から皆を守るべく、魔力の水を放ちせき止める。
それらを横に避けてから、空を見上げ―――言葉を失う。
「ふ、ね?」
曇天の空から現れたのは空を飛ぶ巨大な船。
海賊船のような船体からは砲身のようなものが見え、さらに船からは数えきれないほどのグリフォン型の魔物が出てきている。
空を見上げ、呆気にとられている私達に、さぞ愉快とばかりにマリーナが声を上げて笑う。
「フフフ、私のもう一つの名前はカリーナ。魔王軍の幹部なのです♪」
会場の屋根から入りこむ魔物と、魔王軍の兵士達。
さらにそれに合わせて、マリーナ―――否、魔王軍幹部のカリーナの傍に降り立つ、数人の影。
平穏だったはずの時間は一瞬にして修羅場へと変わり果てた。
魔王軍の襲撃。
その事実を正確に認識した私達は、それぞれの武器を取り臨戦態勢に移るのであった。
カリーナの名については『閑話 誤算/窮地』にて一瞬だけ登場。
カリーナに与えられた魔王からの命令。
・勇者の立場を利用してのスパイ。
・セントレアルの黒の冒険者を一人で止めろ。
・作戦? 知らん、魔具やるからお前が考えろ。
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