第百七十四話
第百七十四話です。
今回はちょっと長めです。
純魔の魔力を持つ人たちは過去の人間によって滅ぼされてしまった。
歴史では……今の時代に生きる人々にとって純魔の魔力というのは魔物への生贄とされていた不遇な系統と思われてきていたが、まさかそれも嘘だったってのか?
「でも、この時代にも何人かは純魔の魔力はいるんでしょう? 系統という括りにあるなら、ある日突然純魔の魔力に目覚めてもおかしくないはずじゃ……?」
「いいや」
チサトの指摘にリオンさんは首を横に振る。
「純魔の魔力を持つ人間はね。環境によって発症するものなんだ」
「発症……?」
「濃密な魔力に満ちた環境に適応し、それらを取り込み自分の力にする人間。そもそも高純度の魔力を有する純魔達のいた環境は―――多量の魔力に満ち溢れた世界だ」
「それってもしかして……神獣が好き勝手に暴れていたから……?」
「その通り。その最も濃密な魔力の“溜まり場”で生きられた者こそが、純魔、と呼ばれるんだ」
正解とばかりにパチン、と指を鳴らすリオンさん。
つまり、神獣が傍迷惑に暴れまわっていたことで生じた魔力が空気中に漂い、その最も濃い場所で平気な顔をしてられる人間が純魔の魔力を持つってことか。
あれ、それじゃ……?
「でも、僕は違いますよ? 僕達のいた世界には魔法なんてありませんでしたし」
「あくまでこの世界はってことだけさ。考えられる可能性は多分にある。この世界で次元の狭間に呑まれた人間が君の世界に流れ着いたか、そもそもが君がその世界の魔力を集めてしまう特異な体質を持っていたか……この私ですら君が純魔を持つ理由は分からないが―――」
リオンさんは軽く掲げた指を僕へと向ける。
「君は、確かにここにいる」
「……」
「断言しよう。君、いや君達の存在は私にとってはまさに奇跡にも等しい」
その言葉を、どのように受け取っていいか分からない。
彼女の言葉には、僕だけではなくチサトとリーファも入っているようだ。
「さて、純魔の魔力について説明したところで、君の問いかけに答えよう。君がチサトを巻き込んだのか、チサトが君を巻き込んで召喚してしまったのか……」
純魔関連の話に気をとられていたけど、こちらの話も重要だ。
「答えはどっちも、だ」
「は?」
「正確に言うのなら、これは一度目の試みだったんだ」
「……は?」
「うん、正直、失敗すると思ってた」
は? 待って、どっちもとはどういう意味だ。
失敗すると思っていたって、さっき計算してのことだって聞いたような……。
僕だけではなく、チサトもシフも唖然としている。
「計算してとは明言した手前恥ずかしいんだけど、あくまで実験的なもので勇者召喚術式にちょこちょこって細工をして別世界の純魔の魔力を持つ者を連れてこようとしたんだ。でも、別世界の干渉で次元の狭間開くより遥かに難しいから私も成功するか分からなくてねー」
「本来は成功するはずがなかったってことですか……!?」
「うん」
なんだそれ!?
リオンさんにとっては物凄い幸運なことかもしれないけど、僕視点だと失敗するはずの術式が不慮の事故で成功してここに連れてこられてしまったと同じなんだけど!?
「いや、それじゃ僕がチサトを巻き込んでしまったようなものでは!?」
「それが違うんだよね。私の細工のせいで召喚範囲が強制的に異世界に指定されちゃったけれど……術式はしっかりと勇者をフィルゲン王国に召喚し、君をメリアの遺跡へと転移させた」
たしかにフィルゲン王国の勇者召喚術式はチサトを王国に召喚していた。
僕がメリアの遺跡に飛ばされることもこの人の計画通りであったのなら―――術式は正常に発動していたとも言える。
「純魔の魔力を持つ僕と、歴代最優の勇者と呼ばれるチサトが、同時に召喚されてしまった……」
「つまり超低確率ガチャを単発で引いたら、どういうわけか超ウルトラレアを二枚抜きしたと?」
「う、うん?」
チサトの分かるようで分からない答えに困惑するリオンさん。
僕としては分かりやすい例えだったけれど、僕と君以外絶対理解できないからね、それ……!
