第百七十六話
五日目。
いつものようにウィルさんにぶっ飛ばされ、殴りかかりながらもぶっ飛ばされた。
だんだんと彼が飛ばしてくる不可視の攻撃を感じ取れるようになってきた。
目ではなく、こう……ぞわっ! という感覚で察知すればギリギリで避けられるのだ。
『ははは、おじいちゃん! もうその攻撃は当たらないわよーッ!』
『見切った……! これが野生の勘……!』
『ウィルさん! お覚悟をォ――!』
どうやら、リーファとセーラさんも僕と同じ境地に辿り着いたらしく、意気揚々と僕を含めた三人で突っ込んでいったら―――、
『お前らホント面白れぇなぁ』
『『『ぐぇぇぇ!?』』』
———その次の瞬間には、ノーモーションでの広範囲攻撃でまとめて潰れたカエルになったぜ……!
やはりまだまだ手加減されまくりではあったが、また今日も成長することができた気がする。
「明日にパーティをやるって本当?」
「マリーナさん、まさか本気だったとは……」
昼食の席でマリーナさんから渡された用紙を目にしたチサトの言葉に頷く。
有言実行とはまさにこのことだろうか。
昨日の今日で、もう“皆で集まる”計画を立てているとは、さすがだなぁ。
「ウィルさんも来てくれるのかな?」
「分かんないけど、来てくれるんじゃないかな?」
ラウンジの席に座っているリーファがあっけらかんにそう言う。
……なんだかんだで来てくれそうだな。
マリーナさんに懸命に誘われてて面倒そうにしていたけども……。
「はーい、皆、来たわよー」
「セーラさん、イオさん」
ラウンジにいる僕達の元にセーラさんとイオさんがやってくる。
二人がやってきたところで、僕はシフに視線を送る。
いつもこの時間は勇者も従者も各々の時間を過ごしているのだが―――今日は違う。
「協力感謝する……!」
「えへへ、なんだか面白そうなことしてるし、参加しない手はないと思ってね」
「猫を見つけるのですね。お任せください」
楽しそうにはにかむセーラさんに、ものすごい気合の入った表情をしているイオさん。
リーファはいつも通りおかしを摘まみながらのほほんとしているが、チサトは物思いにふけるように腕を組んでいる。
「よし、対象の特徴は黒くて丸くてかわいい猫だ!」
「「「おー!」」」
「キュー!」
「シャァー!」
「私は猫ではないぞ!?」
気合は十分。
このメンツならばシフの兄弟を探し出せるはずだ……!
シフの兄弟を探す上で僕達は別行動をすることになった。
体力がそれほどないチサトとイオさんは黒猫を目撃した施設内を探し、僕、リーファ、セラさんはそれぞれ外を捜索することにした。
「今こそ、純魔の魔力の本来の力を発揮する時……! つまり美味しい魔力として僕が餌になればいいのだ……! ハァァァ!」
「カイト、輝かないでくれ。目立ってる、目立っているから……」
両手から純魔の魔力で球体を作り出す。
ウィルさんとの戦いを経て、魔力の操作と限界値が伸びたので、大きな純魔玉を作ることができるようになったのだ。
『なんじゃぁ、あいつ……光りながら歩いてる……?』
『魔物を連れているから、テイマー……だよね?』
『テイマーって光るの?』
街の人の注目を浴びてしまうのは分かっている。
だが、僕にとってはシフの兄弟を見つけることが大事だ。
というより、ヘンディル王国でも結構な異名とかつけられてるし、最早自分の評判なんて気にしてられるか……!
