第百七十八話
第百七十八話です。
今回は黒猫の視点となります。
カイトとあいつの間には使い魔契約が結ばれている。
それは互いに互いの存在を感じることのできる繋がりのようなものと言ってもいい。
そこに、ボクが入れ替わってもすぐに正体はバレてしまう。
だがそれを解決する手段も、ボクは知っていた。
「シフ、朝ごはん食べに行こうか」
「うむ」
気軽な様子で声をかけてくるカイトに頷いてみせる。
ボクとシフは業腹なことに、限りなく同一に近い個体だ。
身体の構造も能力も近く作られており、むしろ複製品と表現した方がしっくりくるだろう。
だからこそ、ボクがシフとしてカイトの使い魔契約に割って入ったとしても、カイトはそれに気づくことはない。
そうして彼が寝ている間にボクはシフに使い魔契約に干渉してシフに成り代わってやった。
「今日のパーティって午前中にやるんだよね?」
「そうみたいだね。ウィルさんとの訓練は午後になってるみたいだし……朝は軽めにする?」
「色々と料理も出るらしいからその方がいいかもしれないね」
「ご飯楽しみ」
「今、ご飯なんだよなぁ」
朝食の席で交わされる他愛のない会話。
ただそれだけの話なのに、ボクにとってはどれもが初めての体験だった。
そのまま何事もなく朝食を終えてもなお、ボクの正体がバレた様子はない。
「———今日は曇っているなぁ」
曇天に覆われた空を部屋の窓から見上げたカイトがそう呟く。
彼の使い魔達は、各々の時間を過ごしているのか、ボクを怪しんでいる様子も見えない。
「シフ、なんか調子悪い?」
「え?」
「いや、え? じゃなくて」
突然声をかけられ驚いてしまう。
おかしい行動はしていないはずだ。
少なくとも奴と同じ、反応と言動をしていたはず。
「天気が悪いから気分も落ちていたのだろう」
「まあ、確かにこの天気じゃなぁ」
再び窓の外を見上げるカイトに、内心の動揺を悟られないように吐息を零す。
カイトという人間の精神性は、この世界にいる人々と比べても極めて異質なもの―――と、あの化物は嬉し気に語っていた。
神獣という化物の内面を理解するという控えめに言っても頭のおかしいことをしている彼に少しでも異変を感じ取られてしまえば、ボクが偽物とバレてしまう。
ボクがするべきことは、明日、彼の拠点としているヘンディル王国へ帰るまでバレないことだ。
そもそもバレないことが前提なんだけど、この場所でバレてしまえば最悪ここに放り出されて二度とここを出るチャンスはなくなってしまう。
「着れるジャケットは一着だけか……」
思考に耽っている間に、カイトは荷物の中から一着の服を取り出す。
彼がいつも着ている紺色の服だ。
「むぅ、やっぱりもっと予備を持ってくるべきだったか」
「そこまで数が必要なのか……?」
「……。そりゃ必要だよ」
この後は勇者の一人が計画したパーティというやつにカイト達は参加するはずだ。
まずはそれを乗り切らなければならないが、人の多い場所なのでボクがそれほど喋る必要もないだろう。
「……よし」
カイトが何かを呟くとおもむろにボクへと両手を伸ばす。
彼の突然の行動に体が動きかけてしまうが、それを理性で制す。
ボクを両手で抱えた彼は、ベッドの上にボクを乗せる。
「シフ、いつものアレをやってくれ」
「……アレ? す、すまない。なんのことを言っているのだ?」
「……。ああ、いきなり言われたら分からないか。シフの百ある隠し芸の一つであるアレをやってもらいたいんだ」
百ある隠し芸……!?
なにそれボク知らない。
気づかれないようにカイト達を観察していたボクだが、そんなもの見たことない。
だが、ここでできないと言えば怪しまれてしまう……!
ここはなんとか乗り越えなければ……!
「どれをやってもらいたいのだ? 要望はあるか?」
「! ……なら、君の十八番でお願いしようかな」
「……すまない。どうやらド忘れしてしまったようだ。内容を教えてもらってもいいだろうか?」
とぼけながらそう訊くと、彼は笑顔のまま答えてくれる。
「君が猫になる技だ」
「……え?」
「……。あれ、忘れちゃった?」
「あ、ああ、勿論覚えているぞ! だが記憶があやふやでな。もしかすると先日のウィル殿との戦いで記憶が飛んでいるのかもしれない!」
「そっか……分かった! ならちゃんと説明するよ!!」
しなくていい……! できればこのまましょうがないで済ませて流してくれ……!
