閑話 選ばれなかったもの
今回は閑話となります。
地味にシフの視点は初めてだったり……?
私は、神獣により作られた命。
それはある意味でメリアという神獣に作られたユランと同じ存在と言える。
カイトを、純魔の力を持つ人間を助けるため、そしてこの身に刷り込まれた魔術の一つである肉体強化———純魔転生の術式をカイトの身に刻みつけることが使命であった。
彼の身体の変化はもう止められない。
古代の人間のものに変わっていると言えばそこまでではあるが、彼が人並みを外れた超人に変わろうとしている。
「……」
五日目の夜。
皆が寝静まった時間、カイト達が眠っているすぐ傍で私は毛布にくるまりながら、考えを巡らせていた。
私は既に自由の身だった。
シェイプシフターという魔物を基本とした新たな魔物。
正確な種族名は分からない。
もしかするならリオン殿が名を決めているのかもしれないが、彼女の言葉を全て鵜呑みすることは危険だと感じた。
カイトも私と同意見のようで、過度に信用しすぎないようにと話し合った。
「兄弟、とは誰なのだろうか……」
そして私の正体が明かされた次の日に、カイトは私の“兄弟”を懸命に探してくれた。
正直、私の認識としては兄弟というより同族という認識に他ならない。
そもそも私に性別はないので、兄でも姉でもない。
だがこれに言及してしまうとカイトとリーファがややこしいことになりそうだから、言わなかったけれども。
「うぅ、やめろ……!」
「カイト?」
何やらカイトがうなされている。
顔を上げて彼の顔を覗き込むと、苦悶の表情を浮かべている。
「う、ぁ、出禁はやめてくれ、もう一度、あの使い魔達の楽園に……!」
「おぬし、どれだけあの店に未練があるのだ……?」
以前、セラ殿と共に出禁になった子供用の使い魔を貸し出している店があった。
純魔の魔力を持つカイトを囲んだ無害な子供の魔物たちに、彼は過呼吸になりかけたのだ。
その件でうなされているとか、ものすごい未練もっているではないか……。
「まったく、おぬしは……」
尻尾でぺしぺしと頬を叩く。
すぐに苦悶の表情は消え、穏やかな寝息を立てはじめる。
「メリア、や、やめろぉ……」
「……おぬし悪夢みすぎでは?」
しかも割とシャレにならないぞ。
もしかすると、本当にメリアに悪夢を見せられているとか……?
「……む?」
ふと、扉の方で何かが動いたのを感じる。
―――扉の隙間から、廊下の明かりが漏れている。
それはこの五日間変わらなかったことだが、今刺した明かりに黒い影が過ったところを私は見た。
人の影ではない。
扉の隙間を覗き込むように立ち止まる、小さな動物の影。
それを目にした私は、ベッドから飛び降りて扉へと近づく。
「何者だ……?」
扉越しに声をかけると、影は扉の外から移動する。
あの体の大きさを考えると、もしかすると……。
「っ!」
その考えに至った私はすぐに尻尾を伸ばして扉の鍵と、ドアノブを開く。
跳び出すように明かりのついた廊下に出ると、その先に私と同じ姿をした黒猫がいる。
「———お、おぬしは……」
「……」
「ま、待ってくれ!」
私の姿を見た黒猫は後ろを向くと、猫そのものの脚力を見せて走り去っていく。
話がしたい。
自分と同じ同族と言葉を交わして、どうなるかは私自身も分からない。
けれど、それでようやく私は前に進める気がする。
だからこそ、絶対に追いつかなければならない。
「———」
同じ脚力に同じ速さ。
一向に縮まらない距離に焦燥していると、不意に黒猫は廊下の角を曲がる。
懸命に走りながらも、私も角を曲がり前へ前へと進もうとする―――、
「あぐ!?」
———が、曲がり角の先で私は大きなガラスの瓶のようなものに飛び込んだ。
思いっきり頭から瓶底に激突し、頭を押さえて涙目なっていると、私が飛び込んだであろう瓶の蓋が追いかけていた黒猫によって閉められてしまった。
「———お前は、バカか?」
「な、なんのつもりだ!」
手の形にさせた尻尾で瓶の蓋をしめた黒猫は、私が閉じ込められた瓶の中を覗き込む。
この瓶、普通のものではない。
食料や飲み物をいれるものではない。
まるで、実験などで使われるような―――、
「どうして、ボクに会おうとしてたの?」
「それはッ、私と同族と聞いたおぬしと話がしたくて……」
「ボク達と話?」
首を傾げる黒猫。
その声は私と同じではあるが、私とは違いその話し方はどこか子供のように思えた。
「達……!? おぬし以外にもいるのか!?」
「……チッ、あの化物。中途半端に教えたな……まあ、ボクも目的が果たせそうだからいっか」
そう口にした黒猫は、先端が手の形になった尻尾で私が入っているガラス瓶を小突いた。
ごろごろと通路を転がるガラス瓶。
それに合わせて、私も回りいたるところに身体をぶつける。
「も、目的!? な、なにをするつもりだ!」
「なにを? そんなの決まっている。———ボクがお前に成り代わるんだよ」
「な……ッ!?」
成り代わる?
