第百七十三話
第百七十三話です。
昼間に接触してきたリオンさんからの招待。
それに従った僕達は、他の人々が寝静まったであろう時間帯に庭園へと向かうことにした。
庭園の場所は僕達が泊まっている施設の隣にあり普通は関係者以外入ることのできない場所らしい。
僕達は他ならないリオンさんからの招待を受けたので、何事もなく庭園に足を踏み入れることができた。
「カイト君、本当に私と君が召喚された理由について話すって?」
「そのはずだ」
「……」
チサトはずっと思いつめたような表情のままだ。
自分がこの世界に連れてこられる謎が明かされようとしているのだ。
思いつめるのも当然だし、僕自身聞くのが怖いとすら思っている。
そして―――、
「シフ、君は大丈夫か?」
「……うむ、私は平気だ」
チサトと同じか、それ以上に深刻な顔をしているシフ。
どんな言葉をかけてあげればいいか分からない。
作られた魔物か……。
どうにも、僕も嫌な想像ばかりしてしまうな。
「ん、お腹空いた……」
「君はいつも通りで安心するよ」
のほほん、とそんなことを呟くリーファに肩の力が抜ける。
こういう時、この子のマイペースさが助けになる。
この時間に食べ物を口にするのは許さないけど。
青々とした植物が生い茂る庭園を進んで行くと、その先に魔具による白い明かりが照らされた場所が見えてくる。
そこには木製のお洒落なテーブルと椅子が並んでおり、その椅子の一つにはリオンさんが座っていた。
「やあ、ようやく来たね。待ち焦がれたよ」
素顔を晒した彼女は僕達に手招きをする。
ようやく見つけた明かりに安心しながら、近づき促されるままに席に座る。
「はい、どうぞ」
席に座った僕の前にカップが差し出される。
カップから良い匂いがする。
リーファとチサトにも同じものを差し出しているリオンさんを見ると、彼女は柔らかく微笑む。
「ハーブティーだ。ここで作ったものなんだ」
「……いらない」
「おっと、気に入らなかったかな? それじゃ―――」
むすっとしたリーファの言葉に、どこからともなくお盆に乗せられた何かをテーブルに差し出す。
「お菓子やケーキはどうかな?」
「カイト。この人、いい人かもしれない」
少しは堪えろ。
最初は“敵からの施しはいらない!”みたいな目をしていたリーファも、続いて差し出されたスイーツに陥落した。
「くっ、押さえろ私……! この時間の甘味は暴力だろぉ……! で、でも自分へのご褒美的な……いや、駄目だぁ……」
隣で猛烈な葛藤を見せているチサトはスルーすることにした。
もう、伸ばそうとしている右腕を左手で押さえる一人芝居もしてたけど、ツッコまないようにする。
とりあえず、出されたカップを口につける。
……美味しい。
紅茶とかに詳しくないけど、間違いなく今まで何も考えずに口にしてきたお茶とは違う。
「フフフ、どうかな?」
「……もしかして、なにか盛ったりとかしてます?」
お茶を味わっている僕を見ていたリオンさんにそう問いかけると、彼女はおかしそうに微笑んだ。
「とんでもない。私はただ、君達とこうして相対するのが楽しいだけさ」
「そう、ですか?」
「ああ、君達は本当に貴重な存在だからね」
リオンさんの視線が僕からチサトとリーファに向けられる。
メリアの興味の対象は僕だけだったけど、彼女は違うのか?
「さて、約束通り話をしよう。君達も待ちきれないだろう?」
僕達が召喚されてしまった理由。
その理由が今から明かされる。
「まずは、カイト。君が異世界から連れてこられたのは私が計算して行ったことなんだ」
「……」
「なっ……!?」
驚きはある。
だけど、それは今までのメリアとリオンさんの言葉を考えれば、なんとなく予想できていたことだ。
その辺の葛藤はもう既にしているし、今はもっと別の話を聞かなくてはならない。
「その顔は薄々気付いていたという感じだね。だが、君が本当に聞きたいことはそうではなく―――シシハラ・チサトという人間が、君の召喚に巻き込まれてしまったかどうかを知りたいんだね?」
「……はい」
「カイト君……」
最初は僕がチサトの召喚に巻き込まれ、この世界にやってきたと思っていた。
だけど、もしそもそもそれが逆だったのなら、僕が彼女を巻き込んでしまったことになる。
気遣うような視線を向けてくるチサトに、苦々しい笑みを返しながらリオンさんへと向き合う。
さあ、実際はどうなんだ……?
「私が君を召喚しようとしたそもそもの理由は、この世界に高純度の純魔の魔力を持つ者を招きたかったからなんだ」
「それは、どうしてですか?」
「この世界にはもう存在しないからだよ。多少の木っ端はいるだろうけど、本物の純魔の魔力の使い手は君以外には誰にもいないんだ」
メリアも同じようなことを言っていたけど、本当に僕以外にはいないのか?