「君のためなら僕はもっと輝けるよ……!」
「その気持ちはすごく嬉しいが魔物の私達も結構辛いぞ!? 私はまだ耐えられるが、ユランとライムを見ろ!」
「む?」
自分の腰の水筒を見るとライムがふらふらと揺らめいており、手に巻き付いているユランを見るとかぷかぷと僕の手に甘噛みしてきている。
どうやら僕の魔力に酔ってしまったようだ。
「シャァ……」
「フッ、やる気がから回ってしまったようだ。……純魔玉は封印だな」
「それ、絶対森で使うでないぞ? 近辺の魔物全て誘き寄せるくらいの力があるからな……?」
「分かってるって」
逆を言うなら、魔物を誘導することに使えるというわけだな。
いつか上手いこと使えたらいいな、と考えながらセントレアルの街を歩く。
さっき通りがかりに聞き込みをしてみたのだけど、意外なことにシフの兄弟と思わしき黒猫は街の人にも知られていたのだ。
「街を気ままに歩く黒猫か。人を怖がらないけど、近づきもしない……」
……。
「シフ、ちょっとその猫に会いに行かないか?」
「カイトよ。もちろん、その猫が私の同族かもしれないという可能性は考えているよな?」
「も、もちろんだぜ」
ジト目で睨んでくるシフから目を逸らす。
そんなやり取りを交わしていると、ふと視線の先に大きな噴水のようなものを見つける。
噴水の周囲は広い公園のような形になっており、人工物で溢れたセントレアルの街並みとはちょっとした別世界に見えた。
「ふむ、あの大きな噴水から地下を通って水が流れていくのだな」
「ここも施設から近いし、もしかしたらいるかもしれないな。行ってみよう」
自然が溢れている場所なら猫もいるだろう。
そう思い噴水のある場所にまで近づくと、意外な人物の姿を見つける。
「ウィルさん?」
「……」
円形の噴水の石造りの部分に腰かけ目を瞑っている老人、ウィルさん。
どうしてここに彼が? と思いながら近づくと、不意に彼はこちらを振り向く。
「なにか用か?」
「あ、すみません。休憩してましたか?」
「カッ、いいや、少しばかり涼んでいただけだ」
口の端を歪めた彼は前へと視線を戻す。
「ちょうどいい。少しばかり話そうぜ」
「え、あ、はい」
この人と話すときは決まって戦っている間なので、こういう穏やかな空気で話すのは初めてだ。
もしかしたら、シフの兄弟のことも知っているかもしれないし聞いてみよう。
「リオンの正体は既に聞いたか?」
「……っ!」
「心配すんな。俺も奴とは長い付き合いだ。まあ、散々振り回されたと言ってもいいがな」
自嘲するように笑うウィルさん。
いや、事前にリオンさんから知り合いだということは仄めかされていたので、おかしい話ではない。
「奴に気に入られるなんて、俺からして見りゃ結構な不幸な話だ」
「そう、なんですか?」
「そもそも神獣に目をつけられた人間は碌な目に合わない。こりゃ、俺の経験談だ」
「分かります。ええ、分かります」
ウィルさんの言葉に強く頷く。
神獣と関わって酷い目にあったことがある身としては同意しかない。
「僕も神獣に誘拐されました」
「カイトよ、それは自慢げにいうことではないと思うぞ」
他の誰も同じ経験をしたことないという点ではオンリーワンなのでは?
名誉どころか不名誉なんだけれども。
僕の言葉にウィルさんがおかしそうに笑みを零す。
「そんくらい気楽に言えりゃ上等だ。神獣を相手するにはちょっとばかしズレていた方がいい」
「あれですね。ビビったら終わりみたいなところありますよね」
「基本、人間を舐め腐っているからな」
そう、神獣の視点から見れば人間なんて本当にちっぽけな存在なんだ。
僕がメリアを攻撃した時も彼女は少しも歯牙にもかけず、それどころか、僕の反抗心を称えた。
「ウィルさんは、どうやってそんな強さを手に……?」
「……さあなぁ、奴の無茶に応えているうち自然とこうなっちまった」
「む、無茶とは?」
「色々だ。ま、神獣も関わることもあったがな」
どうやら、ウィルさんも結構な目にあったらしい。
ちょっとだけ黄昏た彼は、傍らに置いてあった水筒に口をつける。
「お酒ですか?」
「こう見えて酒は飲まねぇよ。中身はただの水だ」
お酒を格好よく飲むイメージだったから意外だ。
地味に驚いていると、彼は小さく溜め息をついた。
「俺もそろそろ歳だからなぁ。いつどっかで死ぬか分からねぇ身だ」
「……」
言葉に詰まる。
生き死にに関する話になんて答えていいか分からず、動揺していると彼は物凄く嫌そうな顔をしながら頭を掻いた。
「だからまあ―――あの神獣が死んだ俺を無理やり生き返らさせねぇか不安でしょうがねぇんだ」
「そっちの心配ですか!?」
「できるならやるだろ、あの人でなしども」
「いや、たしかにやりそうではありますけど!」
メリアとかめっちゃやりそう!
やばい、そうなった時の光景が簡単に想像できてしまう!
そう考えると僕の死後って大変なことになりそうな予感しかしない。
「だがまあ、さんざん神獣に振り回された人生だ。死ぬときくれぇは眠るように静かにいきたいもんだ」
「……ウィルさん」
「気分を悪くさせて悪いな。……今聞かせる話じゃねぇなこりゃ」
困ったように頭をかいたウィルさん。
神獣に振り回された人生。
黒の冒険者という隔絶した実力を持つに他ならない彼の姿に、僕は自分の境遇と重ね合わせた。
神獣に振り回されたという意味では、ウィルもカイトに近い立場にいるかもしれませんね。




