第百七十二話
第百七十二話です。
昨日と同じく自室で着替えを済ませた僕達は、ちょっと早めの昼食をとった後にセントレアルの街並みを見に行くことにした。
チサトは図書館に用があるらしく、セーラさんとイオさんと別行動を取るようなので、僕と使い魔達とリーファ、そして午前の訓練で助けてもらったマリーナさんと共に施設を出る。
街中を見渡しながら進むリーファが好奇の目を向ける。
「なんだか、お店というより工房とかそういうのが並んでいるね」
「行きの馬車でお店とか道具屋とかあったから、ここはそういう区画なんだろう」
「うむ、セントレアルは技術者の多い場所って、ここの人も言っていたな」
鉄板を加工したり、ガラス越しに魔具と思われる何かを組み上げている人などが見える。
セントレアルは国ではないらしいが、それと同じかそれ以上の権力を有していると言われている。
その理由の一つがこの技術力らしい。
まあ、勇者召喚術式なんていうデタラメな技術を他国に配れる時点で魔術に関する儀式も群を抜いているのは確かだろう。
「綺麗な場所ですね! ワクワクですね!」
「……そ、そうですね」
なにやらものすごいウキウキしているマリーナさんに少しだけ引く。
なんでこの人こんなにテンション高くなっているんだ?
「この白い壁とかもう素敵です! もう一面真っ白ですね!」
セントレアルの建物は近代アートみたいなデザインをしている。
先鋭的、というか物理的に尖っていて丸い部分が見当たらないのだ。
なのでそれを絶賛する気持ちも分からなくない。
分からなくないのだけど―――、
「あぁ、素晴らしい……素晴らしいですねぇ」
「カイト、もしかするとこの女も“勇者”なのでは?」
「ああ、“勇者”だな……」
「勇者って言葉を変人の隠語みたいにしないで」
鋭いツッコミをしてくるリーファ。
僕とシフの会話の内容がおおよそ理解できる君もそう思ったと見てもいいのかな?
「そしたらカイトも勇者になっちゃうよ?」
「ははは、リーファは何言っているの? 勇者は君だろ?」
「なんだろう。事実を言われただけなのに、すっごい納得いかない……」
言葉って難しいよね。
そんなやり取りを交わしながらセントレアルの街並みを歩く。
「マリーナさんって従者の方はいるんですか?」
「いいえ、それが決まらなくて……」
「え、一人でも大丈夫なんですか?」
そう尋ねると、彼女は顎に指を当てながら答える。
「そこまで苦労はしませんね。基本的に、一人の方が動きやすいですし」
「従者はいいよ? 朝起こしてくれるし、ご飯も作ってくれる」
「シフ、ビリビリ電気―――」
瞬間、僕の隣から逃げるリーファ。
よほどこのビリビリ電気ショックがトラウマになったようだ。
……あれ、最早これ技なのでは?
普通の電撃に耐えるリーファに効くということは、もう一種の技なのでは?
「シフ、僕達は恐ろしい技を作り出してしまったようだ」
「名はどうする?」
「ビリビリ……掌」
「……いいんじゃないか? おぬしらしくて。私は好きだぞ」
「シャァ!?」
「キュ!?」
どこか虚ろな目で肯定してくれるシフにユランとライムが鳴き声を上げる。
よしよし、君達も気に入ってくれたか。
すると、僕達のやり取りを見ていたマリーナさんが噴き出すように笑った。
「お二人を見ていると、従者を連れるのも悪くないと思えてきます」
「退屈はしない。私も最初は一人だったけど、今は楽しいし」
元の位置に戻ったリーファが照れながらそう口にする。
この子も最初と比べれば大分感情を表に出すようになったからな。
今はちょっと自分を出しすぎじゃないかと思うくらいだ。
「あ、そういえば私、考えていたことがあるんです!」
「何を?」
「帰る前に、皆さんで集まろうって!」
集まるとは?
お別れ会みたいなことをするのかな?