僕の疑問にリオンさんは昔を懐かしむように目を細める。
「君は神獣たちの記憶を見て知っているだろう? かつて私達を従えた純魔の魔力を持つ人間のことを」
「……あの女性のことですよね?」
「彼女は、神獣である私達を従えるという常軌を逸した偉業を成し遂げた」
リーファ達は分かっていないのか首を傾げているが、僕は知っている。
どれほど前のものか分からない記憶。
「大まかな部分は省くけれど、神獣を従えるなんて出鱈目な人間、普通の人間が見たらどんな反応をすると思う? はいっ、リーファ! 答えて!」
「ふむぅ!?」
ケーキを頬張りながら話を聞いていたリーファは、突然の指名に驚く。
カップのお茶で喉を潤した彼女は、僅かに戸惑う様子を見せてから口を開く。
「……怖いと思う。だって人間って自分達と少し違うだけで偏見を持つ生き物だから」
「魔物混じりの君なら、そう答えると思っていた。ああ、まさにその通りだ。だが、人間達は彼女の力をひたすらに恐れた」
神獣を従えるなんて明らかに人間の領分を超えている。
しかも、メリアの記憶では神獣の力を借りながらも、彼女を殴り倒したという普通じゃない力も持っている。
「最終的には、彼女は自ら命を絶った。これ以上、神獣と人間の狭間が大きくならないように、その身を賭して世界に均衡をもたらしていたんだ」
「……その人が、神獣をまとめなければ、そんなことにはならなかったんじゃないの……?」
「いいや、彼女がいなければ人類は滅んでいたことだろう。私達、神獣の手によってね」
そう断言した彼女は、途端に歯切れが悪くなる。
どう言葉にしていいか迷っているのか?
首を傾げていると、彼女はようやく口を開く。
「彼女が生きていた時代はなんというか……神獣時代? 神代? 神獣大決戦みたいな私達がひたすらに暴れまわろうとしていた時代だからね。それはもう、あっちこっちで大厄災がぽんぽんぽーんと起こっていたわけさ。はっはっはっ」
「「「……」」」
「そんな目で見ないでよ。照れちゃうから」
なにその世界の終わりみたいな時代。
逆に人類よく生き残っていたなって思うんですけど。
隣を見れば、皆ドン引きした様子だ。
「あの時はあの時で楽しかったんだよね。時々、神獣同士の戦いで次元の狭間が開かれちゃって、一度、穏健派の神獣とかが呑み込まれたりしちゃって、もう大変でさー。見た目はゴリラの神獣でね、名前はシシェ―――……あ」
「……」
「聞きたいのはこんな話じゃないよね。ごめんね?」
「いえ、その話は後で聞きたい。じっくり、くわしく」
「そ、そう?」
食い気味のチサトの言葉に慄くリオンさん。
この子もこの子でUMA大好きだもんなぁ、それに近い神獣の話とかも大好物なのだろう。
コホン、と咳ばらいをした彼女は話の続きを口にする。
「彼女亡き後、人間と神獣の均衡は保たれた。彼女の意志を尊重する神獣たちは各地に散らばり、神獣同士での接触を禁じたんだ」
「それは、今でも?」
「もちろん、一体として欠けることなく存在しているよ。まあ、寝てるか、独自に動いているかのどちらかだろうけどね」
神獣が動き出せば、厄災は免れない。
それがもしあの遺跡で見た壁画と同じ数だけの神獣がいるのならば、今いる僕達の世界は小さく感じてしまう。
「だが、問題は人間達がとった行動にあった」
「……リオンさん?」
僅かに彼女の雰囲気が変わった。
これは、怒っている? いや、何かを侮蔑するような見下した感情が伝わってくる。
漠然とそう感じ取ってしまった僕に、彼女は続きの言葉を口にする。
「彼らは純魔を恐れた。神獣を従えるかもしれない力を有する者に恐怖し、もう二度と彼女のような存在が現れないようにしたんだ」
「現れないようにした?」
「チサト、君は純魔の魔力を持つ人間の数が、なぜ少なくなったか理由を知っているかい?」
リオンさんの問いかけに、チサトは困惑しながらも答えようとする。
「魔物への生贄として、捧げられていたから?」
「そう、歴史ではそう語られている。だが、事実は違う」
“人間共が恐れ、摘み取ってしまった大罪の証”
あの遺跡で、メリアに語り掛けられた言葉が頭によぎる。
あれは純魔の魔力を持つ僕のことを口にしていたというのなら、そこから導きだされる答えは単純だ。
「純魔の魔力を持つ人間は、魔物ではなく他ならぬ人間の手によって滅ぼされたんだ」
歴史の裏の隠された事実。
その事実に、僕は思わず自分の掌を見てしまうのだった。
神獣共がヒャッハーしていた時代という黒歴史。




