第百七十一話
第百七十一話です。
昨夜の交流会は本当に楽しかった。
ジャンさんの話とかもう盛り上がりまくりだったし、他の従者さん達も皆気のいい人たちでよかった。
昨日の交流会だけでもここに来た価値があったと思わせてくれるくらいに、思い出に残るものだった。
「カイトって実は男の人が好きなの?」
「リーファ、正座しろ」
朝食の席で突然そんなことを言い放ちやがった主様を地面に正座させながら僕は、慣れた様子で正座をしたリーファを見下ろす。
どういう意味か分かっていないのか、リーファは不思議そうに首を傾げる。
どうしてそう思った経緯は後で聞くとして、まずは僕の印象が大きく変えられるであろう言葉を訂正しなければ。
「いいかい、リーファ。君のそれは勘違いだ。僕は、普通だ」
「……カイト。ナイスジョーク」
サムズアップをするリーファの頬を挟み込むように片手で掴む。
「ふむぅ!?」という声を上げるリーファをどうしてくれようかと思っていると、後ろからセーラさんとチサトが僕を止めにかかる。
「お、おおお落ち着きなさい! リーファも悪気はないはずだから!?」
「カイト君! ここじゃまずいよ! やるなら人目のないところでお仕置きして!」
「チサトォ! 言い方ァ! ここじゃなくても十分にまずいからねぇ!?」
たしかにここでは人の目がある。
これ以上の醜態をさらすのは、ヘンディル王国にも影響が出る。
「とにかく僕は断じてそっち系じゃないからな?」
「うん。良かった……カイトを殴って治さずに済んだようだ」
「僕は一昔前のテレビかなんかか」
この意味は伝わらないだろうけど、そうとしか思えんぞ。
ため息をつきながらリーファと共に再び席につくと、目の前の席にイオさんがいることに気付く。
彼女は僕と目が合うと、照れたような素振りと共に視線を逸らした。
「……あっ、昨日はその……すみませんでした」
……昨日の席で隣にいたイオさんがシフを抱えたまま眠ってしまっていたけれど、彼女も相当疲れていたのだろう。
なんとなくそれを察した僕は、シフにもう少しだけそのままにしてもらうように頼みながら、そっとしておくことにした。
「いえ、僕も従者ですから苦労は分かりますから気にしてませんよ。シフもそうだよね」
「うむ、ネコ扱いは納得できないが、それ以外は気にしていないぞ」
「……ありがとうございます」
僕達の言葉にイオさんが微笑む。
やはり、従者としての皆さんはいい人ばかりだな……!
「イオォ、その調子よぉ……!」
「むんッ……!」
「もしかして純魔の魔力って人間も対象内だったりする……?」
そして勇者達は一癖も二癖もありすぎる……!
改めてそう思いながら、僕は目の前の朝食に集中する。
これからウィルさんとの模擬戦だからな、しっかりと食べて倒れないようにしないと!!
●
「ぬ、ぐぉぉぉぉ!!」
お、押し潰されるぅぅぅ!?
模擬戦の最中、ウィルさんの魔法によりビターンッ! とめんこのように床に叩きつけられた僕は、床に身体をめり込ませながら、必死に上からの力に抗っていた。
「俺が言うのもなんだが、お前さん、これで意識を失わねぇのは中々に人間離れしてるぞ」
「こ、この程度ぉぉぉ……!」
「ぬ、ぬぐぐ」
「シャ、シャァ」
ライムは平気だが、シフとユランが辛そうだ。
なんとか腕だけは地面についたまま、上からかかる圧力に耐える。
肉体強化で多少無理やりにでもこの拘束から抜け出さなければ……!
「カイト!」
「今度はこちらか」
僕に掌を向けているウィルさんの側方からリーファがナイフで切りかかる。
独特の金属音と共に弾かれるナイフ。
ウィルさんの手から放たれる力を避けながら、リーファは影を僕の元へ伸ばしてくれる。
「ッ影沼」
僕の身体が影に沈み込む。
一瞬真っ黒な視界に染められるが、次の瞬間には身体にかかっていた圧力が消える。
影で僕達を呑み込んで、魔法の範囲から逃がしてくれたのか!
「リーファ、ありがとう!」
「お礼は後! 今は攻撃だよ!!」
「おう!」
影で爪を作り出したリーファの攻撃に合わせて僕も突撃する。
「ライム、杭!」
「キュゥ!」
瞬時に普通のものよりも二回りほど大きい銀色の杭へと変わったライムを右手で握りしめ、炎を纏わせながらウィルさんへと突き出す。
「火炎杭!」
ウィルさんに当たる寸前で杭は停止するが、僕はユランの魔力を左腕に纏わせながら、杭を押し込むように掌底を叩きつける。
釘を打つ要領で叩き込まれる一撃で、ライムに付与された火炎が炸裂する。
「そうだ。より自分の力を生かせ、想像力を働かせろ」
「ッ」
煙の中から向けられた手が僕とリーファの身体を浮き上がらせる。
ウィルさんの身体の周りにはうっすらと亀裂の入った魔法の壁が見えるが、突破できていない。
彼の手に無色透明の魔力が集められる。
空間すらも歪ませるほどの力を目の前に、僕とリーファが回避行動を取る前に―――それは放たれる。
「くっ」
「うぁ!?」
強烈な力に僕達の身体は吹き飛ばされる。
見えない壁に真正面から叩きつけられたような衝撃に視界が明滅しながらも、なんとか着地しようとすると不意に僕達の身体をぬるりとした柔らかい何かに包まれる。
「ぐぅ!?」
「ぬん!?」
チサトの水系統の魔法!? いや、チサトはセーラさんと僕達の次に模擬戦をやるはずだ。
一先ず自身の身体を見ると、僕達を受け止めたのは水ではなく―――、
「泥……?」
「ど、どろだらけになっちゃった……」
水気のある土。
いつの間にかそれらが僕達が落下する場所に発生しており、衝撃をうまく和らいでくれていたようだ。
これも、誰かの魔法なのか?