だけど、なるほど……。
「リオンさんの細工と、勇者召喚術式。そのどちらもが正常に発動したから、僕と君のどっちが巻き込んでしまったかは分からないってことか」
「うん、そうみたいだね。巻き込まれたとしても、私は怒るつもりなんてなかったけど」
でも、そうだとしたら全て目の前で上機嫌にニヤニヤしてるリオンさんが悪いのでは?
そもそもこの人が失敗承知の純魔召喚ガチャを試みなければよかっただけなのでは?
「そもそもどうして僕をこの世界に呼び出そうとしたんですか?」
「これに関することは全てを話すことはできないけれど……そうだね、簡潔にまとめるなら、他の神獣が我慢できなくなってきたから……かな」
僕の問いにやや言い淀むリオンさん。
歯切れの悪い彼女を訝しむ。
「神獣も生物だ。彼女の意志を汲んで大人しくしていたとしても、いつかは我慢の限界もやってくる。だからこそ、神獣と心を通わすことのできる“人間”が必要だったんた」
「我慢の限界……?」
「もう一度、神獣が暴れまわる時代がやってくるかもしれないということだよ」
……。
彼女の言葉にメリアの時と同じ違和感のようなものを抱きながら、素直な疑問を口にする。
「貴女では駄目なんですか?」
口が巧そうに見えるし、何より神獣だ。
僕の問いに彼女は笑いながら手を横に振る。
「無理無理、私達は基本仲が悪いんだ。顔を会わせたらまず最初に手が出るくらいに嫌い合ってる。話なんてもっての外だよ」
「えぇ……」
「あ、フィーリヘルトは別だよ。あの子は能天気だから」
神獣の交友関係が割とシビアすぎる。
だからこその僕というこの世界にはいない純魔の使い手が必要なのは分かった。
僕とチサトのことも聞けた。
あくまで一部だけど、僕が召喚された理由も教えてもらった。
「もう一つ、聞きたいことがあります」
……シフに視線を送ってから、リオンさんへと向き直る。
「僕がこの世界にやってきたあの日。遺跡で僕とシフが出会ったことも、貴女が仕組んだことなんですか?」
確認するようにそう質問する。
これが聞きたかったもう一つのこと。
シフの正体と、どのような目的で僕とこの子を引き合わせたのか?
僕の質問にリオンさんは意外なほど素直に頷いた。
「君とシフが出会ったことは、私達が仕組んだことだよ。駄目元での計画だったから粗が目立っていたけど、それでもシフは、植え付けた記憶に従って―――君と出会った」
「なんのために……?」
「いくつか理由があるけど、その一つが君に戦う力を身に着けてもらうため。転移される場所が場所だったからね。結果的には私の判断は間違っていなかったわけだけど」
それじゃあ、オロチが僕達を襲ってきたのは事故みたいなものだったんだな。
「本当はここで君を迎えることができたらよかったのだけど……それじゃあ、他の神獣に気取られてしまう危険もあったからねぇ」
「シフは僕の護衛だった、と?」
「その通り。でもミスリルスライムの出現とオロチの襲撃については、私の計画にはなかったと明言しよう。メデュラリアムも、オロチに君を食わせようなどとも考えていなかったはずだよ」
メリアのことはなんとなく分かっていた。
あの時点の彼女が僕を襲うように命令させた……とは考えられないから、多分僕の純魔の魔力に惹かれて襲い掛かってしまったのだろう。
「……リオン殿、私は、なんのためにこの世に生まれたのだ?」
「君は純魔の使い手のために生まれた魔物」
「カイトの、ため?」
「純魔の使い手と契約し、使い魔になった時から君はようやく個を持った魔物としての生が始まり、それと同時に君の役目もほぼ終わった」
「役目……?」
「肉体強化をカイトに刻み込む、これが二つ目の理由だ」
その言葉に僕とシフは驚愕に目を見開く。
そうだ、シフとの出会いにこの人が関わっているというのなら、当然肉体強化という異様な魔術も関係しているに決まっている……!