その言葉を聞いて、すぐに思い至ったのはカイトの存在だ。
「なぜ、そんなことを……第一、私に成り代われるはずが―――」
「私は猫ではない!」
「っ!?」
その声は紛れもなく、私そのものであった。
驚きに目を見開く私に瓶を回す手を止めた黒猫は、無表情のまま言葉を発する。
「同族と語らいたかった? いいや、違う。ボク達は不良品さ。作られたはずなのに必要とされず、この何もない場所で生きていくしかなかった」
「な、なにを……」
「お前は、選ばれた」
小さな前足がガラス瓶へと添えられる。
黒猫の瞳から感じるのは、怒りと溢れんばかりの憎悪であった。
「失敗するはずだった。お前も、不良品になるはずだった。だが、純魔の使い手はやってきた。それもあの化物が次の純魔を呼び出す必要がないと判断するほどの使い手だ!」
本来は失敗するはずだった召喚でカイトが召喚されてしまったことを言っているのか……!?
「最初に選ばれただけで、たった一回の試みだけで後に続くはずだったボク達は生きる意味も! 使命すらも失った!! 今も兄弟たちは目覚めぬまま夢の狭間を漂っている!!」
「あ、ぁ……」
「ボクはお前の予備だ! ただの代替品でしかない! 生きる使命すらもなく、誰にも必要とされずに生きているしかないのに……お前は、彼に使ってもらえている!!」
凄まじい怒りをぶつけられ、声が出ない。
兄弟たち。
予備に、代替品。
それだけで目の前の黒猫が、何者なのかが理解できてしまった。
「お前と語り合うことなんてない! 名前をもらえて、ずっと日の当たる場所を歩いて、自分の生きる場所を見つけているお前の言葉を聞くなんて悪夢でしかないんだよ……!」
そう言って力の限りに私のいる瓶を蹴り飛ばす黒猫。
そのまま呆然としたまま運ばれていると、いつしか私は見覚えのない扉を潜り、暗い部屋へと入れられる。
「ボクは違うぞ。こんなところで生きるなんてごめんだ」
「カイトは、おぬしだって受け入れてくれるはずなのに……どうして、このような方法を……?」
尻尾で瓶を持ち上げ、何かにはめ込む黒猫。
私の言葉に黒猫は、強く睨みつける。
「お前が嫌いだからだよ」
そう吐き捨て、瓶を蹴るとガチン、と枠のようなものに嵌る。
それを確認した黒猫はその場を離れていく。
いくら声を上げようとも、瓶の中では声が反響するだけで誰にも届かない。
その場から黒猫の気配が消え、部屋の中を不気味なほどの静寂が包み込む。
徐々に夜目に慣れ、薄っすらと周囲の景色が見えてくる。
「……水の、音?」
あぶくが浮き上がる音。
微かな音を耳にした私が、よく目を凝らし瓶の先をみたその時―――突然、なにか黒い生物のようなものが視界に映り込む。
「なっ!?」
間近に映り込んだ生物。
黒い子犬の姿をしたそれは、私がいれられているものと同じ瓶に入っており、液体のようなものに浸されていた。
目の前の瓶以外にも、他にも数えきれないほどのそれがあるのを見つける。
その全てに目の前の生物と同じ、黒色のなにかが入れられている。
「う、あ」
分かってしまう。
これは、この中にいるのは全て私と同じだ。
さきほどの黒猫の言葉がガンガンと頭を打ちつける。
「あ、あああ、あああ……ッ!?」
その部屋には、目覚めることのなかった私たちがいた。
水の中で永遠に来ることのない目覚めを待つ、同胞の姿を目にした私の胸でなにかが壊れる音が響いた。
いい感じに曇ってきました。