でも、こんな魔法を使っている人なんて……。
「だ、大丈夫ですかっ! リーファ! カイトさん!」
「マリーナさん……? もしかしてこの魔法は……」
「はい、私の土系統の魔法です。間に合ってよかったです」
勇者の一人、マリーナさん。
これまで彼女はウィルさんとの模擬戦に参加することのなかったので知らなかったけど、この人はイリスさんと似た土系統の魔法を使うのか。
「か、カイトさん、立てますか?」
「え、ええ、ありがとうございます」
僕に差し伸ばされた手に応じながら立ち上がる。
手を掴んでから僕の手と身体が泥まみれなことに気付く。
なんだか酷く申し訳ない気持ちになりながらウィルさんを見ると、彼は既に構えを解いていた。
「次の奴らだ。お前らは休んでいいぞ」
―――まだまだだな、僕達は。
成長できた実感はあれど、足りない。
改めて自身の実力を自覚させられながら、見つめていた拳を握りしめる。
「ぺっぺっ、ちょっと口に入っちゃったかも」
「リーファ、泥が飛び散るからやめなさい。ほら、手拭いは無事だったから……」
「ありがとう、ママ」
「誰がママだ」
ベルトに巻き付けていた手拭いを、犬猫のように身体を震わせて泥を弾いているリーファに渡す。
しかし、泥の土系統かぁ。
チサトとは違うけれど、これもかなり応用が利きそうな魔法だなぁ。
いや、使い方次第では農園や、菜園にも活用できそうだ。
「あれ、カイトって着替えとか大丈夫? 私はまだまだあるけど、そのジャケットとか三着しかないんじゃないの?」
「……あっ」
ジャケットを見ればもう泥だらけで大変な有様になっていた。
泥もやや乾き始めてしまっている。
一着目は最初のウィルさんとの戦いの際に、ところどころが破けた上に血まみれになってしまったので、当分は着れないことになってしまっている。
「残りは後一着か。クッ、これなら替えを五着くらい用意しておくべきだった……!」
「カイトのそのジャケット愛はどこから来るの……?」
「これは最早、執念だな」
リーファとシフの言葉にムッとなる。
愛着があって何より動きやすい……これ以上に何が必要か。
張り付いた泥を払っていると、マリーナさんが申し訳なさそうな顔をしていることに気付く。
「ごめんなさい。私の魔法のせいでこうなってしまって……」
「いえ、僕達は助けられたわけですし」
「気にしなくてもいいよ」
僕とリーファの言葉に首を横に振られる。
「私、自分の魔法が嫌いなんです。周りをこんなにしてしまうし……なにより、汚いから」
僕を立たせた時に手についた泥をハンカチで拭う彼女。
無意識かどうかは分からないけど、その様相はどこか必死にも見える。
……もしかしてマリーナさんは潔癖症かなにかなのか?
だとしたら、最初の握手の時のあれも納得できるし、そういうものなら僕もしょうがないものだと納得できる。
「綺麗好きなんだね。マリーナって」
どうやら僕の相棒にはデリカシーというものが足りないようだ。
リーファの言葉にきょとんとした様子のマリーナさんはすぐに、困ったように笑う。
「むしろ、こう思って当然じゃないですか。お部屋だって散らかっていると気分が悪くなるでしょう?」
「分かる」
「嘘を吐くな、バカたれ」
「あぅ」
珍しく怒った様子のシフが僕の肩に飛び乗り、尻尾でぺしりとリーファの頭を小突いた。
よく見れば、使い魔達も泥で汚れちゃったな。
……よし、こういう時はチサトに頼もうか。
「チサトー、お願いしてもいいかなー」
これから模擬戦を始める彼女に声をかける。
「え、カイトなにするつも―――」
『オッケー』
特に内容を伝えなくても、言葉の意味を理解したチサトが僕とリーファへ向けて水魔法を放つ。
放たれた水魔法は、回転しながら僕とリーファに直撃してぐるぐると洗濯機のように回転しながら服にこびりついた泥を剥がしとってくれた。
「うーん、泥がしみついちゃったけど、とりあえずはこれでいいか」
「カイトって、勇者を使い魔だと思ってない?」
「ハハッ、リーファ、ナイスジョーク」
「……いざ言われるとイラっとするねそれ……!」
朝食の時の意趣返しとばかりに笑顔とサムズアップを送っておく。
ちなみに僕は勇者を使い魔だなんて思ったことは一度としてないぞ。
とりあえず、泥もとれたことだしここを出よう。
「マリーナさん、ここの片づけは施設の方がやってくれるそうなので、僕達は先に出ましょうか」
「ええ……ええ! そうですね! そうしましょう!!」
ようやくいつもの調子に戻った彼女と共に訓練場から出ていく。
さて、このジャケットは洗濯しなければいけないので、服のことはどうしようかな。
まあ、どうとでもなるか……。
突きだした杭をぶん殴ってガードぶっ壊そうとするオーガの発想。
絶対に生身の人間に向けちゃいけない技でもあります。