洪水のごとく明かされていく事実に必死に思考を巡らせる。
「隠された名は、純魔転生の術式。君の身体を“純魔の魔力に完全に適応した人間”に転生させる魔術さ」
「まさか、私の役目は肉体強化と称して、その術式を……!?」
「そう、だから君の役目は既に終わっているんだ」
動揺したシフは、僕を見上げる。
正直、僕も感情のままに問い詰めてやりたいところだけど、ここは冷静に質問していこう。
うなだれてしまったシフの背中を撫でながら、そう自分に言い聞かせる。
「僕の身体に何をしたんです? 純魔に適応した人間とはなんですか?」
「簡単に説明すると、純魔転生の術式は君の肉体を、かつて私達を従えた女性と同じ類のものに変えるものだ」
「同じ、類……?」
「そもそもが古代の純魔の持ち主である彼女と君では、肉体の構造は同じでもその本質は全く異なっている」
リオンさんが僕を指さす。
「彼女はその中でも群を抜いて強かった。肉体は純魔によって果てなく強化され、その器は神獣でさえ従えることができてしまった」
「僕も、そうなると?」
なら、肉体強化により強くなった肉体は純粋に強化されているというより、神獣に触れた光景で会った女性に近づいているということか?
……いや、よくよく考えてみれば異世界から来た僕が肉体的に弱いのは当然のことだろう。
そもそも、この世界の人達―――というかリックさんとかスノウさんとか、やべぇ身体能力してるし。
「本当は肉体強化という形で、術式が表に出てくるのは数年先くらいの見積もりだったんだ」
「え? でも肉体強化は半年も経たずに……」
「それだけ君が修羅場を潜りぬけてきたということだよ。君達が事件に巻き込まれるたびにハラハラとさせられてきたけど、その分それを乗り越え、大きく成長する姿には興奮させられたものさ」
腕を組んだリオンさんはうんうんと頷く。
しかし、すぐにその表情を真面目なものにさせる。
「———神獣と相対するには、彼女と同じ力を持たなければならない。君にとっては迷惑な話かもしれないけれど、君という奇跡を引き当てた時点で、私に選択肢は残されていなかった」
「……」
「すまなかった。こちらの勝手な都合で君達をこんな世界に連れて来てしまって」
頭を下げた彼女に、慌てる。
たしかに怒っている部分もあったし、まだまだ聞きたいこともある。
「もうここまで来てしまったし、今更ですよ。だから頭を上げてください」
「……うん」
今の謝罪に偽りはなかった。
だけど、まだ何かを隠しているのだろう。
あえてそれを口に出さないのか、それとも言う必要がないのかは分からない。
味方であるのは分かっているが、僕達はまだ彼女を完全に信用していいわけじゃないのはよく分かった。
「……」
空腹を満たせて眠くなったのか、リーファがテーブルの一点を見つめながら虚ろな目で船を漕いでいる。
この子、ただスイーツ食べに来ただけなんじゃ……? と思うが、このまま続きを話していても頭に入る気がしないので、僕も情報をまとめる時間が欲しい。
「リーファが眠くなってしまったので、そろそろ部屋に戻ります」
「あ、うん……」
「そんなキリッとした顔で言うことかな……?」
隣のチサトのツッコミをスルーしながら、微睡みの中にいるリーファを立たせる。
少し寂しそうにするリオンさんに若干の罪悪感を抱きながら、その場を後にしようとすると―――、不意に立ち止まったチサトが、リオンさんへと振り返る。
「リオンさん」
「ん? お菓子は持って行ってもいいよ?」
「……」
サッと、とお菓子の入ったお皿を手にしたチサトは、やや疑うような目で彼女を見る。
「シフと同じ魔物は、一体だけ?」
「「!」」
———シフと同じ魔物?
そう訊いて、僕もシフも我に返る。
そうだ、僕はここで黒くて喋る可愛い毛玉を目撃していた。
あの子もシフと同じ魔物だとしたら……。
「ああ、そういえば伝えるのが忘れちゃっていたね」
彼女の質問に笑みを返したリオンさんは、僕に抱えられているシフと視線を合わすように身を屈める。
「シフ、君にはね。兄弟がいるんだ」
「……え? きょう、だい?」
「うん、君が一番最初に作られたから、君が一番上のお兄さんってことだね」
作られた魔物であるはずのシフに、兄弟がいる。
それを知ったシフは、か細い声を漏らし、ただ弱々しく俯いてしまっていた。
>>つまり超低確率ガチャを単発で引いたら、どういうわけか超ウルトラレアを二枚抜きしたと?
恐らく、これが最も的確な例え。
当時のリオンは、びっくりしすぎて自分の正気を疑いました。
そして、失敗するはずだった術式を成功させてしまうカイトの運の悪さよ……。