思えば、さっきの回答で「私は猫じゃない!」と答えればよかったと猛烈に後悔しながら、カイトの言葉に耳を傾ける。
「まず君がここで寝転がる」
「うん」
「そのままごろごろする」
「……うん」
「見た目も心も猫になり切ってから―――」
そうして彼は至極真面目な表情で人差し指を立てる。
なにが来るのかと、ごくりと生唾を呑む。
「ごろにゃーんと言うんだ」
「え?」
「ん?」
「わ、分かった!」
あ、あいつなにやっているんだ……!?
偽りの記憶しか植え付けられていないはずなのに、百の技を持っているのか!?
クッ、同一個体であるボクがあいつに劣っているはずがない……!
自身の尊厳すらもかなぐり捨てて、ベッドに横になり猫そのものの振る舞いをする。
幸い、猫として振舞った時間はボクに一日の長がある。
「ご、ごろにゃーん」
「……カッッッ!!」
「な、なんだ!?」
突然気合のようなものを発したカイトに驚きの声を上げる。
見ると、何かに耐えるように額に血管が浮かび上がっている。
お、おお、怒っている!?
「な、なにかおかしいところでもあったか!?」
「いや、今のは発作みたいなものなんだ。なっ、そうだな、ライム、ユラン」
「キュ!」
「シャァー」
いつの間にかカイトの傍にいる銀色のスライムと白色の蛇。
随分と突飛な発作もあったものだな……。
すると、バタバタと扉の外で誰かが駆けてくる音がすると、次の瞬間には扉の隙間から黒色の影が入ってくる。
「か、カイト!? なにかあったの!?」
「ああ、心配ない。リーファ、猫が出ただけだ」
冗談のつもりだろうか、そう言葉にしたカイトにリーファが首を傾げる。
そのまま奇妙な沈黙が続く。
数秒ほどして、困惑するようにボクを見たリーファは、次にカイトを見る。
「カイト……?」
「———心配いらないよ」
ボクからは見えないが、右手を口元にもっていきながらそう口にするカイト。
それにリーファは、困惑した様子を見せながら頷く。
「……そう、そろそろ会場に行くけど、準備はできてる?」
「ああ、そのことなんだけど……」
カイトは開かれた荷物を見ると苦笑しながら、リーファに視線を戻す。
「ちょっと荷物が散らかっちゃったし、片付けてから行くよ」
「え、別に散らかってないじゃん」
またもや奇妙な沈黙。
不自然に数秒の間の後にカイトが口を開く。
「……。まあ、先に行ってくれ。時間もギリギリだろ? 僕達はパーティの途中で参加するから先に行ってていいよ」
「……うん、分かった」
彼の言葉に頷いたリーファはそのまま扉の鍵を開けて出ていく。
しかし、勇者と言うが今、了承を待たずに入ってきたよな……?
常識ないのか、あいつ……勇者なのに。
少し経つと、扉の外に彼女ともう一人の勇者と思わしき足音が聞こえ、遠ざかっていく。
「ふぅ……」
しかし、なんとかここはしのげたようだ。
全く隠し芸などという厄介な技を身に着けやがって……。
ほっと安堵しながら、カイトを見る。
「カイト、片づけをするというのなら早く済ませよう」
「そうだね。でも、その前に―――、ハクロ、ライム、ユラン」
瞬間、カイトの体から半透明のオオカミが飛び出し、私の身体を浮かび上がらせた。
宙を舞う私に伸びた銀色のスライムは私を包み込むような卵の形に変化し、窓のように露出した部分には白い蛇が作り出した鱗を思わせる魔力が覆われる。
「な……!?」
「さて……」
瞬く間に銀色の檻に囚われてしまい呆然としているボクを見下ろしたカイトは、檻を両手で抱えるように持つとそのまま近くのベッドの上に置いた。
なぜ、どうして、などという感情は湧かない。
それ以上の絶望がボクの中に渦巻いていた。
「さて、シフはどこにいるのかな?」
敵意はない。
怒りも伝わらない。
ただ、困ったように笑みを浮かべながら彼は、ボクを見下ろしていた。
ツッコミが減ると会話のテンポが一気に悪くなるカイトとリーファでした。