「なに? ご飯の話?」
「お料理も用意してもらおうかなって」
「カイト、いつ行く? 私は準備はできてるよ?」
「六日目の話だから、大人しくして」
眠そうな目を途端に光を灯す相棒を大人しくさせる。
そんな彼女をスルーしたマリーナさんは、嬉しそうにはにかむ。
「訓練を見てくださったウィルさんにも参加してもらったりするのもいいかなって」
「あ、それはいいですね」
本当は一回だけで終わりのはずが、何日も訓練を見てもらったからなぁ。
マリーナさんが計画しているという集まりについて話し合う。
そうしている間に、それなりに時間が経ってしまったのか、彼女が立ち止まる。
「あまり遠くへ行くと帰りが大変ですね。そろそろ戻りましょうか」
「ええ、そうしましょ―――」
「カーイトっ!」
不意に、気配もなく後ろから肩に手が置かれる。
僕とリーファの間に入ってくるように姿を現したのは、フードを被った女性―――先日、自身が神獣だとカミングアウトしたリオンさんであった。
「やあやあ、奇遇だねぇ。今は帰りかな?」
神獣なので気配もなく現れてもおかしくない。
神獣なので無駄にフレンドリーなのもおかしくない。
よし! なにもおかしいことは起きていないな!
「はい。もしかしてずっと見てました?」
「うん! 見てた!!」
正直な笑顔が眩しすぎる。
無駄に嬉しそうなのが逆に怖い。
まずは、警戒を露わにしているリーファとシフに説明をしたいけれど、この場にはマリーナさんがいるので後にした方がいいだろう。
リオンさんが神獣だということはリーファ達には既に話してある。
「やあ、君はヴェラルザル王国のマリーナだね?」
「は、はい。その、貴女は……?」
「私はリオン、ここに住んでいるものさ。……ちょっといいかな……」
おもむろにマリーナさんに近づいたリオンさんは彼女に何かを耳打ちする。
一言二言か、リーファですら聞き取れないほどの小さく、短い言葉を聞いたマリーナさんは、表情を真っ青にさせる。
「す、すみません! 私はこれで……!」
「あ、マリーナ!?」
深々と頭を下げた彼女は逃げるようにその場を走り去ってしまう。
その場に残された僕達は、手を振っているリオンさんを見る。
「マリーナさんに何をしたんですか?」
「誰しも秘密の一つや二つあるということさ。だけど、これで秘密の話ができるね?」
笑顔で振り返る彼女に思わず額を押さえる。
本質的にはメリアと同じということか。
そのまま施設への帰り道を歩きながら、彼女の言う秘密の話を始める。
「カイトから聞いての通り、私は神獣だ」
「……」
「警戒するのも当然だね。メデュラリアムに殺されかけたのならしょうがない」
リーファの睨みつけるような視線を気にせずに、彼女はこちらを見る。
「私が君に会いに来た理由は、そろそろかなって思ったから」
「そろそろ……?」
「今夜、庭園に来てくれ。もちろん、ここにはいないチサトもね」
そろそろ来そうだとは思っていたけど、今日の夜か。
僕達が召喚された理由に触れる話。
どのような事実が待っているかは定かではないが、緊張しないはずがない。
「カイトから聞いたが、おぬしはカイトとチサトが召喚された件に関わっておるのだな?」
「ああ、その通りだ、シフ」
シフの問いかけにリオンは快く答える。
「それなら、私の正体については……知って、いるのか?」
「うん? ああ、君は私が作ったんだ」
———は?
なんてことのないように口にした彼女に、僕達は一瞬何を言われたのか理解できなくなる。
そんな僕達の反応を知ってか知らずか、彼女は続けて言葉を発する。
「君の正体はシェイプシフターじゃない。いや、正確に言うにはシェイプシフターという生物を核とした新たな魔物とでも言うべきかな?」
「な……」
「これも今夜話そう。合わせて話した方が手っ取り早いからね」
……まだまだこの人に聞くことが多そうだ。
リオンさんは僕が思っていた以上に、深い部分を知っている。
言葉を失っているシフを抱えた僕は、そう確信しながら上機嫌に隣を歩くリオンを見るのであった。
リオンにとって、シフの話はそれほど重要ではありませんでした。




